2.sandbox

 ふと気づくと、俺はエレベーターの中にいた。大きなエレベーターだ。下降しているのか、上昇しているのかはわからない。微かな音がした。唸るような音。エレベーターの作動音だろう。


 ここはどこだ? と俺は思った。記憶をさぐるが、わからない。というか記憶が曖昧である。さっきまでなにをしていたのだっけ? 寝ていた? 会社に行って、帰って……。本当にそうか? 駄目だ。わからない。


 なんで俺はエレベーターの中にいるんだ? 会社にはこんなエレベーターはなかったはずだ。なら駅? マンション? いや、こんな場所は知らない。見たこともない。


 あたりを見てみる。壁に鏡があった。鏡の中には俺の姿がうつっている。それを見て、俺はぎょっとした。


 俺じゃない。鏡にうつっているのは、俺ではなかった。


 若い。女だ。少女。青みがかった色の黒髪。髪は後ろで無造作に結んでいる。服は軍服とか学校の制服に似ている。ズボンである。顔は整ってはいるのだが、なんだか印象に残りにくい。


 手を動かしてみる。すると鏡の中の少女も手を動かす。手を見てみると、小さい。なるほど、鏡にうつっているのは俺らしい。俺? なぜ? 俺は男だったはずだし。成人もしていた。なにがおこっているというんだ?


 鏡の中の少女をじっと見ていると、なんだか既視感があった。しばらく考えて、俺はあっと思った。


 この子、《sandbox》のキャラじゃないか!


 しかもレア度が一番低いやつだ。確か名前は、そう、「S」だ。《sandbox》の低レアキャラは、基本的には全部で七種類。sandboxのそれぞれの文字から名前がついている。


 低レアキャラは基本的にマスクをつけていたりゴーグルをつけていたりするので顔がよくわからない。Sはマスクをつけたキャラクターだった。少女型だ。

 今の俺はマスクをつけてはいないが、そっくりだった。


 しばし呆然として鏡を見つめる。

 夢でも見ているのだろうか? 頬を抓る。痛い。夢じゃなさそうだ。

 待てよ。はたと俺は気づいた。

 じゃあ、このエレベーターは……。


 ふとかつて見たアニメの記憶が思い出される。最初のシーン。人体生産装置で生産されたキャラクターは、半覚醒状態のままエレベーターに乗り込み、上昇中に目を覚ます。扉が開くと、そこは大きなホールになっている……。


 いや、そんなことがあるか? しかし、この状況。《sandbox》のキャラになっている自分。エレベーター。既視感のある状況。まさか、……夢? だといいが。しかし、そうじゃないなら?


 エレベーターは作動を続けている。ごくりと唾をのむ。扉が開けば全てわかるのだ。しばし沈黙。痛いほどの静寂。作動音だけが響く。


 ふっとエレベーターが停止した。少しの浮遊感。上昇していたのだ。次いで扉が開いた。外の景色が見える。


 あっと俺は思わず息を呑んだ。

 ホールだった。丸い天井。だだっぴろい空間。ホールと言うか吹き抜けの空間である。壁面には上階の通路が見える。壁面にぽつぽつ照明がついていて、それがホールをうすぼんやりと照らしていた。


 ゆっくり俺はエレベーターを降りた。

 口を押さえる。手が震えていた。

 眼前の光景に俺は見覚えがあった。


 ゲームの一枚絵、ゲーム内のアニメーション。放送されたアニメ。何度もこの光景が登場していた。


 信じがたい。だが、それ以外にどうやってこの状況の説明をつけるのだ?


 振り返る。ちょうどエレベータの扉が閉まるところだった。しまった扉の表面になにか書いてある。それを見て、俺は確信した。マークだ。人類再生計画を象徴するDNAを模した螺旋のマーク。


 乾いた笑みが出てくる。否定したいが、難しい。ドッキリ? そんなわけがない。

 見覚えのあるホール。《sandbox》のキャラに酷似した自分の姿。人類再生計画のマーク。なにより自分自身の感覚が、目の前の光景が現実であると告げていた。

 心臓の音がうるさい。口の中がねばつく。


 認めるしかない。どうやら俺は《sandbox》の世界に来てしまったらしい。

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