8.探索:2

 探索で手に入れたい素材は多い。特に重要なのは人体生産の素材と建設素材だ。しかし、この二つを手に入れるためには機械知性体を倒す必要がある。建設素材の大部分は外の瓦礫で事足りるが、装置建設のための素材は機械知性体の部品を利用する必要がある。よって、まず必要なのは武器である。これは、つくる以外に、遺跡内に落ちている場合がある。武器とはようするに機械知性体のパーツであるからだ。機械知性体には寿命がある。内部のエネルギー源が尽きると動作しなくなる、つまり死ぬ。落ちている武器やアイテムは機械知性体のばらばらになった遺骸である。


 ゲームにおいては初めての探索で、十体分のキャラ素材とそのほか多数の素材を所得できた。だから、それらしきものが無いか辺りを探してみるのだが、影も形もない。エレベーターがあった建物の一階部分にはなにもなかったし、外から確認したところ上階は倒壊して瓦礫が積もっているだけであった。ゲームのように都合よくはいかないということである。


 とりあえず、周囲の建物を探索することにする。周囲の状況を確認しておきたかった。物陰に隠れ、あたりを警戒しながら進む。この素人の隠行が機械知性体に対しどれだけの抗力があるかはわからなかった。周囲に目を凝らすが、廃墟のどこにモンスターがいるかなど検討もつかない。


 ビルは天を衝くほどに高かった。陽はほとんど射し込まず、あたりは暗い。太陽は見えず、今が何時なのかわからない。薄暗い廃墟は不気味である。

 身を隠しながら、進んでいく。最初は奇妙に冷静を保っていた思考も、時が経過するにつれ、ふっとどこかから忍び寄ってきた恐怖に飲み込まれる。いつモンスターに見つかるかと思うと気が気ではない。心臓が爆発しそうである。視界が妙に狭い、手は震え、息は荒い。汗が出ている。風が吹くたび、物音に身をすくめる。死の恐怖がこれほど人の精神を蝕むとは思わなかった。振り返る、まだエレベーターのあるビルからは百メートルも離れていない。


 結局、外に出ていくらも進まず、俺は逃げ帰った。エレベーターに乗り、基地に戻る。


 自分がここまで臆病な人間だとは知らなかった。と、俺は基地のホールの床に寝転びながら思った。威勢のよかったのは最初だけで、いざ外に出たらあの体たらくである。自嘲の笑みを俺は浮かべる。しかし、出る時にも言ったが、やらなければ死ぬだけなのだ。


 翌日から、再び俺は外の探索に向かった。ただし、やることは機械知性体を倒すことでも、武器を見つけることでもない。

 建設素材の収集である。つまり瓦礫集めだ。


 碑文を確認したところ、素材の回収方法が記されていた。これはおそらくゲームのチュートリアル文にはなかった記述である。最初読んだ時には気づかなかったが、おそらく碑文はチュートリアルの文がそのまま書かれているわけではないのだろう。さすがにチュートリアル文を全部記憶しているわけではないので初めて見た時は気がつかなかった。


 で、気になる回収方法は、エレベーターに素材を乗せればいいとのことであった。だからエレベーターは巨大だったわけである。おそらくこのエレベーターは人体生成装置のある階層にもつながっているのだろう。人体生成装置があるのは、基地の最深部、独立した階層である。そういえばsandboxにはアイテムボックスはあるものの、倉庫という施設がマップに無かったが、素材をその階層に送るということは、倉庫も人体生産装置のある場所に存在するということなのだろうか?


 いや、まあいい。確認しようがないからだ。

 とにかく俺は周囲の瓦礫を集めて、エレベーターに乗せていった。すぐ近くにある持ち運べる瓦礫をせっせと運ぶ。エレベーターがいっぱいになったらボタンを押す、下降し、しばらくすると空になって戻ってくる。


 初日の探索で、この周囲にモンスターがいないことは確定している。いたらすぐに見つかって死んでいるからだ。だから安心して外に出れた。警戒すべきは徘徊するモンスターだが、こればかりは運である。できるかぎりあたりを警戒し、すぐにエレベーターに逃げ込めるようにしておくほかあるまい。


