7.探索:1
エレベーターは上昇を続ける。エレベーターはなんだか工事現場にでもあるようなデザインをしていた。言うなれば鉄のかごである。壁は金網で、外の昇降路が透けて見える。凄まじい速度で、昇降路のパネルや鉄骨が下に流れ去っていく。むき出しの照明灯が天井についていて、冷たい鉄の床に光が反射している。
エレベーターは巨大である。人が何人乗れるだろうか。百人? もっとかもしれない。横に広い長方形をしている。作動音が耳にうるさい。振動が足に伝わってくる。
AIはきっと俺のことを随分ものわかりのいいやつだと思っているに違いない。なにせ大した葛藤もせずに死の危険あふれる外に出てくれるわけだからだ。
そう考えているうちにエレベーターが停止した。扉が開く。出ると広い空間に出る。降りる。エレベーターは開いたまま待機している。
門とは言うが、実際には門があるわけではない。通称が門なのだ。強いて言うならエレベーターが門である。エレベーターを出た先はもう基地の外になる。AIの管理外の空間になるのだ。
あたりを見渡す。エレベーターに対して俺は工事現場のようだと感想を持ったが、降りた場所もまた工事現場を思わす。内装もなにもなされていないビルのエントラスホールを想像すれば、俺の眼前の展望とだいたい合致する。工事現場、あるいは廃墟。どちらかだ。床には埃が積もり、風が吹き込んだのか模様ができている。
人類は滅亡したのではないのか? と、この光景を見たら思うだろう。もちろん滅亡した。人類は滅亡した。人類が残したものは滅亡していない。人類が残したもの。温暖化により砂漠化した大地と、異常気象。地上を跋扈する機械知性体、つまりモンスターに、そして遺跡だ。
遺跡。地上を覆い地下深くまで広がる巨大な都市、鉄道網、軍事施設、宇宙エレベーター、軌道上を周回する人工衛星。遥か未来の技術でつくられ、滅びた人類の叡智を伝える遺跡の多くは、未だその姿を残し、一部は稼働を続けてさえいる。かつて人類のためにつくられたはずの遺跡の住人は、しかし今や機械知性体のみである。機械知性体は遺跡に住み着いているが、その理由は誰も知らない。ただ、機械知性体は遺跡へ人が侵入したのを確認すると、排除しようとする。それ以外の行動は、都市のどこかでぴくりとも動かずにいるか徘徊しているかのどちらかである。
都市の防衛システムではないかという考察がなされていたが、公式は回答を濁し、真相は謎のままである。ともかく、素材はこの機械知性体を倒すか、遺跡からアイテムを持ち帰るかで手に入れることができる。
積もった埃の上を歩く。sandboxにおいて、基地の外の世界はあまり詳細に描写はされない。キャラを探索に行かせると、探索画面においてキャラが探索をしたりモンスターと戦闘をしている様を観察することができる。この探索画面に表示される遺跡のマップが、ゲームで外部について知ることのできる全てである。探索可能な遺跡は、ゲームの進行具合によって増えていく。近郊の遺跡、地下都市、遺跡深部、などなど。
それらの情報から推測するに、遺跡の多くは遺跡とは言うものの、かなりその形を残している。遥か進んだ技術でつくられていたために丈夫なのだろう。一部にはエネルギーが供給されている場所すらある。
目の前に広がるのもまた、遺跡であった。基地の出口は遺跡に繋がっているのだ。エレベーターはおそらく後から増設したのだろう。エントランスホールの奥まったところにある。エレベーターの隣には大きな階段があるのだが、どうやら二階は天井が崩れているようである。少し歩く。すると、ホールの出入口が見えた。出入口のあるあたりは、ガラスの壁になっている。一枚だけ割れていて、床にガラスの破片が散乱していた。ガラス越しに外の風景が見える。
大きな道路の両側に、高層ビルが聳えている。だが、どのビルもガラスが割れていたり、一部が崩落している。道路には倒壊したビルの残骸が積もっている。外は昼のようである。ビルとビルの合間からちらりと見えた空は曇天であった。冷たい風が外から吹き込んでくる。俺はたまらず身震いした。
これが、遺跡である。俺はこれからこの遺跡を探索し、素材を手に入れなければならない。遺跡には機械知性体が跋扈し、彼らは人と見たら襲いかかってくる。ところが俺には武器も装備もなにもないのだ。俺はおもわず笑みを浮かべた。自嘲である。これじゃあ自殺とたいして変わりがあるまい。
はたして、基地の管理AIは俺を着の身着のままで放り出して、素材を持ち帰ってくるという勝算があるのだろうか。俺以外の人間をつくる材料はもはや基地には無いのだ。俺がもし基地の外で死ねば、基地AIは人類再生という目的を達することができない。
ゲームでは、探索でモンスターとの戦闘に敗北したキャラは戦闘不能状態になるだけである。ところがこの世界は現実で、現実がゲームと同じようにいくというのはあまりに楽観的だ。この世界は、ゲームの世界である可能性が高いが、だからといってすべてがそっくりそのままというわけではない。なにもかもゲームの通りならば、食料生産システムは一時間もかからずに完成していたはずである。
俺が死ねば、AIも目的を達せできない。俺も博打を打っているが、AIも博打を打っているのだ。そう思うと少し愉快だった。俺とAIは今だけは一蓮托生である。
割れたガラスを踏み越えて、俺は外に出た。さて、俺の運は悪いか、良いか。機械知性体と遭遇したら死である。心臓が爆発しそうに鼓動していたが、俺の頭は妙に冷静であった。散歩でもするように俺は道路を歩き出した。
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