イケメン第三王子はエビが好きになって婚約破棄をしてきましたが全然問題ありません。

夏空蝉丸

第1話 エビ好き王子


 夏の暑さが少しだけ残る秋の夜。ポークエルン学園の夜想会は開催された。


 ポークエルン学園という王国の王族・貴族若しくは特別な才能の持ち主しか学ぶことの出来ない学園の実質、卒業パーティーである夜想会は、学園の生徒だけではなく王国の王族や貴族も参加する。男子生徒も女子生徒も色々な意味でのアピールの場、つまり社交界のデビュー場となっている。だから、夜想会で上手く自分を魅せることが出来た人は、しばらくは安泰が約束され、失敗した人は惨めな運命が待ち受けている。


 もし、夜想会で王族からの婚約が発表された日には、その人物が夜想会の主役となり華となることだろう。だから、王子であるワサビィが壇上に立った時、周囲はどよめいた。今すぐにでも婚約を宣言するかのように、壇上に連れと一緒に立っていたからだ。


 公爵令嬢であるアメリ・アンジュは、侍女であるディアナと目を合わせる。何が起こっているのか理解できなかったのだ。何故ならば、ワサビィ王子とはアメリが婚約をしている。国境付近を領地に持つ王位継承権第四位であるアンジュ公の娘であることによるあからさまな戦略結婚ではあったこと。お互いのことを深く知る機会がなかったこと。顔合わせをして話をしたことは数度、アメリはワサビィに対して悪印象を抱くほどではなかったが、かと言って愛などは生まれようにもなかったこと。これら全てを考慮しても婚約は国家的政治的な話であるから、現時点でも有効であることは疑うべくもない。ましてや、その婚約を無視して別の婚約を発表するなどは更にありえない。


 だとしたら、ワサビィ王子の横に立つそれは一体、どんな存在なのか。


 アメリは婚約者の紹介のために存在しているとは到底考えられなかった。勿論、王族でも高名な貴族でもない。子爵以下であれば全ての人物の顔までは覚えていないから貴族であるかもしれない。けれども、どう見ても貴族であるようにも思えない。


「あれは……わかる?」


 アメリはディアナに尋ねた。ディアナは平民ではあるが、ポークエルン学園の生徒である。成績優秀者の特待生として入学し、首席で卒業することがほぼ確定している。彼女は多彩な能力の持ち主であり、何でも器用にこなすことが出来るが、一番得意な能力は人の顔を覚えることである。大商人の血筋の彼女が幼い頃から両親に厳しく教え込まれた特筆に値する能力である。そして、幼少からのアメリの友人である。


「申し訳ございません。斯様かような存在……、確か行商人のザルの中……いえ、私の知っているのとはかなり違います。記憶にございません」

「断定しなくても良いわ。あなたの記憶から連想されるそれを言って欲しいの」

「もし、一言で説明するならば、エ……、いえ、ありえません」

「仕方がないわね。私からあなたに訊くわ」


 アメリはディアナからエビチリを乗せたお皿を受け取る。赤いチリソースから刺激的な辛味を感じさせる匂いが漂ってきて否応にも食欲がそそられる。キレのある酸味がありつつも甘みがあるソースにプリプリした食感のエビを楽しめるはず。アメリは渡した本人はエビチリに加えてピラフを乗せたお皿を手に持っている。


「ディアナ、貴方、大丈夫? 食べ過ぎじゃない?」

「人のお金の食事は倒れない限界まで頑張れ。というのが、カロン家の家訓でございますから」

「でも、ライスはお腹が膨れるんじゃない?」

「取引相手の毛を毟りすぎてはいけないも家訓でございますので」


 ディアナはそう言いながらエビフライをお皿の上に載せた。かなり大きめのエビフライでカラッと揚げられたコロモもホカホカと発する温かみも、今にでも口に放り込んでくださいと言わんばかりである。


「夜想会に出席されている諸君! 本日は話がある。この場が最適であるかは分からないが聞いてもらいたい」


 大きな声がしてアメリとディアナは視線を動かす。その先の壇上に立っていた王子が大きな声でパーティーの参加者たちに呼びかけたのだ。


「この夜想会という特別な催しで二つのことを皆に発表しなければならない。一つは残念なことで一つは喜ばしいことである」


 誰もが注目している。ワサビィは王位継承権第七位の第三王子である。王太子ほどではないが、高位の王族であることは間違いない。しかも、かなりのイケメンである。整った優しげな顔にガッシリとした体格。女子生徒からもその容姿からかなりの人気がある。その人物が夜想会の壇上で発表することである。傾聴しないわけにはいかない。


