ぼくのかわいい蝶々のはなし

流花@ルカ

 ぼくのかわいい蝶々のはなし

 やぁ、久しぶりだね。また僕の話を聞きに来たのかい?

本当に君たちは話を聞くのが好きなんだね。

まぁいいさ、僕のかわいい蝶々の話ならいくらでもしてあげる。


 そうだね……彼女との初めての出会いは、城の中庭だったよ。

白と青が美しいコントラストを描いた、可愛らしいデザインのドレスを着ていてね。

中庭をキョロキョロと、見て回っている彼女はまさにヒラヒラと舞う蝶々のようだった……それを見た僕は一目で心を奪われたのさ。

 

 だから少々強引ではあったけども、彼女と婚約を結んだんだ。

とても嬉しかったよ、まさに天にも昇る心地ってこういう言う事を言うんだろうって思ってた。


 ……でもね、そこから彼女は少しづつ笑顔を見せなくなった……王妃教育が始まった所為でね。

彼女は余り地頭のいい方ではなかったから、本当に辛そうだったよ……傍で見ている僕もあの時は辛かったね、だけど少しでも手を貸そうとすると母である王妃に止められるんだ。


「王妃たるもの、この程度で音を上げる事は許されぬ。このままでは貴族院の者たちの食い物にされるか操り人形が精々ではないか」


とね……まぁ確かにその通りだと思ったし、正直言って彼女を愛妾にでもしたほうが幸せなんじゃないかとこの頃から考えてたんだよ。

でも、『僕の役に立ちたい』って一生懸命頑張ってる彼女を見ていたらそんな事言えないじゃないか……。

え?それなら彼女の為に、婚約を白紙にしたら良かったじゃないかって?


ふふふ……彼女を手放すくらいなら、この国滅ぼした方がマシだと思ってる事を君たちはよく知ってる癖にそういうこと言うの?


……だから貴族院の小者共が、なにかゴソゴソと企んでいるのに気が付いても、あの時は様子見の為に放置してたんだ。


……うん、その間にも色々あったよ。


僕の出席できなかった夜会で、前に公務で一度話を聞かせてもらっただけの令嬢が、なにやら彼女に張り合って失礼な事でも言って挑発したんだろうね、彼女が『夜会で令嬢にワインをかけた』とか学院に入ってからも『取り巻きを使って僕に近寄る女生徒を排除』しているとか、僕個人としてはすごく嬉しかったけど、さすがにここまで大きく貴族社会で噂にされるようでは、もう王妃にしてはあげられないなって……そっちは見切りをつけたんだよ……。


さぁ、話はこれくらいにして、とりあえずくだらない茶番を見に行こうか……終わった後で小者共には地獄を見せてあげようね。



◆◇◆


「……この通り証拠も証言も出そろった、言い訳などできようもあるまい。もはやお前の命はないぞ!……と言いたいところだが、他国に我が国の情報を流していた罪人のお前に対して恐れ多くも国王陛下は『王太子の婚約者としてのお前の立場を考慮せよ』と仰せになった。なればこそ、今この場で陛下の勅書と共に貴族院の名において貴様と王太子殿下の婚約を破棄し、貴族令嬢としての籍を抹消の上『果ての塔』へ生涯幽閉とする。衛兵!命令書の通り拘束せよ」


 貴族院からの通達を伝える執行官の発した言葉に、学園の卒業記念パーティーへ出席していた貴族やその子息令嬢達は、まるで息を吹き返したかのように閉ざしていた口を開き始めたようで、ざわざわと囁き声が会場内に響き始めた。

 

 美しい顔を真っ青にし、ガクガクと震えて声も出せない様子の彼女へ兵士がガチャガチャと鎧の音を立て殺到しようとする。

あまりの恐ろしさにとうとう彼女はガクリと気絶して倒れてしまう。

その直前に、誰かの声が聞こえたような気がした……。



……そこまでだ!


気を失った令嬢を、優しく抱き留めた王太子が兵士を制する。

流石に王太子の命令を退けるわけにもいかずオロオロと兵士が執行官を見ていると、勅使が顔を真っ赤にして


「いかに王太子と言えども貴族院の決定に背いては、お立場が悪く……」


「誰が決定に背くと言ったのだ?」


執行官の言葉を遮り、堂々とした態度で令嬢を横抱きにして会場を出ようとする王太子。


「彼女に触れる事は許さん、このまま私が塔まで運ぶゆえ先導せよ」


「しかし……」


「いかに貴族院といえども、ただの執行官風情がこの王太子に命令するか?そもそもその陛下の勅書に『拘束せよ』とは記載されておらぬのは分かっておる。ならば『王太子の婚約者としての立場を考慮せよ』という言葉に従い私が塔まで運ぶことに何の問題があろうか?いかに貴族院とて国王陛下の認可がなければ最終的な決定権はないのだから、私を止めたければ貴族院へ帰って議題を奏上して陛下に認可を授けて貰う事だな……さっさと貴族院へ帰るがいい、塔へ運ぶ見届けは兵士でも事足りるゆえな」


