12.前門の虎、後門の狼
武器を発見した日の夜。就寝時のことだ。SA-Ⅲがいつまで経っても眠る様子を見せない。
「眠れないんですか」
と俺は訊いた。驚いたようにSA-Ⅲがこちらを見る。俺とSA-Ⅲはホールの隅でならんで横になっている。夜になると様々なことを考えてしまうものだ。彼女は真剣そうな顔つきで言う。
「いや、……名前を考えてたんだ」
「え」思わず訊き返してしまう。「どうして」
「不便だろ」
「ま、まあ、そうですね」
「考えないのか?」
「……あまりそういう名前を考えるのとか得意じゃないんです」
「じゃあ私が考えてもいいか」
「ええ。でもはやく寝てくださいよ……」
「わかってる」
しかしSA-Ⅲはしばらく経っても寝るそぶりを見せなかった。……マイペースな奴である。
探索は順調に進められた。武器を手に入れた日以来、SA-Ⅲの提案で瓦礫の収集ではなくて、探索に力を入れることにした。一日のほとんどを探索にあてる。武器を手に入れたからと言って、モンスターの討伐だけが探索の主目的とはならない。行動範囲の拡大は重要事項であるし、なによりモンスターの死骸を発見することができるかもしれない。人工臓器などは腐敗しているかもしれないが、それ以外の部分は時間が経っても建設素材になる。
武器はSA-Ⅲが携帯することになった。長い脚を持ち手にして、鎌のように使うことができる。これでモンスターを倒すことができるとは到底思えなかったが、素手よりはマシである。それに、条件が揃えば、例えば罠にはめるなどして身動きをとれない状態にして、とどめをさす時などには有用だろう。
遅々として進まなかった探索であるが、回数をこなしていくうちに速度があがっていく。なにより人数が増えたのがありがたい。二人で分担しながら、探索を続ける。最初はコミュニケーションに齟齬があったが、次第にそれも解消される。SA-Ⅲは優秀な人間だった。あっという間に知識を吸収し、俺の足を引っ張ることもなくなった。相棒、というと恥ずかしいが、彼女はいい相棒、パートナーだった。
事態に進展があったのは、SA-Ⅲが来てから三日ほど経ってからのことである。拠点のあるビルから、三棟ほど離れたビル。その玄関の前の道路に、いつものように石を投げた。その瞬間、ビルの内部から音がしたのである。足音であった。咄嗟に物陰に身を潜める。隙間から様子を窺うと、俺は息を呑んだ。SA-Ⅲも同様、目を見張る。
モンスターであった。玄関から、それはゆっくりとした動きで出てきて、石の落ちた場所をじっとその胴についた眼で見つめていた。その姿は、やはり巨大な頭の無い蜘蛛を思わせた。鋭い前脚の鎌が、鈍く光っている。大きさは軽自動車ほどだ。威圧感が、あった。このモンスターが少し、その前脚を振れば、俺の体は一刀両断される。その想像が、恐怖を呼び起こす。俺はなにをすることもできなかった。体がかたまってしまっている。それはSA-Ⅲも同様であるようだった。見ると、あの武器を握りしめながら、モンスターの姿を見つめ、微動だにしない。
やがてモンスターはその場を去り、建物内に戻っていった。ようやく二人とも安堵の息を吐く。
「倒せるのか? あれを」
SA-Ⅲが言う。
「……」
俺は何も答えることができなかった。
翌日からは、俺たちは結局、モンスターと遭遇したのとは逆方向にも進んでみることにした。拠点の前には通りがあり、それは左右にのびている。モンスターがいたのは右方向である。モンスターと早晩戦わねばならないことは理解しているが、戦闘をできるだけ避けたほうがいいのも事実である。反対に進むことに関してはSA-Ⅲも異論を唱えることはしなかった。
ところが、この試みは、三日も経たずに中断された。またもやモンスターがいたのだ。今度は、通りの向かい側のビル。崩落した瓦礫の隙間に潜んでいた。
つまり、これで左右どちらも、行く手が塞がれてしまったわけである。先に進むにはモンスターを倒すしか方法は無い。
拠点に戻り、「どうしますか」と俺が問うと、SA-Ⅲは顔をしかめながら言う。赤い瞳がじっと俺を見据える。「どうするもなにも、戦うしかないだろう」
「それはわかっていますけど……。いけると思いますか。その武器をつかいこなせる自信は?」
SA-Ⅲは暇さえあれば鎌を振り回している。完全に我流ではあるが、なかなかどうして様になっていた。そして、彼女も俺同様、身体能力がかなり高いようであった。だが、それがモンスターに通用するのだろうか。
「自信はある。だけど、どれだけ強いんだろうな。それがわからない。だからそんなに心配しているんだろう? モンスターの強さは未知数だ。勝てるか勝てないか。それはわからない。だけど、戦うしかない。だろう?」
そう言われるとその通りである。だが、不安は消えない。ゲームでは、あのモンスターは序盤の敵で、キャラが戦闘不能になることはほとんど無い。ゲーム通りに考えるなら、そう恐れる敵ではない。しかし、これは現実だ。恐怖はどうしても拭えない。俺はすぐに頷くことができなかった。だが、やるしかあるまい。最終的に俺は頷いた。
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