「どうしてそんなに嬉しそうなのよ」


 アメリがディアナに小声で言うと、「静かにしていた方がよろしいかと」と返される。ディアナの表情は、まるで自分が持つことの出来ない高価な玩具が壊されるのを拍手喝采で喜ぶ子供のようである。


「まず、先に喜ばしい報告をしよう。ワッラー王国第三王子であるこのワサビィ・ワッラーは、この横に立つ麗しい女性であるエビィと結婚することにした。彼女は見目麗しいだけではなく、心優しい女性である。そして、同時に不幸な女性である。誰しも耐えられないような悲惨な境遇にありながらも健気に生きている強い人間である。そのことについて慶賀すべき日に話すのは好ましくないため割愛するが、もしそなたらが話を聞く機会があれば、誰しもが彼女のことを尊敬することであろう。そう、あれは冬の海のことで……、いや、湿っぽくなるから話は止めよう。そんなことよりなにより、このワサビィ、婚約という喜ばしい報告を夜想会で皆に伝えることが出来てとても嬉しく感じている」


 ワサビィが大きな声で周囲に婚約を宣言するが、出席者は沈黙している。どのように反応すれば良いのかわからなかったからだ。それもそのはず。ワサビィの横に立っている女性。……いや、誰しもがその存在が女性であるかどうかすら分からなかった。何故ならば、ワサビィの横に立っているのは、


「どう見てもエビよね」

「アメリ様、違います。あれはシャコでございます。床についている尻尾のところを見てください。エビならばもっと細くてシュッとしているはずです。シュッと」


 そう言いながらディアナはピラフの上に乗っているエビにフォークを突き刺す。周囲の視線が集まっていることに全く興味なしと言わんばかりに口の中に放り込む。


「き、貴様ぁ、な、何をしているんだ!?」


 ディアナがエビを食べた瞬間に、ワサビィの声がフロアに響き渡る。そして、その横に崩れ落ちたエビィがいた。


 エビィは裸ではない。真っ白なドレスを着ている。鮮やかな白色の輝きは、かなり上質の絹を使っていることを示している。頭部と尻尾の部分のつややかな真紅と対比された彩りだ。


「殿下の発表を拝聴しながら食事を取らせていただいております」


 ディアナは恭しく頭を下げるが、手には皿を持ったままである。


「い、妹が……食べられてしまいました」

「ア、アメリ、お前の侍女が何をしたかわかっているのかッ!!」


 ツバがピュピュっと飛ぶような勢いでワサビィが喚き散らす。けれども、アメリもディアナもワサビィの手の届く範囲にいるわけではない。間には数人いる。壇上の直ぐ下に立っていた男子生徒が不快そうに眉を歪めているのが見えたが、気にする必要はない。大丈夫。安全だ。アメリもディアナも、王子から突如暴力を振るわれたとしても届かない場所に立っている。


「殿下、何か問題でもございましたか?」


 アメリはワサビィに向かって首を僅かに傾げながらエビチリの中のエビにフォークをブスッと刺す。


「お、お兄さまぁ~ッ!」


 再び、エビィの絶叫が聞こえてくる。まるで、食べないでくれ。と懇願しているようだ。そのエビをそのまま開放して海の中に戻して欲しい。そうすれば、新しいエビとしての生命を全うできる。そのような願いが込められたかのような叫び声に対して、アメリは


「いっただきまーす」


 と言いながらエビを口の中に放り込む。モグモグモグとしっかりと咀嚼する。食べ物を粗末にしてはいけない。いつも通りに神と大地と領民に感謝しながら食事をしているのだ。


「アメリ! 見損なったぞ。確かに、今日、この場で婚約を破棄するつもりではあった。とは言え、躊躇していた。相手に何の過失もない婚約を破棄するなど、一方的で自分勝手な破廉恥な行為であると。だが、今、この場で確信した。アメリ、そなたのような人の心を持たぬ人間とどうして結婚できようか。ワサビィ・ワッラーはこの場で宣言する。アメリ・アンジュとの婚約を破棄すると!」


