17.チュートリアルで説明してくれるキャラ(俺)

 俺たちとエレベータ内の者たちの目が合い、しばし両者沈黙した。

 相手方の多くの目線に警戒の色が含まれている。集団の中央に立つ背の高い細身の男が、俺とサンを探るように見たのち、笑顔を浮かべながら、「すいません」と呼びかけてきた。


「ここの方ですか」

 俺とサンは顔を見合わせる。「違う」サンが首を横に振る。男が少し怪訝な顔をし、また笑みを浮かべなおした。俺がサンの話を引き継ぐ。

「違います。私たちもあなたがたと同じなんです。私たちは、あなたたちよりも前に、そこのエレベーターに乗ってここに来たんです」

「……そうなんですか」

「とにかく、一度、エレベーターから降りて話しませんか」


 男が、ちらりとエレベーターを見渡す。「……そうですね」と言って、エレベーターから降りる。両手を少しあげて、笑みは絶やしていない。ゆっくりと、こちらに歩いてくる。嫌に歩き方が綺麗だ。


 彼に続いて、エレベーターに乗っていた何人かが続いた。気の強そうな女に、その後に続く女がひとり、背の低い男と、もうひとり、男。少し遅れて、姿勢の悪い痩せた男、続いて男がひとりとおどおどとした女、もうひとり女。最後に男が一人、慌ててエレベーターから出てきた。俺たちと少し離れた場所に、彼らはかたまって立った。ホールを興味深そうに見渡す者や、おどおどと誰かの陰に隠れている者など、様々である。


 エレベーターの扉が閉まり、音をたてて下降していった。「あ」と彼らの中のひとりが言う。「行っちゃったじゃん!」と気の強そうな金髪の女が言う。最初に話しかけてきた男が落ち着いてとジェスチャーをした。

「それで、ここは?」


「基地です。おそらく。碑文にはそう書いてあります」

「碑文」

 違う声だ。見ると黒髪の男、いや少年とったほうがいいかもしれない、が呟いたらしい。

「はい、石碑です。このホールにあります。その碑文を読めば、だいたいのことはわかります。というか、ほとんど全てが。案内しますから、ついてきてください。いいですか?」


「わかった」最初に話しかけてきた男が言う。俺が歩き出すと、その青髪の男が続いた。青髪が歩くと、他の面々も続く。

「あなたの名前は」

 青髪が訊ねる。

「エスです。私の隣にいるのはサン。あなたは?」

「え、」青髪が眉をひそめる。「……あれ? すいません。……思い出せないみたいで」

「でしょうね。私もそうでした。この名前は自分たちでつけたんです」

 青髪以外の面々も、俺と青髪の話を聞いていたのか、騒めく。「なんで」「本当だ」などと声が聞こえる。


 石碑の前に着く。指さし、「これです」と言うやいなや、彼らは石碑に近づき、読みだした。皆黙ったまま碑文を読んでいる。俺は彼らから少し離れた場所に移動した。彼らの後ろを歩いていたサンが横に立ち、話しかけてくる。


「多いな」

「そうですね。十人です」

「ああ、……にぎやかになるな」

「そうですね、いろいろと」


 碑文を読み終えるのには時間がかかる。壁によりかかって、サンと二人でしばらく話す。だが、そのうち会話が途切れてお互い黙った。サンは腕組みをしてなにやら考え込んでいる。


 碑文を読んでいる彼らを眺める。彼らの姿、それは俺の知るsandboxのキャラ、そのものとは言えないが、酷似していた。見たところ、評価値1が七、2が二、3が一だ。これが十連ならアタリだ。


 sandboxは低レアキャラの種類は少ない。評価値1、つまり最低レアが七種類。S,A,N,D,B,O,X。評価値2が、これは六種類。SA-Ⅰ,Ⅱ,Ⅲと、NDB-Ⅰ,Ⅱと、OX-Ⅰ。


 そして最高レア、評価値3は、全部で何種類だっただろうか。アプデのたびに増えていたので、正確な数はわからないが、たしか百はいたと思われる。名前は、なんだったか。非常に覚えにくいのだ。キャラの名前はランダムな四桁の数字で表される。例えば2027、0811、3513といったように。キャラの名前はこれだけ。


 しかしこれらのキャラクターは、キャライベント内でのキャラ同士の会話などにおいて、あだ名で呼ばれることがある。例としてあげると、2027だったらニーナ、0811だったらヤイ、3513だったらミコとかサンゴ、といったような感じだ。で、これらのあだ名が、ファン内での通称ともなるわけである。

 というわけで、俺もこれらのあだ名は覚えているが、正式名称はあまり覚えていない。もちろんそれでもたいしてゲームプレイに支障はでない。


 話がそれたが、ともかくエレベーターから出てきた住人の内訳は、sandboxにおける十連ではアタリな部類だ。そもそも評価値3が出た時点でアタリだし、評価値2が二体というのも申し分ない。


 見たところ、あの青髪の男が評価値2のNDB-Ⅱだろう。で、もう一人、黒髪の男がSA-Ⅰだ。残りはそれぞれ、S、A、N、D、B、O、X。そしてラスト、評価値3。


 女だ。若い。少女と言っていい。碑文の前に立って、集団から少し離れた場所にいる。背は比較的高め。髪は銀で、青のメッシュが入っている。目の色は濃い青。ただし、ゲームのイラストでは、スカートだったし、フライトジャケットのようなものを羽織っていたので、ぱっと見はそうだとわからない。


 名前はミイミヤだったか。これは覚えている。正式名称は3138だ。探索に特化した性能をしていたはずだ。


 そんなことを考えていると、石碑の方から声が聞こえた。なにやら揉めているらしい。見ると、ひとり女が泣いていた。あの気の強そうな女と青髪の男が二人して宥めている。あの様子だと、どうやら、読み終えたらしい。その後にあの女がパニックを起こしたのだろうか。しばらく待っていると、落ち着いたらしい。青髪の男がこちらに向かってきた。他の者たちも後に続いている。泣いていた女は、何人かに慰められている。ミイミヤも少し遅れて歩いている。


 青髪の表情は、深刻だった。以前までの笑顔はない。他の者も程度の差はあれ、同様である。女のすすり泣く声が、静寂の中に響く。

「……読み終わりました」

 青髪が言う。

「そうですか。で、どうしますか」

 碑文を読んで、どう行動するか? あの碑文に従ってもいいし、従わなくてもいいわけだ。モンスターと戦うなんて御免だと考えてもおかしくはない。だが、青髪はじっと俺を見つめて、こう言った。

「……僕は、やってみるつもりです。あの碑文に書かれているように。他の皆はわかりませんけど」


 あの碑文に書かれているように。つまり外に出てモンスターと戦うということだろう。直接的には書いていないが、そのような意味がこめられていることは読めばわかる。もっと言えば、この基地の構成員として働くということだ。


「皆は、どうする」青髪の男が背後の者たちに訊ねる。「俺はやる」と誰かが言うと、口々にあの金髪の女や、黒髪の男も含め、同意の声をあげる。一部には周りが言ったあとに慌てて賛同する者や、沈黙したままの者、泣いているままの者もいた。ミイミヤは黙って頷く。


「じゃあ、とりあえず。どうしましょうか。基地を案内しましょうか。疲れたなら、寝てもいいですが。どうします」

「なら、案内してもらえますか」

 青髪の男が言って、俺は首肯した。基地を紹介するべく、歩き出す。また彼の後ろに一行が続く。

 それを見て、なんだか、チュートリアルによくいるキャラにでもなったようだ、とふと思った。

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