20.交流:2

 外に出ていたらしいサンたちが戻ってきたのは、シャワーを浴びてからいくらか経ってからのことであった。シャワーを浴びたからではないだろうが、だんだんと体調が戻り、熱も引き、痛みをなくなっていき、皆が戻ってきた時には俺はすっかり回復していた。ただただ回復能力に驚嘆するばかりである。


 どうやら外でモンスターと戦闘をしていたらしく、帰還した彼らの多くは疲労困憊といった様子であった。サンだけは元気だ。エレベーターから降りてきた彼らと、俺たちはホールで鉢合わせた。


 サンと会ったのは、ベッドで目が覚めた時に話をして以来だ。あのあと、サンたちは外に行ったらしい。ほとんど微睡んでいたので会話の内容はあまり覚えていない。


「エス! 大丈夫なのか」

 サンは俺を見るなり駆け寄ってきた。肩を掴んで揺さぶってくる。「大丈夫ですよ」と言うと、安堵の息を吐いた。赤い瞳を細めて、笑いかける。

「心配したんだ。本当はずっと見ててやりたかったんだが……。訓練があるしな」

「いいんですよ。そっちの方がいい。実際すぐなおりましたから」


 俺はサンの後ろにいる他の面々を見る。

「どうでしたか、探索は」

「駄目だな。皆怖気づいている。見込みがあるやつもいるが、連携がとれていない。戦えるようになるのは当分先だな。これだとそもそも遺跡を歩けない。迂闊に歩いてモンスターに見つかって死ぬことになる。だが、初めてはそんなものだろう」


 サンは俺のそばを離れ、皆に声をかける。

「今日の探索はこれで終わりだ。あとは好きにしろ。設備の場所は説明したな。明日も探索に行く」

 ひとりが不平を漏らすが、その抗議の声も弱々しい。


 皆、それぞれ立ち上がり、ホールから去っていく。ホールは依然、薄暗いままだ。というか、物資が揃って廊下などには照明が建設されたのに、薄暗いままというのは、もともとこういう仕様なのかもしれない。廊下もホールも全体的に暗い。蛍のように証明がぽつぽつ闇に浮かんでいるだけだ。


 去っていく彼らは、一人で足早にどこかへ行く者、数人でまとまる者、二人組、など各者各様である。いつのまにか、彼らの中で人間関係ができあがっているのだろう。なんとなく、学生時代の新学期を思い出す。


 あの青髪の青年は、数人の男女に囲まれ談笑しながら食料生産装置のある部屋に向かっている。金髪の女もいる。いつのまにかミイミヤもその輪に加わっていた。誰かに誘われたらしい。「すごかったよ」などという声が聞こえる。その他、女がひとり。最初に泣いていた奴だ。困ったようにあたりを見回している。彼らの様子を眺めていると、ふと、そのうちの一人が俺の様子を窺っているのに気がついた。


 黒髪だ。評価値は2、SA-Ⅰ。傍らに俯いた男がいる。この男には見覚えがあった。少し考えて、あ、と気づく。あの時、瓦礫の裏から逃げ出したやつだ。俺が見ているのに気がついたのか、彼らはなにか会話を交わし、こちらに歩いてきた。


「すいません」

 黒髪が話しかけてくる。そばに立つ逃げ出した男は不機嫌そうに俯いている。黒髪が逃げ出した男を小突いた。男がこちらを見る。口元がさがっていて、なんとなく幼い印象を受ける。男はぼそりと呟くようにこう言った。

「あの時は、申し訳ないです。ありがとうございます」

 地面をじっと見つめている。まるで不貞腐れた子どものようだ。


「こいつ、あの時に逃げた奴なんです。それで、その、あなたに迷惑をかけてしまったので」

 なぜだか黒髪が慌てて弁明した。おそらく黒髪が、この男に俺に謝罪と礼を言うようにいったのだろう。

「まあ、大丈夫ですよ。初めてでしたし、結果的に誰も死ななかったわけですし。それよりあなたは怪我、大丈夫なんですか」


 逃げ出した男は首肯する。黒髪は顔をしかめている。男の腕を掴んで、なにか小声で言うが、男は首を振るばかりだ。「すいません。本当に、俺からもありがとうございます」そう言うと、黒髪は男の手を引いて、逃げるように離れていった。逃げ出した男は俯き、なにやらぶつぶつと呟いている。呟きの内容が、やけに性能のいい聴覚によって、聞き取れる。聞き取れてしまう。


「こんな場所に来て、いきなり外に出させるのがおかしいんだ。おかしい。逃げるのはしょうがない」黒髪がなだめる。「文句を言うなよ。助けてもらったんだろ」「そりゃそうだろ。当然だよ。初めてだったんだぞ。あんなモンスターを見たら、気は動転するよ。俺は悪くない。なあ、俺が、悪いのか。悪くないよな」「……もう黙れよ。いいから」「黙れってなんだよ。正当な文句だろ。なんで俺が謝らないといけないんだよ。あんなの見たら誰だって逃げるだろ。それを予期しないで、見せつけるみたいに戦ってたんだぞ、あいつ。あいつが俺たちを危険に晒したんだ。あいつが俺たちに謝るべきだ」黒髪は「わかったよ。何度も言うな」「お前もお前だ。なんで俺が謝る必要が、」


 ここからあとは聞こえない。

 ……あの男の言い分はわかるし、確かに軽率に皆を外に連れ出したのは俺に責がある。ただ、なんとなく、泣きたくなった。沈鬱な気分だ。溜息を吐く。


「どうした」

 いつのまにかサンがいて、尋ねてきた。

「なんでもないですよ」

 と俺は言った。

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