5.碑文

 探索の結果、俺は新たに発見をした。前回探索をしたときは、ここがsandboxの世界であると気づいたばかりで混乱していて、見落としがあったようだ。


 それは、ホールの隅にあった。壁である。闇に紛れてほとんど見えなかったが、壁に石碑が埋め込まれていたのだ。


 なぜ石碑? と思ったが、人類滅亡後、もっとも長く残り続ける人造物は石造であるという話を聞いたことがあるので、そのためかもしれない。


 ホールの壁は、白色である。材質はなにかわからないが、継ぎ目はない。触ると石か金属のようである。床は薄緑色。材質は壁と同様である。病院とか工場のような印象を与える。病院が一番近い。たぶん、精神的に落ち着く色に配色されているのだろう。天井は、暗くて見えないが、工場や体育館などのように、骨組みが露出されているデザインだったはずである。


 さて、その白い壁の隅にかなり異色なものが存在している。それが石碑である。高さは背丈の三倍、横はおそらく十メートルはあるだろう。壁や床とは少し材質が異なるようである。もう少し硬質な印象を覚える。色は灰色で、文字が刻まれている。端から端までびっしりと刻まれていた。俺はそれを読むことができた。それは日本語で書かれていた。


 一文目を読んで、俺は驚愕した。その文を俺は知っていた。

「ここは人類再生計画の拠点となる基地である」

 これは、sandboxのゲームのチュートリアル画面で表示されるテキストである。


 碑文はいくつもの項目にわかれている。人体生産装置、食料生産装置、水循環システム、排泄物浄化装置。太陽光エネルギー変換装置。そしてそれぞれにチュートリアルで表示される説明文が刻まれていた。


 ふと、俺はゲームの設定について思い出した。ゲーム内では言及が無い裏設定なので、忘れていた。


 sandboxの公式はSNS上でユーザーからの疑問によく答えていた。裏設定などが開示されるのでファンからの評判はよかったと記憶している。


 その質問の中で、こういうものがあった。

 AIがキャラたちに直接的な支持を出せないという設定なのに、どうしてキャラたちは設備が設置されたら素直にそれを使用するのだろうか? また、キャラたちがAIに反乱を企てるということは、キャラがAIの存在を知っているということであり、であるならばどこでその存在を知ったのか?


 これらの疑問に対して、公式の回答はこうであった。


 「基地には登場人物たちのために説明文が残されています。キャラたちはそれを呼んでいるのです」


 この設定は、しかしアニメなどのメディアミックスでは採用されなかった。例えばアニメにおいては主人公がAIでは絵面が悪いということで、主人公が計画のためにコールドスリープされていた人間ということになったのだ。設定もマイルドになって、キャラを素材にするなんてことは一度も無かった。これはこれで原作軽視だとして一部のファンから批判があったのだが……。


 ともかく、そういうわけですっかり忘れていたが、思えばこんな設定であった。まさか碑文だとは思わなかったが、確かに電子データで残すよりも確実である。


 碑文の最後にはこう書かれている。これはチュートリアルには無かったものだ。


「この基地は管理システムによって管理されている。管理システムは基地とその住人の全ての情報を収集し、基地を管理する。管理知性に従うこと」


 俺は苦笑した。なるほどこんな文章があったのだ。ゲームの世界に来れたことで新たな情報を得た。惜しむらくはこの情報を共有する相手もコミュニティも、もう無いことだ。


 それに、この記述は基地にAI、管理知性がいることの証拠になる。基地はゲームにそっくりだが、AIがいないかもしれないと、少しだけ考えてもいた。しかし、その希望は潰えた。ゲームはゲームでも、ゲームを基にしたアニメである可能性はなきしもあらずだったのだ。そちらであればよかったのだが、違うらしい。


 ともかく、これでいよいよここがsandboxの世界であることが確定的になったわけだ。パラレルワールドに意識だけやってきたのか、とか、仏教的に死んで転生したのか? 夢を見ているのか? とかいろいろ可能性を考えることもできるが、考えてもわかることではないのだから、ひとまず置いておこう。いつかわかるかもしれないし、わからないかもしれない。大事なのはここがsandboxの世界であるらしい、ということだけだ。


 そこまで考えて、ふと俺は、もうかなり長い間、碑文を読んでいたことに気がついた。のびをすると、関節が鳴った。声が漏れる。その声がなんだか高く可愛らしい声なので、困惑する。そういえば、性別が変わっていたのだったか。それ自体もかなり困惑すべき事なのだが、それ以外にもいろいろありすぎて、頭がまわらなかった。


 少し歩こうと思って、ホール内をぶらつく。すると、ホールの真ん中にあったあのドローンが無くなっていた。建造用ドローンである。どこかに飛んでいったのだろうか。なにかを建造しに? 通路のほうに行ってみると、奥から音がした。光が見える。ドローンのプロペラ音が聞こえた。


 建造しているのだ。ゲームにおいて、ドローンは一度建設を行った後は、しばらく休ませる必要がある。連続使用すると、劣化が速まるからだ。自己修復機能はあるが、壊れたら専用の生産設備をつくるまでは直すことも造ることもできない。さっきまでホール内にあったのは、休止していたのだろう。


 なにを作っているのか? おそらく、食料生産装置と、水循環システムであろう。もしくは空気循環システム。ゲームにおいては、チュートリアルでキャラを一体生産した後は、次にこの三つの装置を建設することになる。ゲームだと最初に配布されているアイテムを用いればすぐに完成したが、現実はそういうわけにはいかない。何日かかるだろうか? すくなくとも一日はかかるだろう。


 今、目覚めてから、エレベーターから出てきてどれくらいの時間が経ったのだろうか? 考えてみるが、わからなかった。建設が開始されてからは? それもわからない。しかし、なんだか眠たかった。


 喉が渇いていたし、腹も減っている。しかし、それ以上に眠い。食事の心配をする必要はない。起きた頃には装置が完成しているだろう。俺はたまらず横になった。床は冷たく、硬い。だが、目を閉じるとすぐに眠気が来た。落ちるように私は眠りの世界に入った。

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