冷たくそう言い放つと、憤怒で顔を真っ赤にした執行官を置き去りにして会場を悠々と出て行った。



◆◇◆


……彼女が目を覚ますとそこは見知らぬ部屋だった。

ベッドの上で寝かされていたらしい彼女は慌てて起き上がる。

すると部屋の扉が開かれ一人の青年が現れた。


「あぁ目が覚めたんだね、良かったよ……」


そう言って現れた王太子へ


「殿下!ここは……?私は一体どうなったんですの?」


まだ状況がよく分かっていないのか彼女は不安げな表情で彼に尋ねる、そんな彼女に安心させるように微笑んで見せた後、王太子はこう答えた。


「ここは君の為に用意した離宮の部屋だよ、そして君はこれからずっとここに居てもらうことになる」


王太子のその言葉に、令嬢は目を見開き絶句しているようだ。

そんな彼女の反応を見てクスリと笑った後、今度は彼が質問を投げかけた。


「ねぇ? どうして君は断罪されたんだと思う?」


青年は酷く優しげな声で、とても愛おしいものを見る眼差しをしている、しかし彼女の方からすれば訳のかからない状況へ恐怖しか感じられないだろう。

それでも何か言わなくてはと、令嬢は必死に言葉を紡ぎだす。


「わっ……私は何もしていないのです!」


「うん、そうだよね。でも残念ながら証拠が沢山あるんだよ。」


「そっ、そんなはずありませんわ!だって私は何も……!」


「いいや、あるんだよ。かわいそうに……あれほど頑張ったのに、貴族院の小者の企みすら見抜けなかったね」


「あっ……まさか……!」


そこでやっと彼女は何が起こったかを察したらしく、怯えた顔で彼を見つめる。その瞳の奥には絶望の色が宿っていた。


「うん……。僕は貴族院の企みも君がやった嫌がらせの事も全部知ってたよ」


そう言った王太子の表情はとても晴れやかなものだった。

その表情を見た瞬間令嬢は理解してしまったのだろう。


「なんで……しってるの……」


今まで抑えていた感情が決壊したように涙を流す令嬢、しかしその悲痛な叫びを聞くものは、今は王太子以外誰もいないのだ。


「僕の蝶々さんは、本当に愚かで可愛いね。あれほど王妃教育を頑張っていたのに結局身につかなかった、あぁ……もういいんだよ、君はずっとそのままでいてくれていいんだ。どんな君でも僕が愛してることに変わりはないんだから」


そう言いながら涙を流す令嬢の顔にそっと手を当てて頬を親指で撫でている。


「小さいころからずっと君を見てきたから、王妃としての素質がない事は分かってたんだけど……ゴメンネ……ずっと僕の為に頑張っているのを知ってたから止められなかったんだ……」


「ひぐ……わたくし……ごめんなさい……うううう……」


涙を流しながら王太子である僕に、自身の不甲斐なさと愚かしい真似を全部知られていた事実を知り、嫌われたとでも思っているだろう彼女の絶望の色を深めていく瞳の色を心の底から美しいと思いながら


「他の令嬢に嫉妬をむき出しにしていた君を見てどれほど僕は嬉しかった事か……」


「えっ……」


驚いて王太子を見る彼女の顔もまた愛くるしいとしか思えない。



「だからね、僕はもう二度と誰にも君を害されないようにここへ連れてきたんだ、ふふ……これで永遠に一緒だね」


そう言う彼の腕の中には驚きのあまり声を失っている令嬢の姿があった。


「殿下は……わたくしを疎んじているのではないのですか?……醜い嫉妬に狂ったり、愚かにも政敵に足元をすくわれ王太子殿下のご迷惑にしかなっていないわたくしを……」


ようやく絞り出したような声で令嬢は王太子へ問いかける。


「そんな日は永遠に来ないよ」


そう言いながら令嬢を抱きしめる。

王太子はとても幸せそうな笑顔を浮かべている。

その瞳には確かな狂気の色が浮かんでいた。


「ずっと一緒に居ようね」


そう言って令嬢の額に口づけを落とす王太子、彼の腕の中で震えながらも令嬢は小さくうなずいた。


「はい……」


◆◇◆


やぁ、また遊びに来たのかい?


あぁ、あの後どうなったのか流石に気になるよね!

ん?僕のかわいい蝶々さんは、今頃は庭で侍女達とお茶を楽しんでいるんじゃないかな?


あぁ、この離宮の者は全員僕が孤児院から厳選して育て上げさせた直属の影しか居ないし入れないから大丈夫だよ。

彼女は【幽閉された後すぐに病気で儚くなった】事になっているから、彼女のご両親に会わせてあげられないのが少し残念ではあるけど、そこは仕方ないと諦めてくれてるみたい。


ん?新しい婚約者?……あぁ、あの屑女か。

うん、結婚式も終わったから今は対外的に王太子妃だね。

そうだよ、あの僕のかわいい蝶々に色んな難癖付けてきた女さ。


貴族院の推挙で婚約を決められて、王太子妃になった途端に好き勝手始めようと計画してたから、初夜の儀の時にさっさと影と入れ替えたよ、こうなると思って大分前から影に教育を施して準備しておいて良かったよねぇ。


貴族院の方もね、大分掃除したんだよ。

そろそろ膿を出しておかないと僕の治世の邪魔にしかならないゴミばかりだったからね。

有能なのは見逃したけど、で引退してもらったり不正を告発したりが多かったかな?

勿論僕の蝶々さんに手を出した奴らには念入りにお礼させてもらってるよ。


えっ?殺したのかって?

いやだなぁ、死んだらそこでもう苦しみが終わっちゃうじゃないか、失脚の絶望を味わってもらってから、馬車事故なんかで公的にはお亡くなりになってもらって、生かしたまま身柄は押さえてあるよ。


ん?一人欲しいの?

そっかぁ、君たちもは必要だものね。

分かった!あとで用意させるね。

じゃあ僕は執務も終わったから可愛い蝶々さんを愛でに行ってくるよ、またいつでも遊びに来てね!







【何度話を聞いてもやっぱりニンゲンてよく分からない生き物だね】


そう言い残してはふっと消え去るのであった。





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