6.食事

 何時間寝たかはわからない。起きると体が痛かった。ドローンたちはホールの真ん中に停まっている。既に建設は終わったらしい。立ち上がる、音をたてて腹が鳴った。喉も乾いている。建設がなされていた通路のほうに、俺は歩いた。


 通路の向こうに、果たして食料生産装置はあった。

 突き当りに扉があり、そこを抜けると小さな部屋に出る。で、その奥の壁に二つ穴がならんで空いている。四角い穴だ。奥行きがあり、中は金属のパネルで覆われている。上からパイプが突きでている。下は金網で、ドリンクバーの機器を思わせる。穴の上にライトがついていて、部屋の光源はそれだけである。室内には緑色の二つの光が蛍のように存在していた。


 ゲームにおいては、拠点のマップの様子がホーム画面に表示される。そこでは装置やキャラはデフォルメされている。単純にスマホゲームとしてデータサイズの限界があったのだろうとは思う。もちろん、かなり雰囲気のあるデザインなので、それでも充分楽しめる。で、もちろん食料生産装置もデフォルメされている。だから、装置が今目の前にあるようなものであることは知っていたのだが、いざ現実に目にすると、ちょっとびっくりする。あまりに殺風景、無機質である。これじゃあ餌やり器だ。


 食料生産装置にもいくつかの段階があり、これは最低ランクのものである。建設の際にみれる装置の説明文にはこう書かれている。「最低限必要な栄養を効率よく摂取することができる。味は悪くないが、食感は最悪。食べ続けると精神に悪影響をきたすことも?」

 ……精神に悪影響をきたす食感とは?

 あまり考えたくはない。


 壁にある二つの穴のうち、どちらかが食料生産装置のもの、もう一方は蛇口である。蛇口は当然水が出てくる。無論飲用に耐えうるものである。近くによると、パイプのサイズが異なることがわかる。一方が細い。これが水なのだろう。どういうわけだか穴の中にハンドルがある。これを捻ると勢いよく水が出てきた。手で掬う。飲む。冷たい。


 乾いた喉に水がしみわたる。何度も何度も飲む。満足いくまで飲んでハンドルを閉めた。


 基地において、水は循環システムにより、ほとんどが基地内で循環する。排水は浄化され、また上水となるのである。これは食料においても同様で、今はまだだが、やがて排泄物浄化装置などが完成すれば、食料もほとんど全てが循環するようになる。排泄物は処理され、いくつかのプロセスを得て、また食料となる。こう聞くとどうしても顔をしかめてしまうが、地球においても規模が違うだけで同じようなことをやっているのだ。排泄物はやがて土になり、植物が育ってそれを食べたりするわけだから、そこまで嫌悪することでもない。


 もちろん全てが循環するわけではない。水ならば100利用して99はリサイクルできるが1は失われてしまう。なので、いずれは水も食料も外部から調達する必要があるのだ。


 ともかく、喉を潤した後は、すぐさま食料装置のハンドルを捻った。腹が減ってたまらなかった。ハンドルを捻ると、どろどろとしたかたいゼリーのようなものが出てきた。色は濁った白である。温度は少し温かい。ふっと鼻孔を食欲を誘う匂いが刺激した。出汁のような香りだ。口に含む。食感は見た目通りかためのゼリーだが、ゼリー内部にもちゃもちゃした繊維のようなものが入っている。口内に形容しがたい味が広がった。味の薄いカップ麺のスープみたいな味である。


 うまい。間違いなく美味い。だが、なんだろうこれは。溶かした餅のようなものを嚙みながら俺は思った。食感が……。食感が悪い。食感が悪いと味も悪く思えてくる。だが、腹に溜まることは確かなようだ。空っぽだった胃に染みこんでいく。次から次へ口に運ぶ。食感以外は完璧である。結局、三度ほどおかわりした。


 食べ終わって大きく息を吐く。

 さて、腹ごしらえは終わった。今後は食事と水の心配は無いわけである。


 部屋を出る。歩きながら考える。腹が満たされると、思考もなんだか明瞭になった気がする。俺はどれだけ寝ていたのだろう。数時間? いや、もっとかもしれない。ドローンはホールにあったが、あれは何を建設した後に休止しているのだろうか? 食料生産装置、水循環システム。それを作った後、ゲームではなにを行うか。定番は、探索であり、探索のための門の建設である。もしかしたら、既に門も建設されているかもしれない。


 探索。それはsandboxにおいてかなり重要な要素を占める。探索を行う場合、まず基地と外をつなぐ出入り口、門を建設する。すると、キャラは探索にいけるようになる。探索ではモンスターと戦闘を行うが、sandboxにおいてそれは自動で行われる。プレイヤーができるのは武器をつくって装備を用意したり、もしくはキャラたちが戦闘している様子を眺めたりすることぐらいである。


 探索が可能となると、キャラたちは勝手に探索にいく。そこでモンスターと戦闘したり、探索をしたりして、様々な素材を獲得するのだ。獲得した素材は基地建設の資材、武器の材料など、様々な用途に使用することができる。なかには水や食料の素となるものもある。そして獲得できる素材のなかでもっとも重要なもの、それは人体生産の素材である。


 ゲームでは、本来基地に保存されているはずの人体生産や建築のための素材が、なんらかの原因によってほとんど駄目になってしまった状態で話が始まっている。そのために一体しかキャラを生産することができず、食料生産装置と水循環システム、門を建設した時点で建築資材も底をつく。そのため、必然、新たな素材を得るため、キャラ一体だけで探索に向かわせることになる。


 ゲームだと、まだチュートリアル状態なのでひとりで探索に向かわせたキャラは一分も経たずに戻ってきて、さらには十体分のキャラの素材を持ち帰ってくる。だが、この世界は現実なのでなかなかそうはいかないだろう。モンスターの跋扈する外の世界に言って、生きて帰れるかもあやしい。


 だが、行かねばなるまい。

 死にたくないからと探索に行くのを拒否しても、いずれ食料も水も尽きる。なにより建設資材がないと、空気循環システムをつくることができない。ここは地下なので、空調が無いと酸欠で死ぬ。今生きているのは、基地内に保存されていた空気が、基地の稼動と同時に放出されたからである。それが尽きれば死ぬ。


 ホールに戻って、食料生産装置があったのとは別の通路に向かう。探索のための出入り口、門があるとしたら、こちらの通路だろう。


 奥を見て、俺は思わず笑ってしまった。どうやら俺はかなりの時間夢の中にいたらしい。通路の奥には巨大なエレベーターの扉が鎮座していた。扉の上部に照明があって、それが闇の中に、扉の姿を浮かび上がらせていた。きっと門へと繋がっているのだろう。寝ている間に建設されていたのだ。


 迷ったところで、行くしかない。俺は通路の奥へと歩を進めた。

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