 高らかにワサビィは言い切ったが、聴衆たちの反応は鈍い。自国の王子といえども、この場でどうしてこの話を持ち出したのか。折角の楽しい夜想会に水を差すようなことをするのかと。しかも相手はエビィ。


「ディアナ。どうやら、婚約破棄をされたように聞こえましたが、気のせいかしら」

「いいえ、アメリ様。おめでとうございます。間違いなく婚約破棄されました」

「その言い方。いつもならば半日ほど煮込んだ鍋のようにグツグツと腹の中で感情が湧き上がるところだけど、今日のところはありがとうと言いたいわ」

「どういたしまして」

「まだ、ありがとうとは言ってないわ」

「商人が一番好きなのは前払いでございます」


 アメリとディアナは、会話をしながらエビチリからエビだけを取り出して食べていると、壇上で地団駄を踏む音が聞こえてくる。


「貴様ら、貴様ら、婚約破棄どころではない。エビィの目前でなんと惨たらしいことをするのだ。人としての心を持たぬのか」


 ワサビィが睨みつけてくるが、アメリは涼しい目で応える。


「殿下、いくつか質問をさせていただくことをお許しください。殿下は魔法にでもかけられているのですか?」

「いや、そんなことは無い。そなたも知っているように王族は毎年の儀式での祝福により魅了のたぐいの魔法による影響は受けない」

「では、呪いとかその類でもないと」

「当然だ。あり得ない」

「では殿下、殿下はそのエビがお好きなのですか?」

「エビではない。エビィだ。大好きに決まっているであろう」

「殿下、私もエビが大好物でございます」

「あ、アメリ様、それ私の!」


 アメリはディアナの皿からエビフライをはしたなくも素手で掴み、顔を上に向けて口を大きく開く。ゆっくりとエビフライを降ろしながら咀嚼しながら食べていく。


「お、お父様がぁあああああーーーー」


 何やら再び絶叫が聞こえたような気がしたが、アメリはモグモグモグと食べ切り、残った尻尾を自分が持っていた皿ではなくディアナの皿の上に置く。


「アメリ様……」


 ディアナが何か言いたそうな目で見てくるが、アメリは気にしない。いつもの不遜な態度を見逃しているのだ。これくらいそれに比べれば大したことではない。


「アメリよ。君という人間は最低だ」


 ワサビィの呆れたような怒りを含んだような言い方に、アメリはディアナと視線を合わせる。


「アメリ様の素行マナーがあまりよろしくないのは、私が十分と嫌となるほど承知しているところではありますが、最低とまでは言いかねます」

「それって、非難しているようにも聞こえるけど」

「食べ物の恨みは根に持たないでその場で返せ。が家訓でございますので」


 アメリとディアナがワサビィのことを無視して言葉のレクリエーションを始めようとすると、ワサビィが会話に割って入る。


「黙れ二人共。この暴虐無人な振る舞い。知性や教養を感じさせない態度。まずは、エビィに対して謝罪しろ。話はそれからだ。いや、謝罪だけで済むものか。罪を償う必要がある。十分な覚悟をしておけ」


 ワサビィが怒りの言葉を投げつけると二人は持っていた皿をテーブルに置いた。そして、二人でワサビィの方に視線を向ける。


「ディアナ。私の記憶が確かならば、王子は私との婚姻を取りやめた場合、王位継承権を失う。でよろしくて?」

「はい。アメリ様。その通りでございます。ですから、王子ではありますが、王位継承権のない王族となります。言ってしまえば虎になりそこねた豚でしょうか」


 二人は会話を周囲に聞こえるように話している。王位継承権を失う王子の言葉に従う必要はないと言わんばかりに。


「ま、待て。貴様ら何を言っている。第三が王子であるこのワサビィが王位継承権を失う。など、何を世迷い言を」

「ディアナ。説明して差し上げて。私からはあまりにも言いづらいことですから」

「はっ」


 ディアナは今までのオチャラケてた態度を改めて直立不動の姿勢を取る。キッと王子を睨みつけると、その場が寒々としてきたように感じられる。


「ワサビィ王子。殿下は、第一王子、第二王子とは血が異なられます。御存知の通り、亡くなられた前王妃はアンジュ公の姉上で前王の血を継がれております。そして現国王であらせられる陛下のお生まれは隣国ブラー王国でワッラー王家の血を受け継がれていないのも御存知の通りでございます」

