【04】


  ◇


 死に戻ったユノ—―改め、レビィと解散したのち二人は静かに屋敷に戻った。


 彼女の元へ向かっている最中も会話らしい会話はなかったが、戻る最中も会話らしい会話は生じなかった。だがその理由は異なるもののような気がした。


 夜道を走ってくれた馬を馬小屋に戻し、二人そろって屋敷の玄関を開ける。

 この時間帯は来客も外出も想定していないが、深夜ではないのでまだ使用人も仕事をしている。玄関を清掃していた使用人の数名がこちらを見て揃って「おかえりなさいませ」と仰々しく頭を下げた。


 彼女たちを通り過ぎ、周囲に人がいなくなったところでヒューゴは数歩後ろをついてきたユノの方を振り返る。


「この後時間はあるか」

「……はい。あとは休ませていただくだけなので」

「そうか。なら部屋に来い」


 言いながらヒューゴは自室のドアを開ける。

 彼女をこの部屋に招くのはこれが初めてだ。


「聞かなければならないことがまだある。聞いてくれるな?」

「……はい。分かりました」

「……」


 彼女の様子はまた人形のように戻ってしまった。

 彼女自身と対話しているときは、ちゃんと血の通った反応だったはずなのに。


 そんな彼女から視線を外し、ヒューゴは先に自室に入った。


 開いているソファーを指さしながら「好きに座れ」と声をかけるとユノは端に静かに腰を下ろす。


 部屋にはソファーは一組置かれている。

 ローテーブルを挟み、それぞれ一つずつ。

 人が来た時用に作業机とはまた別の空間を設けている。


 その対面にベッドがあり、後は毎日着用している軍服が手の届きやすいところにかけてある。


 完全に個人のための空間でありながら客人対応できるようになっているのは兄弟が時折訪ねてくるからだ。


 昔は夜になると特に用事もなく部屋のドアを叩かれたものだが昨今そんなことは起きなくなった。

 向かい合って座り、他愛もない話をしたり、勉学を教えたり。この部屋にある本を貸したりもしていた。


 そんな対面するソファーだが、ヒューゴはあえてユノと同じソファーに座り込むことにした。


 小さくはないが大きくもない。

 2人掛けにしては大きいが、3人で座るには狭い。そんなソファーに間1人分開けて座る。


「……既にレビィから聞いたが、一応お前の口からも『先見の明』とやらについて聞かせてもらおうか」

「……」


 ユノは頷くことも肯定することもなく、ただ左の手を伸ばす。

 暫くするとそこに先ほど見たものと同じ光景が作り出された。


 幾何学模様が円形に並んだかと思えば、その中心に人の目のようなものが浮上する。

 だがいくら待ってもその目が開くことはない。


「……私が魔法を使えないのは、この『先見』を暴発させないよう封じ込めることだけに全魔力を使っているからです。魔法に使うだけの魔力がないんです。だから私は、『無才の魔法使い』なんです」

「グレーシズ家の人間は当然このことを知っているんだろう?」


 彼女は広げていた手を定位置の膝の上に戻し、それからゆっくりと首を横に振った。


「知らないと思います」

「知らないだと? 娘のことを知らないなんてことがあるのか?」

「両親も姉たちも研究職とはまた違うので」

「……魔法の才を開花させるために投薬されていたという話がなかったか? 調べられたらその『呪い』のことは気付かれてしまうのではないのか」

「……専用の器具を使って身体を調べればわかります。こんな強大な『呪い』、気付かない方が問題です」

「ならば知らないなんてことが出来るはずなかろう」

「……私に魔法の力をなんとか授けようと奔走してくださった方々は、程なくして『先見の明』を見つけました。その後……、全員、亡くなりました」

「……なんだと?」


 瞬時に耳を疑う。


「呪いの力か?」


 そう考えるのが一番簡単だ。

 人に害があるものを、人は『呪い』と呼ぶのだから。


 だが、彼女は声を控えながらもはっきりと「いいえ」と答える。


「自死です。……全員」

「だから、そう働きかける呪いなんだろう?」


 ユノは声なく首を横に振る。


「『先見の明』は強奪が可能です。それに、この呪いは人間がよく欲しがったものなんです」

「……」


 死に戻りをする呪い。

 戦時中に良く活きる能力な気がするが、そうでなくても生きる場面はあるだろう。

 普通の人間にない能力なのだからプラスに働く方が専らだろう。


 死後、それまでの記憶を持って時間をさかのぼれるのだ。勝利を収めることだって容易くなるだろう。勝手が違くなろうが、無知ではなくなるのだから。


 知識はれっきとした武力だ。


「私が『先見の明』を持っていると知った誰かが、私を殺してでも奪い来るかもしれない。あの人たちはそう言いました」

「……」


 それで、どうして自死を選ぶのか。

 黙って彼女の言葉を待つ。


 どれ程昔の話なのだろうか。

 それらの日々を思い出すための沈黙なのか、何年経とうが色褪せない記憶故の言い淀みなのか。


「……私に『先見の明』があることを知ったのは、その時私にかかわってくださっていた研究職の方だけです。その人たちが口を割らなければ『呪い』のことが外部に漏れることは一生ありません」

「……、まさか」


 ヒューゴは息を呑む。

 浮かんだ考えを後押しするように彼女は首を縦に揺らす。


「あの人たちは自分たちの手で自分たちの口を封じることを選びました」

「……」


 ヒューゴは背もたれにつけていた背を丸める。

 膝の上に肘をつき、その手を額充てた。


 そんなことがあるのか。あっていいのか。


「……それほどまでに強大な呪いなのか。それは」


 思えばグレーシズの娘が魔法の才に恵まれなかったと世間に出回ったのは、今から随分と前のことだ。当時彼女は子供だろう。何しろ自分が子供だった。


 幼い子供の前で、何人もの人間が自死を選んだ。

 その理由は呪いではないという。

 呪いを狙う人間から彼女を守るための自害だという。


 だが、そうはいったって。

 残った惨状は十分『呪い』じゃないか。


「……私は、そうは思わないです」

「……何故、思わない?」

「死ななければ活きないからです。でも、実は……『先見』は、後天性なんです」

「……」


 後天性。

 生まれつきではなく、その後何らかの原因で発症すること。


 そしてその力は『奪える』ものである。


「……死に戻った後、呪いを持つ人間から奪うことも可能だと?」

「……それもできると思います」

「疑似的な不老不死、か」


 しかも記憶を持ったまま若返るときた。


 不都合が起き、死亡したとする。

 その後呪いの力で死に戻り、その不都合を回避したとする。

 だがその先で別の問題に直面し、死んだとする。

 でもその場合にまた呪いを我が物としていれば、戻った世界で問題を解決できる。


 それはつまり。

 幾つもに分岐する世界から呪いの所有者が望む世界だけを選べるということになる。


 なるほど。

 それは目が眩む力だ。


「だが、そもそもその呪いにかかっている人間は多くはないだろう。死に戻っても該当者がいなければ奪えない。お前の『呪い』の現状を見る限り、効力はもうないと見えるが」


 勘でしかないが、効力がある場合は閉じたままの目が開くのだろう。

 目を用いた魔法陣で閉じていることが常である方が珍しい。


 目は開いてこそ『目』としての能力を発揮するのだから。


 となると、死に戻りができるとはいえその呪いが死に戻りを可能とさせるのは『一生』に一度きりと見て取れる。


 どこかしらの『世界』で『自分』がその呪いを使えば、別の『世界』にいる『自分』の呪いは効力を失う。


 そういう仕組みだからこそユノは呪いから解放された。


 そうです、と彼女は頷く。


「『世界』はいくつにも分岐しています。簡単な話です。問いに『はい』と答えれば、その水面下で『いいえ』と答えた世界が広がります。その理屈で、世界は多岐にわたっている。……『先見』はそのすべてを見ています。だからどこかで死に戻れば、先見は例外なく効力を失う」


