18.3138

 相も変わらずエレベーターは俺たちを乗せて上昇する。なんだか事あるごとにエレベーターに乗っている気がする。目覚めた時もそうだし、今だってそうだ。


 ひとしきり基地を案内した後、青髪の提案で、一度外に出てみようとのことになった。一目だけでも外を見たほうが、この世界が本当に崩壊してしまったということを真に理解することができるだろう。できれば俺がモンスターと戦って見せようとも思っていた。百聞は一見に如かないからだ。


 というわけで、エレベーターに乗っているわけだが、皆の表情はかたい。緊張した、張りつめた雰囲気が、エレベーター内を満たしている。皆には武器を配っていた。万が一のためだ。


 俺は右手に持つ武器を見下ろした。3Dプリンターの設置によってつくることができるようになった道具のひとつに武器がある。武器、つまり刀。前まで使っていた大鎌は、あまりに使い勝手がわるい。この刀は大鎌を改良したものになっている。大きな刀だ。ちなみにナイフもつくることができるようになったので、これも人数分つくってある。


 さんざんモンスターを倒したので、刀は人数分つくることが可能であった。皆の手には刀が輝いている。皆、不安げに、どう扱っていいかわからないというように手に持っている。鞘はあるが、やはり怖いものは怖いのだろう。


 青髪をちらりと見ると、じっと流れ去るエレベーターシャフトを凝視している。その表情から感情は読み取れない。

 やがて、エレベーターが停止し、扉が開いた。地上拠点に降りたつ。


 荒廃した拠点の様子に皆が息を呑むのがわかる。エントランスのガラスの壁から見える外の景色を、誰かが指さした。「おい、あれ……」皆の視線が集まり、どよめく。


 見慣れた街の景色が、一変してしまっているのは、目撃した者に衝撃を与えるらしい。皆、沈黙して、外の景色を呆然と眺めている。崩れ落ちたビルに、瓦礫に覆われた道路。


「外に出ましょう。モンスターが近くにいますよ」

 俺が言うと、彼らのうちに動揺がはしった。「大丈夫なの」と女の声。

「え、ですけど」と、青髪。

「まあ、遅かれ早かれ見ることになるんですし」


 俺が外に出ると、不承不承といった様子でついてくる。


 外はどうやら、夕方らしい。陽は斜めで、道路は陰になっており、薄暗い。風が吹く。肌寒い。外套も、確か既につくれるはずである。帰ったら、装置を確認する必要がある。


「皆さん、私の後ろに続いてください」


 あたりを見渡す。いつも通りの遺跡の風景。もう何度見たかわからない。モンスターの居場所も次第次第に見当がつくようになってきていた。だいたい、このあたりにいるだろう、という勘。


 モンスターは倒しても倒しても、二、三日もたてばどこかから新しい個体が戻ってくる。遺跡を徘徊しているモンスターもいるので、それが入り込んでいるのだと思われる。そのため、いくらモンスターを倒しても、毎日探索しているうちはいいのだが、少し日をあけるようになると、あっという間にモンスターが戻ってくる。


 しばらく探索には出ていなかったので、おそらくモンスターの拠点の近くにまで戻ってきているだろう。俺は周囲を観察した。あやしい場所に目ぼしをつけ、サンに耳打ちする。サンは頷きを返す。


「隠れて」言うと、皆、瓦礫の後ろに隠れる。「やるのか」サンが言う。首肯。「私がやろうと思います。サンは皆さんのところに居てくれませんか」「……ひとりで?」「ええ、それとも、サンがやりたいですか」サンは笑う。「ま、いい。気をつけろ」サンは皆の方へ歩いていった。サンが皆には指示を出してくれるだろう。


 モンスターを倒すうちに、最初のような絡め手、戦法を用いる必要は無くなっていった。罠をはることなく、正攻法で、真向から戦えるようになった。慣れ、洗練、いろいろ言い方はあるだろう。


 ひとつ深呼吸をして、それからモンスターがいるであろう物陰に向けて、小石を蹴り飛ばした。石が落下すると、同時に、刀を構える。大鎌よりは取り回しが楽だし、何度か練習もしている。今日が初めての実践だが、不安はない。


 石が落下し、音をたて、同時に物陰からモンスターが姿を現した。いつも通り、蜘蛛型である。蜘蛛型はぐるりと前面のカメラ、眼を回転させ、こちらに視点を合わせた。直後、多脚が一斉に動き出し、蜘蛛型はこちらに向け、駆けた。


 蜘蛛型の走る速度は案外、遅い。少し足の速い人間よりも、さらにちょっと速い、といった具合だ。だが、その巨体が故、威圧感は凄まじい。まだかなり距離があるのに、蜘蛛型の体躯が視界を覆いつくすような錯覚を抱く。


 近づいてくる。二十メートル、十メートル。背後から、青髪たちのざわめきが聞こえる。俺は刀を構えたままだ。蜘蛛型が目前に迫った。鎌を振り上げている。振り下ろされると同時、俺は駆けた。さきほどまで、俺がいた場所に鎌が振り下ろされ、道路をえぐり取る。


 鎌と鎌の間に入り込み、一閃。刃を回転させる。関節部分を狙うと、ほとんど抵抗なく、前腕が切断される。胴の視覚器にも一撃、いれようとする。が、その時。背後から音が聞こえた。悲鳴のような声。意識が一瞬そちらに向く。一撃のタイミングを逃す。しかたなく、地面を蹴り、離脱。蜘蛛型から少し離れた場所に立つ。


 悲鳴は瓦礫のほうからであった。振り向く。同時に、蜘蛛型もそちらを向いた。

 誰かが道路を駆けていた。足をもつれさせながら、不格好に走っている。男だ。誰だろう。「待て!」とサンの声がする。「うわあああぅっ!」という悲鳴が遺跡に響く。目は恐怖に見開かれ、顔は歪んでいる。


 隠れていた瓦礫から、青髪たちのうちの一人が逃げだしたのだ。恐怖からかパニックになっている。

 マズイ、と思った。恐怖は、パニックは伝染する。そう思うやいなや、瓦礫の裏から、また誰かが飛び出した。今度は女だ。「おい! やめろ!」サンが飛び出し、取り押さえる。泣き声、悲鳴が聞こえる。叫び声もだ。複数人がパニックになっているらしい。


 「馬鹿!」思わず毒づいたのと、モンスターが逃げ出した男の方に駆け出したのは同時だった。

「畜生が」

 モンスターを追う。


 俺のミスだ。モンスターを見てパニックになるのは予想できたことだ。サンが大丈夫だったので失念していた。

 逃げだした男の走る速度は鈍重である。あれではすぐに追いつかれる。現にモンスターはすでに男のすぐ近くに迫っている。ただ、モンスターの速度は前脚を斬られたために、バランスが崩れ、少し遅くなっている。追いつけるか? 微妙だ。


 サンは? 見ると、瓦礫の後ろで、女が泣きながら暴れているのを取り押さえている。動けそうにはない。青髪の男が皆を宥めているのが見える。いくつもの声が重なっている。皆銘々に声をあげ、動き、統率がとれていない。


 全力で足を回転させる。右足を出し、左足を出し、前へ、前へ、地面を蹴りつける。加速する。視界が、弾丸のように前から後ろへ流れ去っていく。世界がスローモーションみたいに感じられる。


 男が、ようやくモンスターの接近に気づいた。目を見開く。叫び声をあげ、足をひっかけて、派手に転倒した。地面にごろごろと転がる。

 モンスターは男の間近に迫っている。間に合うか? モンスターは、もう少しで刀の間合いに入る。一歩、二歩、入った! 瞬時、刀を振りぬく。モンスターの脚を払うように。刀が空気を切り裂く音。衝撃、金属音。刃がモンスターの脚にめり込んだ。がくん、とモンスターがバランスを崩す。


 刀はモンスターの脚に埋まって抜けない。捨てる。俺は男のほうに駆け、スライディング。「立て!」怒鳴る。男の腕を引っ張るが、腰が抜けて立てない。つんと鼻につく臭い。漏らしているらしい。股間が濡れている。「あ、あ、あ」と声を漏らす。涙と鼻水と涎で顔はぐちゃぐちゃだ。


