10.SA-ⅢとS、評価値2と評価値1
女は俺のことをじっと見ている。俺はこの女のことを知っていた。ゲームのキャラとしてだ。キャラ名はSA-Ⅲ、低レアに分類されるが、俺よりは等級は高い。
sandboxのキャラは評価値によって三つレア度に分類される。最低が評価値1、最高が評価値3である。高レアと評価されるのは、評価値3のキャラだ。評価値は装置で生成されると同時に算出され、その人の能力を評価する。
俺のキャラ名はSで評価値は1、SA-Ⅲの評価値は2だった。SA-Ⅲの方が俺より能力は高いことになる。
だが、俺はSA-Ⅲについて、その外見以上のことは知らない。個別のキャライベントはあるのは評価値3以上のキャラだけだ。アニメなどのメディアミックスでも、注目されるのは高レアがメイン。評価値が高いとはいっても、低レアであることに変わりはないのだ。
そもそも高レアキャラはガチャで複数排出されることがない。つまりゲーム内で一体しか存在できないのに対し、低レアキャラは被る。例えば俺の外見であるSというキャラはガチャから何体も排出される。それを世界観に背かないように解釈すると、こうなる。つまりSとは誰か特定のキャラの呼び名なのではなくて、仮面ライダーの戦闘員とかのように同じ外見をしている者たちの総称なのだ。だから本来はSというよりもS型と言った方が適切なのかもしれない。
こう考えると、同じSというキャラでも個体ごとにステータスに微妙な差異があることの説明がつくし、個別のキャライベントが無いことの説明にもなる。量産機と専用機のようなものだ。モブとメインキャラクターの特筆すべき交流は無い。当然である。メインキャラクターと交流があるならそれはモブではないからである。
で、目の前のSA-Ⅲも量産型である。キャラのイラストでも、S型と同じようにマスクを付けていた。目の前の彼女はマスクを付けていないが、その特徴的な髪の色と不遜な表情でSA-Ⅲだとわかる。デザインがいいので、低レアキャラの中では人気があったはずだ。
「すいません。少し、びっくりして」
なにも言わないでいても気まずくなるだけなので、まず驚かせてしまったことを謝る。SA-Ⅲは面食らったようにしていたが、少し遅れて「いや」と言った。
「こっちこそすまん。いきなり声をかけて」
「いえ、大丈夫です」
「寝てたのか」
「はい。あなたは?」
SA-Ⅲが振り返って、エレベーターを指さした。
「気づいたら、エレベーターに乗っていて、そのままここに着いたんだ。ここはどこだ?」
「……基地です」
「基地? 軍の?」
「いえ、私もあまり詳しくはないんです。私もあなたと同じで、何日か前にエレベーターで目が覚めて、ここにいるんです」
SA-Ⅲが眉をぴくりと動かす。
「そうか」
「むこうに石碑があります。私が説明するより、それを読んだ方が速いかと」
石碑のほうを指さし、私は歩き出した。SA-Ⅲはなにかを考えるように眉をひそめながら無言でついてきた。
石碑の前につくと、SA-Ⅲはゆっくりと碑文を読み始めた。「私はこのホールにいますから」と声をかけたが「ああ」とか「うん」といったてきとうな返事が返ってきただけだ。その場を離れ、さっきまで寝ていた場所に戻る。寝床には枕にちょうどいい瓦礫を持ってきて置いていた。椅子にもなる優れものである。座ってSA-Ⅲが碑文を読むのを眺める。
ずいぶん物分かりのいい奴だ。とSA-Ⅲに対して俺は思った。俺だったらゲームの知識もない状態で、目が覚めて突然こんな場所にいたら、きっと錯乱している。だが、しばらく二人で生活するのだ。同居人が理知的であることはありがたい。退屈なので横になる。目が覚めたばかりで依然眠い。
うつらうつらとしていると「おい」という声がして、起き上がった。いつのまにか碑文を読み終えたらしく、SA-Ⅲが目の前に立って、俺を見下ろしている。「読み終わった。おおむね理解した。つまり私はここで暮らしていかねばならないんだな」
「そういうことです」
SA-Ⅲが苦笑する。
「となると君はこの基地の先輩ということになるな。名前は?」
「いえ」俺は言った。名前。Sではない。それは型番のようなものだ。この世界に来る前の名前でもいいが、それも違和感がある。外見があまりに違いすぎるし、それに名前を呼ばれるたびに過去のことを思い出しそうだ。別の名前がいい。しかし、いいのが思いつかない。
「……わからないんです」
言うと、SA-Ⅲは笑った。
「奇遇だな。私もだ。思い出せない。無いのかもしれないな」
手を出してくる。なにかと思ったが握手らしい。掴むと、強く握られた。
「とにかく、よろしく」
なんとなく、俺も笑った。この人とはうまくやっていけそうな感じがした。
「ええ、よろしく」
と俺は言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます