11.武器と雑談と記憶、わからないこと

 エレベーターは上昇する。もうこのエレベーターに何度乗ったかわからない。だが、隣に人がいるとなんだか日常の一部となった行動が、新鮮に思える。


 隣にはSA-Ⅲが立っていた。腕を組みながら、隙間から覗くエレベーターシャフトを凝視している。


「もう一度訊くけど、武器はなにも無いんだな? どこにも? 装備はこの服だけ?」


 ふと、言う。もう何度訊かれたかわからない質問だ。気持ちはわかる。だが、武器や服、といった道具類をつくるためには、ゲームでは専用の設備の建築が必要なのだ。ゲームをやっている時はたいして疑問に思っていなかったが、考えてみると、装備もなにもなしでモンスターの跳梁する基地の外に向かわせるというのも酷い話である。


「そうですよ」

 苦笑いして何度繰り返したかわからない返答をする。

「そうか……、信じがたいな。管理AIは人類を復興させる気があるのか? 私たちが死んだら終わりなんだぞ」

「死なないと思ってるんでしょう。信頼されているってことですよ」

「そうだといいんだけどな……。いや」SA-Ⅲがこちらを指さす。「服だ。私たちが着ている服は、じゃあなんなんだ? 人体生成装置から生産されたのに、なんで服を着ている?」


「確かに」そう言われてみればそうである。SA-Ⅲも俺と同じデザインの服を着ている。「そうですね。変だ」

「服を着てるってことは、服だけ別につくられたってことだ。なら、服をつくる装置があるんじゃないのか?」

「服だけ基地と一緒に保管されていたというのは?」

「考えにくいな。そんな手間をかける必要はない。装置があるなら、管理AIはそれをあえて使わないってことだ。服がつくれるなら、武器はまあ無理だとしても、上着だとかマスクだとかはつくれるだろう」


「そうですね。……あるいは、管理AIや人体生成装置の設計者にとっては服も人間の一部という認識なのかもしれませんよ。それに、人体生成装置がつくれるのは、人体と、人体の一部である服だけって制限があるのかもしれません。応用は無理なのかも」


 SA-Ⅲが腕組みをする。

「うん。そう考えることもできるな。悪いな、変なことを言って」

「いえ、管理AIにあまり盲目的になるのも良くないと思いますし」


 そう話していると、エレベーターが停止した。地上拠点に降りたつ。SA-Ⅲがあたりを興味深そうに見渡す。

「おお、本当に崩壊しているな」

 感嘆しながら、廃墟となったビル群を眺め、「人類滅亡か。なにで滅亡したんだか」と呟いた。

 ゲームでも特に言及がなかったはずだ。

「ま、どうせくだらない理由だろう」

 そう言ってSA-Ⅲが皮肉に笑った。


 それから俺たちはいつもの作業を開始した。いつもの作業、つまり瓦礫を集めて、少しずつ行動範囲を広げる。最初はSA-Ⅲに俺が作業を教えたが、彼女は覚えがはやく、あっという間に教えることがなくなった。


 ふたりでやると、作業効率はあがるし、なにより話し相手ができた、というのは嬉しかった。


 瓦礫を運ぶ時などは話す余裕がないが、休憩中には余裕もうまれる。その時は軽い話をした。些細なこと、雑談である。といっても話す内容はたいしたことではない、もっぱら碑文の内容、人類の滅亡の原因、などなど雑多であった。

 やがて、雑談を続けるうち、話題が記憶に関することに移った。SA-Ⅲは、過去の記憶があるというのである。過去、つまりここで目覚める前の記憶だ。SA-Ⅲは言う。


「なんだか記憶喪失になったみたいな感じで、自分に関する思い出はないが、それ以外はぼんやり覚えているんだ。学校に通っていた時の具体的な思い出はないが、学校自体に通っていたことは覚えている。義務教育の知識もある。言うなれば記憶喪失が正しいんだろうな。もし、産まれたての赤子と同じなら、言葉を話せているというのはおかしい」


「記憶を消されているってことですか?」

「そういうことだ。だが、自分の外見がこんなふうでなかったことはわかる。じゃあどんなだったのかというと思い出せないが。生産した人体の脳に、保存していた人格をインストールしたのかもしれない。インストールされた人格、それがたまたま私だった。そっちはどうなんだ? 記憶」


 どう問われて、少し戸惑う。俺に記憶はしっかり残っている。だが、それを言って、彼女と軋轢がうまれないだろうか。彼女は悪い人間ではなさそうだが、まだ出会っていくらも経っていない。打ち明けるとしても、まだ先でいいだろう。


「いえ。私もさっぱり」

「そうか。……どうなってるんだろうな。わからないことばかりだ」


 そう言いながら、SA-Ⅲは腰かけていた瓦礫から立ち上がり、外の方へ歩いていった。

 だが、俺はすぐには彼女のあとを追えなかった。さっきの話がどうも頭に残る。もし、彼女の話が正しいなら、俺はsandboxの世界に来たのではなくて、この体の脳みそにインストールされた人格がたまたま俺だった、ということになる。データベースかなにかに俺含め様々な人間の人格が記憶処理された状態で保存されており、生成された人間の脳にインストールする。そういう仕組みなのかもしれない。そして、俺にsandboxの記憶があるのは、俺の人格が偶然、記憶処理をされていないだけなのかもしれない。だが、それは仮説だ。もしここが未来の世界であるなら、この基地がsandboxそっくりであることの説明がつかない。偶然の一致にしては似すぎている。


「本当に、わからないことばかりだ」


 俺は呟いた。まったくもっとSA-Ⅲと同感である。立ち上がる。

 見ると、拠点の外で、SA-Ⅲがこちらに手を振っていた。手招きしている。急げとジェスチャー。慌てて駆け寄る。SA-Ⅲは瓦礫を指さしていた。近寄ると、彼女は興奮した様子で言う。


「武器だ」「え?」「見ろ」

 指示されたところを見る。俺はぎょっとした。瓦礫の下に、光沢を放つ金属が落ちていた。全体が見える。それは鎌であった。カマキリの鎌を巨大にして、金属でつくったものを想像すれば、目の前にそれに当てはまる。巨大な昆虫の脚についた、巨大な鎌。しかもそれは金属でできている。


 武器だった。俺はこれを知っていた。無論、ゲームの中でだ。プレイヤーが初めて手に入れる武器。機械知性体の前脚。それは確かに目の前の物と相似している。

 それに、思い当たるふしが俺にはあった。先日、流れ着いたモンスター。その脚がいくつかもげていたが、そのひとつが前脚だったのだ。ここに落ちていたのか。


「これで、機械知性体が倒せるんじゃないか?」


 興奮気味にSA-Ⅲが言う。「はい」と俺は頷いた。SA-Ⅲが拾い上げたそれは、金属質で、光をぼんやりと反射していた。

 機械知性体の前脚。それは、ゲームでは初期武器で、たいした感慨も持っていなかった。だが、今はとてつもなく頼もしく思えた。

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