3.低レアキャラの気持ちを考えたことがあるか?

 それから俺はホールを中心に建物を探検した。だが、それはここがsandboxが現実化した世界であるという確信を深めただけだった。


 sandboxの拠点にあるのは、最初は物資と建造用ドローンだけである。建造用ドローンは物資を用いて様々な設備を建設することができる。チュートリアルでプレイヤーはまず人体生産装置を稼働させ、次にホールを建設する。ホールから通路をのばして、様々な設備を建設していき、拠点を拡大していくのだ。


 ホールからは二つの通路がのびていた。どちらも少し進むと行き止まりである。

 壁にある階段で上階にもいけるが、ホールの壁にそって通路があるだけで部屋もなにもない。エレベーターにはボタンが無いので移動はできない。


 ホールの中央に、バイクくらいの大きさのドローンが五台ほど停まっていた。ドローンの下部にはアームがついている。やはりゲームの建造用ドローンの姿と酷似している。


 ひととおり拠点を回ったあと、俺はホールの隅に座り込んだ。壁に寄り掛かる。

 ここはsandboxの世界なのだろうか? 確証はない。確かめようがない。だが、もしそうだとしたら、ここはまだゲーム開始直後の状態であろう。拠点に人がいないからだ。それならば、これから起こる展開もある程度、予想がつく。とるべき行動もだ。


 ゲームにおいて、最初の人間を生産した後は、食料と水の生産装置、そして空気清浄装置の建設が必要である。ゲーム内時間では一時間程度で建設されたが、実際ならもっとかかるはずだ。


 sandboxにおいて、AI、プレイヤーがキャラに直接出せる指示はほとんど無い。いちおう理由づけとしては、AIは独自の言語で話し、思考しているために人間との会話を不得手とする、というのがある。どんなに頭のいい人間でも虫とコミュニケーションをとるのは難しいということらしかった。あまりに知能に差があるために、話が通じないということなのだろう。


 AIができることは設備の建設とキャラクターの観察である。キャラたちを観察すると、彼らが空腹状態にあったり、ストレス状態にあったりすることがわかる。それらを設備の建設で解消していく。空腹状態を放置すれば当然死ぬし、ストレス状態を放置すると発狂する。となるとゲームオーバー。セーブ地点まで巻き戻される。


 AI、プレイヤーは拠点の住人たちの状態をチェックして、それらが維持されるように設備を更新する。これが大事なわけだ。


 ……しかし、大事なのは維持、ということだった。つまりゲームオーバーにならないぎりぎりの状況に住人を置いて、プレイを効率化するということも可能なわけだ。例としてあげるなら、全てのキャラを半狂乱状態においたりする場合や、使えないキャラをどんどん処分して恐怖政治を敷いたり、とまあこんなことも可能なわけである。


 もちろんだからと言って、全てのパラメータを最低にしてプレイしていたら、高レアキャラの独自イベントが発生しなくなる。発生するランダムイベントも、普通だったらキャラ同士のほっこりする話とかコメディとかがメインなのに、陰鬱な反乱イベントしか起こらない。反乱イベントとは、キャラクターがAIへの反乱を企てているので、処分しよう! というイベントのことだ。最悪ゲームオーバーになるし、そうでなくともキャラが一体消える。


 だから運営としては、パラメータを最低状態でのプレイは推奨していない。プレイヤーもほとんどはそんなことはしない。でのプレイは、しない。

 ……最高状態でのプレイもだ。どちらも現実的ではない。攻略サイトでもパラメータは七割くらいにしておいたほうがいいと書いてある。ある程度の不便はかけてもOKということだ。


 では、ある程度の不便とは?

 平和な状況でのんびり暮らす人々のある程度の不便と、地下の拠点で物資の限られた極限状態でのある程度の不便は、当然異なる。


 というか、ゲームにおいてはパラメータはすぐ戻るのだ。例えばキャラを選択して素材にしたとしよう。これで食料とエネルギーなどが手に入る。キャラたちのストレス値は上昇するが、しかしそれはしばらく経てば徐々に回復していく。あまりに繰り返しすぎるとあれだが、たまにならば大丈夫である。


 キャラは長く生きているほど他のキャラと交流し住人内での信頼値が築かれている。そういうキャラを殺して素材にすると問題だが、生産されてすぐならあまり問題はない。高レアキャラほど住人内での信頼値は高い。つまり低レアキャラなら?


 それに、人体生産装置、ガチャでのことを俺は思い出した。被ったキャラを素材にするかしないかは設定で選択できる。ほとんどのユーザーは設定でオンにしているはずだ。それに、初期の頃、どうしても物資がたりなくて、あまっていた低レアキャラを売却したことがあるユーザーは多いはずだ。


 そちらのほうが効率的だからだ。

 人間のユーザーがやるのに、AIがやらない理由があるだろうか?

 確実にやる。


 で、俺は低レアキャラだ。初めてガチャで引いた低レアキャラを俺はどうしただろう?

 物資がたりなくなって素材にした。

 ……あれ? 今の状況ってもしかして、ヤバいのか?


 俺は慄然とした。そして、思った。素材になりたくない。あたりまえだが死にたくない。生きていたかった。なんとしてでも、生き延びなくては。素材は嫌だ。嫌すぎる。


 どうすればいい? そこでピンときた。ゲームだ。俺はこの世界について知っている。幸い俺にはゲームの、sandboxの知識がある。これを使えば、もしかしたら素材として処分されずにすむのではないか?


 素材にされる低レアキャラの気持ちを考えたことなんて今までなかった。だが、もし仮にまたゲームをやるとしたら絶対にやらないはずだ。とにかく、生存だ。なんとしてでも生き残らなくてはならない。素材だけは嫌だ。


 俺は胸中で強く決意した。ホームの天井を見上げる。きっとAIは俺の様子も見ているのだろう。かつて俺がスマホの画面越しに低レアキャラを見ていたように。

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