19.交流:1

 退屈だな、とベッドに寝ながら思った。

 先日の戦闘で気絶してから、はや一日が経過していた。あの後、倒れた俺とミイミヤは、サンたちに基地のベッドまで運ばれた。幸い、俺の怪我はたいしたことがないらしい。もちろん、全身は痛いし、身じろぎするのも激痛が走る。たいしたことはない、つまり命に別状は無い、ということである。


 ようするに死ぬわけではないが、普通に凄い痛いし苦しいという状況であった。全身がずっとじんじん痛んでいる。熱も出ている。脳内にもやがかかっているような感覚。骨が折れてるんだろうか? よくわからない。見た感じ曲がってはいないので、折れてはいないが、罅ぐらい入っているかもしれない。


 しかし、あんなにゴルフボールみたいに綺麗に吹き飛ばされたというのに、骨折ぐらいですんだというのも不思議なものだ。

 車に轢かれて十数メートル吹っ飛んだけど打撲で済んだという例もあるというし、俺もそれなのかもしれない。子どものころになんとなく見ていたテレビの番組、たしか世界の衝撃映像集とかいうタイトルだった、その番組で、トラックに跳ね飛ばされたけど普通に起き上がった人の映像を見て驚いた記憶がある。


 なにより俺のこの体、頑丈なのだ。見た目とは裏腹に頑強である。体力も身体能力も回復能力も、免疫も、すべて高い水準にある。高い水準というか、ちょっと常識では考えられないレベルである。まあ、装置で生産されたのだから、そこらへんは弄ってあるのだろう。俺の知る人間とは、少しばかりグレードアップしているのかもしれない。


 三段ベッドの一番上なので、天井が近い。じっと天井を見つめる。居住区の天井は灰色がかった白である。白みを帯びた灰色と言っていいかもしれない。模様も汚れもなく、のっぺりとしている。

 見つめていても気が滅入る。視線を通路に向ける。カーテンは開けたままだ。

 すると、対面のベッドの二段目の住人と、ちょうど目があった。「あ」と声が出る。相手も驚いた顔をしている。相手、3138、ミイミヤである。


「あ、目、覚めたんですね」

 ミイミヤが会釈してくる。彼女も、戦闘のあと倒れて運ばれたが、べつに怪我でもなく、緊張からの解放と疲労で気を失っただけらしい。俺が気絶から目覚めたときはすやすやと熟睡していた。今は上体を起こしている。


「ええ、だいぶ前に」

 声がかなり弱っていて、自分でも少し驚く。

「サンさんがすごい心配してました。他のみんなも。……あの、私、名前、いや、名前はないんですけど、わかりますか、私のこと」

「はい」俺は苦笑する。「モンスターを倒した人でしょう。すごかったですね。見てましたよ」


 ミイミヤは目を丸くする。

「見えてたんですか、あの時はその、私もよく覚えてなくて、体が勝手に動いたというか。わけもわからず」

「……それで倒せるんだからたいしたもんですよ」


「はい……」

 会話が途切れる。まあ、話すこともあまりない。気を使わせてもなんなので、ベッドに付属しているカーテンを閉めてしまおうかと思ったら、ミイミヤが「あの」と言ってきた。


「エスさんって初めて戦った時って、どんな感じでした? あの、恐いとかそういんじゃなくて、なんていうか、体が自分のものじゃないみたいに動きませんでしたか。私、戦ったことなんて一度もないのに、なんか、こう、昔からずっとやってたことみたいに、刀を振れたんです」


「はい」そこに気づくとは流石だ。俺はそこに気づくのに一週間ぐらいかかった。

「たぶん、私やあなたの体は、装置で生産されたものですから、その時に体だけじゃなくて脳なんかもデザインされているんだと思います。運動神経が優れた脳や神経系にデザインされている」


 ミイミヤは黙っている。俺は話し続ける。これは俺自身だいぶ前から考えていたことだ。

「もし完全に生産されたものなら、赤ちゃんみたいに、言葉もなにも話せないはずですよね。ところが、私たちは話せている。生産される時に、脳になにかを、これが正しい表現かはわからないですけど、インストールしているのかもしれません。それこそ、刀の振り方とか」


「なるほど……。それ、記憶もですか」

「え?」

「今、話している言葉、身振り手振り、話し方、語彙、知識。記憶というか、人格です。人格自体が、装置で生産された脳にインストールされている」

 ミイミヤはじっとこちらを見ている。だが、その目は俺を捉えていない。彼女は独り言を言っているかのようだ。

「……じゃあ、その人格はどこから来たんでしょうか。例えば、今話している言葉は何語なんでしょうか。わからないですけど。皆、共通した言語で話していますよね」


 日本語だ。しかし、それを言うわけにはいかない。

 面白い意見だ。俺たちの人格はどこから来たのか? サンとも似た話を以前したような気がする。サンはどこかに保存されているのかもしれないと言っていた。しかし、その人格が何に由来するのかは考えたことがない。日本語で話しているということは、昔日本人だったのだろうか。