「貴様は母上を侮辱する気か!」

「落ち着かれてください殿下。私は血の濃さの話をしているのです。アンジュ公が王位継承権第四位で、殿下が第七位であることの意味をお考えください」


 ワサビィは王子として現国王からは何不自由のない暮らしを与えられてきたため気づいていなかった。だが、第三王子で現国王は隣国の出身、現王妃は辺境伯の娘。王妃は王家の血を全く受け継いでいないわけではないが、三代はさかのぼる必要がある。


 故に、前国王の息子であるアンジュ公の方が王家としての正当性が高い。更に言うなれば、ローゼンヌ地方を領地に持ち、名将と名高い人物である。隣国ブラー王国との盟約の都合による戦略結婚がなければ間違いなく国王となっていた人物で、貴族らからも十分な支持を得ている王国の第一人者である。


「わ、私は、王家を捨ててでも……」


 さっきまでの勢いは何処へやら、ワサビィの声はかなり小さくなっている。


「殿下、冷静になられてください。よくそこのエビを見てください」

「エビィだッ!」

「殿下はエビと思われていますが、実はシャコです。カニやヤドカリの方が近い存在です」


 ディアナはエビィに向かってビシィと指を突きつける。まさに、学園首席。知識をひけらかしているようだ。が、その言葉を聞いてエビィがゆっくりと立ち上がる。


「この痴れ者らめッ! 私が自分自身のことを何者だか知らないとでも思ったのか。そこの女、公爵ならまだしも、公爵の娘付の平民の分際で偉そうに。私は、わたしは……本物のエビだ。シャコと間違えられるなんて……、脚が小さいとはいえ何たる屈辱。そう、よく見てみるがいいこの前脚を。シャコとは違うこと理解できないのか!?」

「えーと、よく考えたらシャコなんてよく知らなかったかしら。でも、本当にエビ? だったら何のエビだと言うの? 適当なこと言ってない?」


 エビィの怒りをディアナはサラリと躱す。言葉遣いでは馬鹿にしているが、視線は真剣そのもの。


「どう見ても私はイセエビに決まってるじゃない」

「そっかー、シャコじゃなくってエビかぁ、しかもイセかい。ホント、何でもありね」

「その不遜な態度、万死に値するわ」


 エビィが殺意をディアナに向けた瞬間、アメリがディアナを庇うように一歩前に出る。


「語るに落ちるとはこのこと」

「な、何よ」

「自分のことをイセエビと明かした時点であなたの運命は尽きたということ」


 アメリはエビィに指をビシィと突きつける。すると、エビィは動揺したのかピョンと小さく跳ねる。


「さっき、私がエビチリのエビを食べた時、あなたは兄弟だか姉妹だかと言っていたけど、エビチリのエビはクルマエビ。クルマエビがあなたの家族であって?」

「くっ! そ、それは……」

「あなたはイセエビなのよね」

「それが何か!?」

「明らかに種族が違うじゃない。勿論、エビフライもイセエビじゃないわ。つまり、あなたは嘘を言っていたわけね殿下の気を引きたいがために。悲劇のヒロインを演じていた道化師、いやエビさん」

「それが何か!?」

「いい加減に帰るべき場所に帰れってこと。どうせ、魔女にもらった魔法の薬か何かでそんな体になっていることは容易に推測できる。仕方がないからあなたが帰るべき場所は用意してあげるわ」

「黙れッ! 黙れ、黙れ黙れッ! 私は王子と結婚して幸せに暮らすの。それを邪魔しようとする存在は何であれ排除する」


 エビィは前足を振り上げる。目障りなアメリを打ち倒そうと体を丸くすると、バネを押しつぶして離したような勢いで飛び上がる。エビジャンプだ。


 ものすごい勢いで壇上からアメリまでの空間を一瞬で無くそうとする。が、アメリは平然としている。既にそんな行動は予測していました。と言わんばかりに、手に持っていた赤ハンカチをファサっと広げると勢いよく横に振る。


「イセエビはあちらへ!」


 アメリの強く発せられた魔法の力が乗せられた言葉に従いエビィの跳躍した方向は歪む。アメリではなく、振り上げていたハンカチが示す方向に落下していく。


「はーい、御一行様どうぞぉ」


 ディアナがいつの間にかシェフとウェイターに用意させていた鍋にエビィはバシャーンという音とともに勢いよく入り込む。と同時に魔法の効力は失われ、エビィの体は徐々に小さくなり鍋の中にすっぽりと収まる。


