【短編】かくれんぼ
カエデ渚
先輩と後輩の話
昔から、一人になることが好きだった。
人の輪に入るのが苦手なのか、それとも誰かと過ごすこと自体に価値を見出さなかったのか。
いずれにせよ、大した理由じゃない。
「あ、煙草!不良ですねぇ」
屋上でタバコを吸うことには慣れていた。
肺に煙を入れて、吐いた紫煙の隙間から何か人の影が微かに映り込んだと思ったら、そんな声が鬱陶しいテンションで聞こえてきた。
視線を向けると、最近妙に屋上にやってくる後輩の女子がいた。
「……授業中だぞ?」
「先輩こそ」
当たり前のように横に座るコイツは、確か真鍋とか名乗っていたっけか。
初めて会ったのは、半月程前で、恐らくクラスでも浮いているんだろうなと類推できてしまう程に、ウザったい挨拶を交わしてきた。
「なんて言ってたっけな……」
「何がですか?」
「初めてお前がここに来た時、なんか言ってたよな、かくれんぼがどうとか」
「ああ。かくれんぼの鬼なら勝率100%の真鍋真香です。これ、私のキャッチフレーズなんですよ、パクらないでくださいね」
いや取らねーよ。
口に出して突っ込んでも良かったが、生憎タバコで口は塞がれてたので、思っただけでやめておく。
空に向かって紫煙を吐く。太陽の光が、煙を透過して日差しが温くなる気がした。
屋上の鍵は、ちょっとした宝物だ。
入学したての頃に、職員室のキーボックスからくすねた鍵をホームセンターで複製して、元の位置に戻したので、誰も私が鍵を持っているとは思わないだろう。
そもそも、昔と違って授業を抜け出してタバコを吸う生徒なんかはもう居らず、教職員も警戒していない。
だから今日も、屋上でタバコを吸う。髪も染めていないし、ピアス穴だって空けていない。
そもそも不良ではないから、目もつけられいない。
昔から大人を騙すのだけは上手かった。
「こんな先輩の姿、クラスのみんなが見たらショックだろうなぁ」
ニヤニヤしながら、真鍋は私の顔を見る。
何となくムカついたので鼻の頭を摘むと、涙目になって怒りながら私の肩の辺りを叩く。
「何するんですか」
「いや、ムカついたから。なんとなく?」
「なんとなくってなんですか!まったく……。みんなは先輩に騙されてますよ。見た目が深窓の令嬢っぽいから授業にいないのも勝手に病弱だと思い込んでるんですよ。ぷぷーって感じで笑えますね」
なんか独特の表現をするなぁ。
見ていて面白いので構わないけど。
「あ、チェーンスモークですか?」
二本目に手を伸ばすと、真鍋は私のタバコに手を伸ばした。
「そんなに吸うなんて、美味しいんですか?」
クンクンとタバコの匂いを嗅いだ後、フィルター部を咥える。なんだか、小動物みたいな動きで可愛らしいけど、頭を叩いてタバコを没収する。
「アンタは吸うな」
「自分のことばかり棚にあげて」
今頃同級生達が授業に勤しんでいると考えると、タバコも美味しく感じる。
家では吸わないけれど、学校だと吸いたくなるのは不思議だ。
「こんな不良でも成績は一位なんですから、世の中理不尽ですよね」
「真鍋は頭悪そうだな」
「何ですかその言い草。理解は得意ですよ?まぁ平均点は余裕ですね」
ふふん、と胸を張る真鍋。
文系は?と問うと、分かりやすく背筋が丸くなる彼女に思わず笑みが溢れる。
「あんなの、ただ暗記するだけだろ」
「頭がいい人っていつもそればかりですよね。嫌味ですか?」
「あ。嫌味って分かるんだ」
「私を何だと思ってるんですか!」
むぅ、と今度は背中をポカポカと叩く真鍋。鬱陶しくはあるが、不思議とコイツといる時間は嫌いじゃなかった。
「ねぇ、先輩って何でタバコ吸ってるんですか?」
「うん?そうだなぁ、何となく悪いことがしたかったからかな」
「どうせならもっと健康にいい悪い事すればいいのに」
健康にいい悪い事ってなんだよ。
再度心の中で突っ込んでみる。言葉の代わりに今回も口からは煙が出ていくだけだ。
しかし今度は、真鍋も流石に支離滅裂なことを言っていることに気づいたようだ。
「ほら、例えば、えっと、ジムの会員費払わないで器具を使うとか」
悪いことには変わりないけど、悪いことをしようと思ってそんなことをする人間はいるのだろうか。
もし本当にいるのならソイツは頭の中まで筋肉みたいな奴だろうな。
「ちなみに運動なら私も得意だぞ。去年のマラソン大会は陸上部を差し置いて一位だし」
「え、私なんか5キロでダウンなのに……?」
真鍋の方が運動するべきだろう。
そう思って真鍋の身体を見る。
本当に高校一年生なのかと疑いたくなるくらいに幼い容姿だ。手足も細いし、全体的に華奢だ。
試しに手首を握ってみる。力を入れると痛みに耐えかねて真鍋は再び私を叩いた。
身体は小さいのに意外と凶暴だ。
「はいはい、何でも出来て先輩は凄いですね」
真鍋は機嫌を損ねたようで、分かりやすく頬を膨らませてそっぽを向く。
流石に半月の間、毎日のように顔を合わせていると何となくコイツとの付き合い方も分かり始めた私は、予め用意した炭酸のジュースを手渡す。
「え?いいんですか?……まぁ、ありがたくいただきます」
「ホント、単純だねぇ」
「うるさいです。人が気分よくサイダーを飲んでるんですから邪魔しないでください」
授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
私は何故か知らないけど病弱設定になっているので構わないが、真鍋はそろそろ戻らないと目をつけられるだろう。
真鍋自身もそれを理解しているようで、少し寂しそうに目を伏せると、立ち上がる。
「じゃ、先輩。タバコはやめた方がいいですよ」
「んー考えとく」
「わ、適当に流してますね」
「いいから早く行きな」
はいはい。と真鍋は手をヒラヒラさせて、屋上から去っていく。
何でも出来る、と真鍋は言ったけど。
私にだって、苦手なことくらいある。
「かくれんぼは、昔から苦手なんだよなぁ」
秋空を眺めて、一人呟いてみる。
昔から一人になるのは好きだった。
多分それは、誰かに見つけてもらいたかったからなのかもしれない。
真鍋に見つかった時、少しだけ、嬉しかった。だから、そんなことを思ってしまった。
【短編】かくれんぼ カエデ渚 @kasa6264
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます