16.十連

 朝起きて、食事をとったあと、サンにそろそろ基地に人が増えるかもしれないと伝えたら、「エレベーターの前で待ち構えたほうがいいか」と言った。

「それだと私たちが怪しまれませんか。もうちょっと自然な方がいいと思います」

「冗談だよ。……そろそろだとは思っていたが、これで楽になるな」


 その言葉を聞いて、はっとする。楽になる。確かにそうだ。サンはまだ管理AIが俺たちを処分する可能性など考えてはいないのだ。ならば人が増えることは純粋に喜ばしいことだ。「そうですね」と俺は答えた。


 彼女に管理AIによる処分のことを伝えたほうがいいだろうか。しかし、AIが基地の住人の生殺与奪権を握っていることは、俺が教えずとも早晩彼女も知ることになるはずだ。わざわざ言ったら、なぜそれを知っているのかと怪しまれるかもしれない。サンに不審感を抱かれるのは本意ではない。もし仮に話すとなるとしても、必然、sandboxについて言及することになる。だが、ここがゲームの世界であるかもしれないと伝えたとして、それを信じてくれるだろうか。


 それに、サンを信頼していないわけではないが、他人に話した情報はいずれ必ず漏れるものだ。俺がゲームの知識を持っていることは、俺が持つ最大のアドバンテージなのだから、迂闊に他人に知らせるのは危険である。


 そんなことを考えていると、「待て」と、サンの声で思考が中断された。

「音がしなかったか」

「え? どうでしょう。聞こえませんでしたけど」

「いや、した。ホールだ」


 俺の返答を待たず、サンがホールへ速足で行ってしまう。後を追う。

「どこに行くんですか」ホールに入り、尋ねる。

 サンが指さした方向を見れば、エレベーターである。「音がする。わかるか」とサンが言う。耳を澄ますと、微かに音がした。動いているのだ。


「来るらしい」


 その言葉にすぐには返答できなかった。来るのだ。新たな住人が。俺は黙然としてエレベーターを見つめた。

 ふと、昨晩の思考が蘇る。

 信頼値のこと。これからの生存のための方策。

 確か、途中で寝てしまって、答えが出ぬまま終わったはずだ。


 どうやって生き残るのか? エレベーターの微かな音をBGMにして、中断されていた思考が再開される。

 眠ったからか、脳内が整理されていて、昨晩よりも思考の展開がスムーズだった。


 一晩たつと、冷静になっている。どうやって生き残るか? 生き残るための策はあるのか?

 答えは簡単だ。無い。そんなものは無いのだ。いや、あるにはあるが、これさえやれば絶対に生き残ることができるというものは存在しない。


 モンスターの種類、設備の種類、キャラのレア度、ステータス。これらのゲーム知識は役に立つにはたつが、信頼値を築くには、畢竟、自分の能力だけが頼みである。信頼値をあげるには、活躍する、これが大事だ。活躍するには能力が必要だが、俺の能力は低い。じゃあどうすれば? なにか冴えたやり方は?

 そんなものは無い。


 つまるところ、能力の低さ、もうこればかりはどうしようもないのだ。これは覆せない。ゲームの知識があれば安泰というわけではない。これも厳然たる現実だ。なにか冴えたやり方があるような気がしたが、そんなものは幻想だ。


 なぜだか俺は、この状況を打破する、なにか素晴らしい方法が、どこかに必ず存在すると思っていた。昨晩はそれを考えていた。だが、そんなものは無いのだ。答えを考えつかないのも当然である。もとから無いのだ。結局、ゲーム気分だったということなのだろう。ゲームには必勝法、攻略法がある。だが、この世界は紛れもない現実なので、そんなものは存在しない。死ぬときは死ぬ。


 しかし、だからといって絶望する必要はない。絶対に生き残ることができる方法はないが、生き残る可能性を高めることはできる。

 やるべきことを、やるしかない。つまり出来る限り活躍し、住人内でそこそこの地位を築く。なにも基地の住人の誰からも信頼される存在を目指す必要はない。管理AIに、こいつはまあ処分しなくてもいいだろうと思わせる程度の存在になる。これが大事なわけだ。


 俺のやるべきことはひとつだけ。とりあえず死ぬ気で、だけども死なない程度に働き、基地に貢献すること。そしてその活躍を背景に、住人内で安定した立ち位置を築くこと。冴えたやり方は無い。地道にやるしかない。


 サンを見る。こいつは大丈夫だろうか。死んでほしくはない。と、昨晩は思った。その思いは今も当然変わらない。だが、よく考えたらサンは俺よりもレア度が高いキャラなのだ。能力は高い。まあ、大丈夫だろう。きっと。どちらかというと俺は俺の身を心配した方がいい。


 黙考していると、「どうした。緊張しているのか」とサンが訊ねてきた。「いえ、なんでも」

「長いな。いつ来るんだ」サンがエレベーターを見てぼやく。考えごとをしているうちにけっこう時間が経っていたらしい。

「どうでしょう。もう開くかも」


 ふと、さきほどの会話を思い出す。


「結局、待ち構えることになりましたね」

「……そうだな。怪しまれるかな」

「かもしれませんね。でも、よく考えたら、どっちにしろ最初は怪しまれますよ」

「それもそうだ」


 そんな会話をしていると、唐突に、前方から音がした。エレベーターだ。俺とサンもそちらに目線を向ける。と、同時に扉が開いた。

 エレベーター内部が見える。何日ぶりにその内装を見ただろう。


 エレベーター内には、複数の人がいた。男女およそ半々。皆、若い。十代後半から二十代前半だろう。背の高さも体形もばらばら。目算で十。各々、困惑していたり、不安げであったり、冷静であったりと、態度は十人十色ながら、皆一様に突如開いたエレベーターの向こう側を見つめていた。つまり、ホール、そしてそこに立つ俺とサンとをだ。


 エレベーター内の人々と、目が合った。警戒、恐怖、不安、困惑。いくつもの感情のこもった視線が俺を捕らえる。


 俺はこの十人を初めて見たが、それが誰であるかを知っていた。やはり、当然のことながら、全員sandboxのキャラであった。低レアも高レアもいる。

 様々な思い、感情が胸中に去来していた。

 だが、俺の頭を占めていたのは、十連だ、というなんとも間抜けな感想であった。

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