 そこまで考えて、おや、と俺は思った。人類再生計画なのに、なんで全員日本語を話すんだ? 順当に考えれば英語とかじゃなかろうか。ゲームの設定を思い出す。人類再生計画は、国際的なプロジェクトであった。なのに、日本語? ゲームだとたいした説明もなくキャラは日本語を話していたが、翻訳でもされているのだろうと納得していた。ところが、現状、俺たちは日本語を話している。これは奇妙だ。不自然。


「……あ、すいません。でも不思議だから考えちゃうんです」

 俺が黙考していたのを見て、ミイミヤが言う。

「考えるのはいいことですよ。サンも、そんなことを話していました。今度、話してみたらどうですか」

「そうなんですか。はい、そうします」


 思考は未だ止まらない。

 俺たちの脳にインストールされた人格。これを一からつくれるものなのだろうか。いや、まあつくれるのかもしれない。これはわからない。だからいったん保留だ。一から生成したのかもしれないし、サンの言うように保存したものなのかもしれない。データを保存していた。人格のデータを。


 で、話は変わり、問題は、その人格はなんで日本語を使用するのか? というところにある。もし俺が、人類再生計画の一員であったら、再生された人類の言語をなににするだろう。英語? それとも人工言語? 俺なら人工言語にするだろう。なにか特定の言語にすると角がたちそうだ、という俗的な理由もある。それが、なぜ、日本語になったのか?


 なにか理由があるはずである。

 だが、どうにも思いつかない。なにか計画に不具合があったのだろうか。しかし、不具合といっても見当もつかない。

 不自然だ、というその違和感だけが脳内に漂う。


 この世界がゲームの世界だったとしても、現実となった以上、ゲームそのものではない。あの石碑もそうだが、ゲームでは曖昧だったり明言されていなかった部分もしっかり辻褄があうようになっているのだ。となると日本語であるのにも然るべき理由があるはずだ。


 考える。だがわからない。俺は思わず自嘲するように薄く笑った。一度思考を中断する。違和感だけが脳内の底に沈んでいく。

 前にもこんなことを考えたことがあった。確か、服のことだ。人体生成装置で生産されたのに、俺たちはなぜ服を着ているのか。服をつくる装置があるのか。その装置があるなら、なぜ服以外の、例えばシーツなどを基地に供給しないのか。


 わからない。ただそれは違和感となって、俺の頭の中に残っている。

 そんなことを考えていると目が冴えてしまった。

 シャワーでもあびようと起き上がる。風邪の時みたいに体がだるい。だが、動けないほどではない。「どうしたんですか」とミイミヤが問うてくる。「シャワーを」と言うと、梯子をおりるのを手伝ってくれた。どうやら自覚はないがかなり憔悴しているらしい。支えられながらシャワー室に向かう。ミイミヤの肩によりかかって進む。


 ちらりとミイミヤの銀色の髪の隙間から、耳の裏が見えた。3と印字されているのが見える。が、よく見えない。そう言えば、新しく来た者たちに耳の後ろの文字のことを伝えていなかった。それとも、サンが伝えたのだろうか。


 髪をかきあげ、耳の後ろに触れると、ミイミヤがびくんと肩を振るわせた。3138とはっきり見える。「文字が」と呟くと、「あ、あの、なんですか」と言ってくる。「耳の後ろに番号があるんです」「え」そう答えると、突然、ミイミヤもまた俺の髪をかきあげた。くすぐったい。声が思わず漏れる。


「あ、本当だ。S。あ、もしかして、エスさんの名前ってこれから」

「そうです」

「私の番号は」

「3138でしたよ」

「へえ、これ、なにか意味があるんでしょうか」

「さあ、無いと思いますけど」

「じゃあ、私の名前もこれにしようかな。名前、ないと不便ですもんね。あれ、じゃあサンさんは……」

「SA-Ⅲです」

 ミイミヤが笑みを見せる。「語呂合わせですか。じゃあ、私は……、3138だから」


 ミイミヤはしばし俯く、そして顔をあげ、

「ミイミヤ」と言った。

 俺の方を見て困ったように笑う。

「ちょっとそのまますぎるでしょうか」

「いいと思いますよ。私の名前はもっとそのままですし」

「自分で自分の名前をつけるってすこし不思議な感じがしますね」


 ミイミヤは言う。ゲームにおけるあのあだ名は、もしかしたら自分自身で考えたものもあるのだろうか、と俺はふと思った。

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