15.建設ラッシュ
一度物事が始まってしまうと、あとはとんとん拍子で進んでいくものだ。モンスターの討伐も同様で、あれから俺とサンは次々にモンスターを倒した。探索範囲はぐんぐん広がっていく。
いい調子、ツキが回ってきたような感覚があった。
モンスターを倒せば、素材が手に入り、素材が手に入ると設備が建設される。建造用ドローンは休止と稼働を繰り返し、基地のあらゆるところで建設が成された。俺たちはモンスターを倒し、瓦礫を運び続けた。エレベーターは休みなく稼働し、モンスターの死体と瓦礫の山を基地深部へと輸送した。
探索に行って戻ったら、寝て起きたら、その度に基地は拡張されていた。
まさに建設ラッシュと言うほかない狂騒であった。工事の音と光は基地を震わせ、満たした。
建設ラッシュの初期は、通路と階段などが建設された、ホールから続く通路が延長され、階段ができた。次いで、基地内部に照明が設置された。電線、水道管などの配管が、通路の天井や壁、ホールの壁に、まるで血管のように設置され。床の端には排水溝が設けられた。
設備の建設が開始されたのは、通路と配管の建設が終了した後のことである。
まず最初につくられたのはトイレ。次いでシャワールーム、ダストボックス。設備ではないが清掃ロボット。管制室。最後に部屋である。部屋、つまり居住区だ。また、水道管が基地内に張り巡らされ、トイレなどにも洗面台がついた。
さらに特筆すべきは、積層造形装置が設置されたことだ。ようは3Dプリンターである。これで武器などが製造可能となる。装置は制御パネルで操作する。そこには装置でつくることができる道具、機器の設計図と、作成に必要な素材が参照可能である。設計可能なものは、武器、日用品などなど。様々だ。
さらには管制室がある。これは大きなコントロールパネルの設置された部屋で、基地の状態が一目でわかるものとなっている。つまり、基地の地図、素材がどれだけあるのか、食料、水の保存量。
さらには基地の外、遺跡の地図も表示されている。俺たちが探索した範囲までの地図だ。そこから先は空白。どうやって把握したのかは知らないが、たぶん俺たちの体に何か発信機でも埋め込んでいるのだろう。
さて、これらの設備が建設されたということは、基地はいちおう、ゲームにおけるチュートリアルを完了したということになる。ゲームにおいて、プレイヤーはこれから、各種インフラを整え、キャラを入手し、素材を獲得、設備を新造、アップグレードし、さらにキャラを入手し……、といったようにこの繰り返しで、基地を発展させていく。キャラたちのパラメータを管理しつつ、合間合間に挟まれるランダムイベントや、キャラ独自イベントを楽しみつつ、基地の人口を増加させる。
……こう考えてみると、なにが面白いんだかよくわからないが、いや、まあやってみるとこれが結構おもしろいのだ。設備建設→素材獲得→設備建設のサイクルを繰り返すだけとは言っても、頭を使わないと破綻してしまう。このサイクルを壊さないように、うまく基地を運営するということ。これが大事で、そしてそれをやっていくうちに自分の基地に愛着がわいて、ホームの基地のマップを眺めているだけで楽しくなってくる。更地のマップを見て、どんなふうな都市をつくろうかと考えるのもまた楽しい。デフォルメされたマップから、基地での生活に思いを馳せるのは、箱庭ゲームのひとつの醍醐味である。
ベッドに横になっていると、ふとそんなことを考えた。
今、俺がいるのは自室である。自室とは言っても、サンと同室だ。部屋は小さい。細長く、長方形。左右の壁に三段ベッドが三つずつならんでいる。ベッド自体は部屋と一緒に建設されていて、備え付けだが、枕やシーツは例の3Dプリンターを用いて生成した。なんで瓦礫からそんなものがつくれるのかは謎だが、もしかしたらあの瓦礫、ただのコンクリート片ではないのかもしれない。プラスチック的なものなのだろうか? わからない。ゲームでは特に言及がなかったし、まあそういうものなのだろうと納得していたが、いざ現実になってみると不思議である。
居住区の場所はホールから階段をのぼり、二階の通路をまっすぐ進んだところだ。すると扉があって、その先が居住区になる。扉の無い部屋が左右にならんで、その中には三段ベッドが左右にならんだ細長い空間がある。部屋の数は十。居住区と言うか人間収容区画とでも言うべき空間である。
サンもまた、俺の一段下のベッドに横になって寝息をたてている。夜であった。基地内にいると時間の感覚がわからなくなる。少なくとも地上は夜だ。
ふと、彼女の寝息を聞きながら、俺は信頼値を築けただろうかと考えた。
素材にならないために、信頼値を築くこと。これが俺の目的であった。信頼値を築けば、管理AIは処分をためらう。管理AIがへまをするか、あるいは住人側がへまをして、基地の物資が窮乏しても、これで口減らしをされる可能性は低くなる。
だが、俺はサンとの交流において、まったくと言っていいほど信頼値のことを意識しなかった。できなかったのだ、いざ接してみると、それは生身の人間で、信頼値のために打算的な関係を結ぼうなんてことは、俺にはできなかった。
こんなので生き残ることができるだろうか?
それに、どんなに信頼値を築いても管理AIがへまをしたら全て水泡に帰すことになる。それは住人側も一緒だ。俺がどんなに努力しようと、住人が働かなければ物資は窮乏し、全滅か口減らしが行われることになる。管理AIがどんなスタンスなのかにもよるだろう。ひとりも殺さないようにするのか、ある程度は殺すことで、効率化するのか。一番賢い方法はある程度殺して効率化である。能力の低いキャラは処分して、新しいキャラに入れ替える。基地の収容人数には限りがあるからだ。
しかし、信頼値を築くといっても、どうしたらいいのだろう。打算的な関係性の構築はどうにも不得手。能力も低い。皆が皆、サンのようにいい奴ではないだろう。露骨に嫌われることは避けられても、活躍できなければ影は薄くなる。最初の住人であるというアドバンテージも、結局サンにリードされてしまったことを考えるとあまり活かせない。
なにか、策は無いか? 考えるが、思いつかない。
時間が無いのだ。新たなキャラ、住人は、きっともうじき来るはずである。既に多くのモンスターの素材を基地は手に入れている。複数の人間を生産できるだけの素材はあるはずである。複数、いや十。……十人かもしれない。チュートリアルを終えたあたりで十連を引くのが、スマホゲームのお約束みたいなところがある。
十人来て、俺はうまくやれるだろうか。それに、だ。俺はサンのことも思った。俺はサンにも死んでほしくはなかった。駄目だとはわかっているが、情が湧いてしまった。いい奴だ。死んでほしくない。
考えるが、眠くて思考がまとまらない。諦めて、俺は目を閉じた。
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