「うわあああっ」また悲鳴。男の目線は俺の後ろに向いている。振り向く。モンスターはもう俺の目前に迫っている。

 金属片を滅茶苦茶に結合したような体躯。血の臭い。がちゃがちゃという喧しい駆動音。冷徹な視覚器のレンズの奥の光。複数の脚が、俺を捕らえようと、のばされる。


 死んだ、と俺は思った。死。終わり、という感覚。防御はできない。武器もない。時間の感覚が引き延ばされ、嫌にゆっくりと、槍のような脚が突き出される様が見える。心臓が止まったかのようだ。息をすることもできない。思考だけが、脳だけが高速で作動して、なんとかこの状況を打破する方法を見つけようとする。なにかあるか? 無い。


 俺は男を無理矢理立ち上がらせた。抱きかかえ、モンスターの一撃を避けようと、地面に転がりながら、倒れ込む。

 一撃を避けても、次が来ることはわかっているが、それでも無抵抗で死にたくはない。


 一瞬前まで俺と男がいた場所に、モンスターの脚が叩きつけられた。地面の舗装に罅が入る。凄まじい音。地面から衝撃が伝わる。飛び散った小石が体を叩く。

 モンスターの方を見る。その後ろに、瓦礫の裏からこちらを見つめているサンたちの姿が目に入った。サンがなにか叫んでいるが、聞こえない。他の面々、青髪も黒髪も金髪もその他も、動きを止め、俺とモンスターを凝視している。


 地面に突き刺さった脚が引き抜かれる。モンスターの視覚器が俺を見つめる。目があう。脚がこちらに振りぬかれる。まるで俺というボールで、ゴルフでもしているかのようだ。脚は俺の横腹に吸い込まれ、遅れて衝撃が来る。


 トラックにぶつかられたら、こんな感じだろう。蹴られた、とわかった時には、俺は宙を飛んでいた。痛みというよりも衝撃だった。横腹が爆発したかのようで、衝撃波が全身に伝わり、脳を揺らす。俺は男を抱きかかえたままだった。男も俺と一緒に宙を飛んでいる。


 あたりが見わたせる。随分高く俺は飛んでいるらしい。モンスターもサンたちがいる瓦礫も遥か下にある。サンたちはまだ動けていない。……いや、違う。誰かが瓦礫の裏から飛び出していた。迅雷のようにモンスターに向かって疾駆している。サンか? 違う、誰だ?


 刀を構え、その人物は弾丸のように走っていた。銀の髪が風に靡いている。

 はっと、ミイミヤだ、とわかった。ミイミヤ、3138がこちらに駆けているのだ。


 なぜ? 逃げているわけではない。パニックでもない。その表情は鬼気迫るものがある。

 モンスターに立ち向かおうとしているのだ、と俺はなぜだかわかった。そして、それと同時に、俺は落下した。なにもない道路の上だ。叩きつけられ、バウンドし、地面に転がる。痛み、衝撃が走る。


 倒れた視界から、モンスターの姿が見えた。その背後のミイミヤの姿も、だ。モンスターはミイミヤの接近に気づいてすらいなかった。ミイミヤは、風のようだった。多脚の間を縫うように彼女は駆け抜けた。そして、一太刀。


 それは雷撃のような一刀であった。刀はモンスターの胴に吸い込まれた。そこには視覚器がある。カメラだ。モンスターの眼。

 刀がめり込み、カメラがひしゃげる。レンズ、そして奥の繊維を切断する。瞬時に、ミイミヤは地面を蹴り、モンスターから離れる。


 モンスターは身をよじらせ、金属の触れ合うようなやかましい音が響く。痛みからか、やたらめったらその多脚を振り回す。失われた視界はもうミイミヤを捕らえることができない。彼女は、すぐさま接近し、冷静に背後をとり、脚の付け根を斬りつける。モンスターはバランスを崩す。そこをまた胴に一撃。外殻を砕き、刃が内部器官と中枢系を破壊。ぐちゃっと音。


 地面を蹴りつけ、距離をとる。モンスターはもう動かない。沈黙している。


 あたりには耳が痛くなるくらいの静寂が満ちた。俺は痛みを一時忘れるほど、その戦闘に見入ってしまった。ミイミヤはふっと糸が切れたように倒れた。サンや青髪たちがこちらに駆けてくるのが見える。


 意識がぼやける。全身が痛い。思考がおぼつかない。なるほど、評価値3とはこういうことか、とそんなことをぼやけた頭で思いながら、俺の意識は消失した。

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