「折角のドレスがもったいない」


 ディアナはエビィから抜け落ちて鍋にかかっていたドレスをサッと取るとウェイトレスに片付けてと言わんばかりに渡す。


 その横でシェフはウェイターと二人で会場内に用意していたコンロに鍋を移動させ煮込み始める。既に十分に味付けされていたのか、シェフは味見をすると満面の笑みを浮かべた。期待していた味になったのだ。


「え、エビィ……」


 ワサビィが亡霊のようにゆっくりと近づいてきて鍋に縋りつこうとする。シェフに止められると、泣きながら一人でイセエビの鍋を食べきってしまう。


 あまりの勢いに呆れてみていたアメリとディアナに向かってワサビィはふぅ。と一息ついてから、


「助かったよ。どうやら変な魔法にかかっていたみたいだ」


 と言い訳をしてきた。


「別に気にしないでください殿下」

「流石、我が未来のは物わかりが良い」


 ワサビィの返答にアメリは眉をしかめる。


「ディアナ、先程の殿下の宣言は有効かしら」

「法的には陛下のご裁可が必要な事案ではございますが、王子としての殿下のお言葉、ご決意はそれほど軽くないかと愚行いたします」

「そうよね。婚約は破棄されるものであれば、殿下の妃となられるのは別の方ね」

「も、もしかして、アメリ様、殿下はフリーとなられたと考えてよろしいですか?」

「そうね。私、イケメンだけど頭が残念な方より、容姿は多少劣っても賢い方が好みなの」

「では、私が貰ってもよろしいですか?」

「構いませんが……、相変わらずあなたは人の物を欲しがりますのね」

「と思いましたが、やっぱり要りません。アメリ様が興味を失われた方なんて」

「ディアナ、本当にあなたって性格に問題がありますね」

「違います。価値に目ざといだけです。商人として」


 アメリとディアナが会話をしていると、ダンダンダンと再び地団駄を踏む音。


「どういうつもりだ。このワサビィを無視するとは」


 ワサビィはアメリとディアナのことを睨みつけてくる。


「殿下、殿下と私は既に何ら関係はありません」

「婚約しているではないか」

「殿下が自ら破棄を宣言なさいました」

「いや、それはあのエビの魔法で……」

「先程、王家は魔法の影響を受けないとおっしゃられたではありませんか」


 その場に崩れ落ちるワサビィを見て、アメリはふぅ。とため息をつく。


「殿下、私は殿下に感謝しているのです。エビに心うつつとなる殿下と結婚しなくて済むようにしていただいたこと。安心してくださいませ。王位継承権を剥奪されたとて命が奪われるわけではございませんし、北の塔に幽閉されることもないことでしょう。まあ、今までとは生活が異なることもあるかもしれませんが……」

「アメリ様……、てっきり公爵様にお願いして鉱山送りとか漁船送りとかそこでの慰め者にすることを計画されていましたのに……」

「ディアナ止めなさい。殿下、マジ泣きしてるじゃない」


 アメリは再びため息をつくと大きな手で拍手を始める。そして、笑顔を振りまいて周囲に大きな声でアピールする。


「夜想会にお集まりになられましたみなさん、いかがでしたか此度の趣向は? 殿下と協力して特別な催し物をさせていただきました。お楽しみいただけたでしょうか。学園生活も残り僅か。心残りのなきよう充実した学生生活を送りましょう。まだまだ、夜想会も始まったばかり。お食事も十分に残されています。最後までご一緒しましょう」


 アメリの言葉が合図になったかのように談笑が始まる。無論、誰しもアメリの言葉を鵜呑みにはしていない。だが、公爵令嬢であるアメリにわざわざ反発する人物もいない。数年は語り継がれる出来事の目撃者となれただけで十分なのだから。


「アメリ様。殿下は帰られました」

「そう。賢明ね」


 アメリはディアナに笑顔を見せた。周囲のテーブルには豪奢な料理が並べられている。肉料理から魚料理、選び放題となっている。けれども、アメリはもうテーブルの上の料理には興味がない。ウェイターから葡萄酒が入ったグラスを受け取ると、ディアナに一言話しかけた。

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