 瓦礫は、コンクリート片か、金属片である。だが、コンクリートも俺の知っているコンクリートとは様相が異なっている。軽く、そして丈夫である。金属片も鉄ではないのだろう。ならばなにかと問われると答えかねるが。その他、ガラス片。とりあえず、エレベーターがあるビル、これを仮に拠点と呼ぶとして、その拠点のすぐ前の道路に散らばる瓦礫をどんどん回収していく。


 軽いとは言え、瓦礫は重い。なかなか重労働である。そして、この重作業を続けていくうちにわかったことがある。俺の身体はかなり身体能力が高いということである。五感も鋭く、力もかなり強い。見た目からは考えられない身体スペックである。生成された人間なのだから、そのあたりはそのようにデザインされているのであろう。


 翌日もその翌日も俺は瓦礫を回収し続けた。外に何度も出ることで徐々に不安を解消しようともしていたのだが、その目論見は成功しつつあった。俺は外に出ることを初日ほど恐れないようになっていった。ようは慣れたのである。


 それから俺はだんだんと行動範囲を広げていった。遠くから石を投げて、モンスターがいるかを何度も確認する。一時間かけて進むのは数センチというのもザラであったし、石を投げての確認がなんの効果があるのかわからなかったが、やらないよりはマシである。


 一日中瓦礫回収と探索を続け、寝て、朝になったらまた探索を行った。物陰に隠れて石をなげてを繰り返す探索と、瓦礫回収を交互に行っていく。


 進展があったのは、このような生活を続けて、もう十日が経過したころであった。その前日には雨が降っていた。にわかに空が黒くなったかと思うと、すさまじい雷鳴と同時に大瀑布のように雨が降ってきたのである。風が廃墟の合間を凄まじい勢いで通り抜ける。ビルが揺れていた。俺はその日はたまらず基地に戻って一日を過ごした。雨はビルの中にも入りこんで、息ができなかったのだ。


 そして、その翌日、エレベーターから出てみると、拠点のビルの前の道路になにかが倒れていた。近づいてみれば、それはモンスターの死体であった。

 モンスターの外見は、機械知性体の名の通り、機械である。金属片と管とをぎゅっとまとめて、脚と胴をつくった姿を想像すればだいたいあっている。その姿は、種類にもよるが多くが、頭の無い獣、鳥、昆虫である。もしくは蛸、貝、芋虫などの軟体生物に似てなくもないし、蟹や蝦といった甲殻類に似ていると言えるかもしれない。


 目の前にいるのは形容するなら牛ほどの大きさの蜘蛛であった。それが地面に横たわっている。脚は折れ曲がり、何本かはちぎれており、胴はひしゃげていた。胴は潰れ、内部構造を露出している。露出した傷口には、臓器が見えた。肺に心臓、血管。それに脳。脚の断面からは筋肉のようなものがのびていて、地面には血だまりができていた。真っ赤だ。


 人工臓器と人工筋肉である。機械知性体だからといって、すべてが機械でできているわけではないのだ。そして、これがあることで、機械知性体は人体生成の材料足りえる。人工臓器の腐敗ははやいので、結果的に、手に入れるためにはモンスターを倒す必要があるが、こうして死体があれば話は別である。おそらくこの死体は昨夜の嵐で流されてきたのであろう。


 モンスターをなんとかエレベーターまで運んだあと、俺はなんだかおかしくなってしまった。ボタンを押すと、エレベーターは下に降りていく。こんな都合のいいことってあるだろうか?


 こう考えて、いや、と思う。ひょっとすると、これはゲーム通りにことが進んでいるんじゃあるまいか。ゲームの最初の探索で手に入る十体分のキャラ素材。その再現ではないが、今回の出来事はそれにかなり近い。今すぐモンスターに発見されて殺される危険を顧みずにこのあたりを探索すれば、十体分のキャラ素材など優に揃えられそうである。俺は怖いからやらないが。


 ともかく、幸運なことにこれで目的は達せられたのだ。空気循環システムもつくることができる。これで酸欠で死ぬ恐怖におびえることはない。最近はなんだか空気が淀んでいた気もしていたし、ナイスタイミングである。


 それに、人体生成ができる。二人目がつくられるのだ。そして、それは管理AIが俺を素材にできるようになったということを意味する。信頼値を俺は得なければならない。これからが、本番なのだ。

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