 その理屈なら死に戻った後、自分から呪いを剥奪するということは不可能だ。


 ならどこから新たに呪いを入手してその命を繋ぐのか。


「ですが。ちなみに、私がこの呪いを身に着けたのは一冊の書物からです」

「……外部措置か」


 予め書物などに呪いを寄生させ、死に戻った後その書物から呪いをもらい受ける。

 そして空になったその書物をまた呪っておく。

 本の原料やあらかじめ組まれた魔法陣によってはその書物からは呪いがなくなることすらないのかもしれない。


 そうすれば確かに。

 実現可能ではありそうだ。


「ということは、つまり。……いや、そういう意味合いではないが」


 隣に座る彼女が首を傾げる。

 自己完結しかけた自分を怪訝に思ったようだ。


 ヒューゴは彼女の方に掌を向ける。


「勘違いしないでほしい。俺が『先見』が欲しいとか、そういう意味ではないんだが。その、……つまり、グレーシズは今、その呪いを持っているということか?」

「……呪いが入っていた本が今もあるのか、という話でしたら、答えは『無い』です。呪いは子供の頃の私に移って、今はもう未来の私が使い果たしました」

「……つまり、もうこの世にはない、と?」

「……」


 彼女の有無を言わない瞳が責め立てているように見える。

 今までとは違う明確な敵意を持った瞳に見えないこともない。

 違う。他意はない。だがどうしようもなく言葉が悪かった。


「今君の中にもなくて、本にもないのだというなら、もう呪いはこの世にはないってことだろう? なら、君がこの世界で『先見の明』を目的とした危害を加えられることはない、ということにならないか?」


 弁解するような早口に彼女はやはり静かな間を持って答える。


 害ある人間だと思われただろうか。

 ただ純粋にくるかもしれない危機はもうどこにもないということを言いたかっただけなのだが。


 数拍時間が空いたが、彼女の表情はピクリとも変わらなかった。

 明るくなることも、敵視が濃くなることもない。

 達観したような瞳で自身の膝の上に並ぶ拳を見下ろしている。


「……『呪い』は不滅ですから、どこからでも人間が望めば形成されるものなんです。私の手元から離れただけで、そのうちまたどこかで湧くことでしょう。でもおっしゃる通り、私の手を離れたことにより私に危害が加わることはなくなったと思います」

「なら、警戒する必要はないだろう」


 ヒューゴはまたゆったりと背もたれに背中をつける、胸に溜まった息をゆったりと吐きだした。


「……そう、なのですが」


 背もたれを使っていない彼女の表情が髪の隙間から見える。


 鉄のような表情の彼女にしては柔のある顔つきに少しの間そこに視点を置く。

 その視線に気づいてなのか、それは全く無関係なのか。


 彼女は顔を上げて少しばかりこちらに身を乗り出した。


「私は、私の執念を無視したくないんです。あの人が、大事な人が殺された無念だけで死に戻ってきたのだったら、それを晴らしたいんです」

「……君の命を狙った奴を探したい、ということか?」

「というよりかは『旦那様』を死に追いやった奴を探したい……ですかね」

「……」


 あまり荒波を立てたくはないのだが。

 もし初めはその気はなかったが『先見の明』の存在を知って、その該当人物が狂わされてしまったのなら、秘匿しきってしまえば何事も起きなくて済むはずだ。


 もちろん、初めから『先見の明』を狙っているもしくはそれが理由なだけでもとより不穏なことを企てていたのなら話は変わるが。


 ヒューゴは眉間をつまみ、強く目を閉じる。


 自分の良くないところが出ている。

 良い方を期待して推測を進めていくのは何の解決でもないと分かっているのに。

 最悪を想定しておいたほうがうまく立ち回ることもできるし、対策も打てるのだからそっちの方が良いはずなんだ。


 自分はこの家を背負うものとして楽観的ではいけない。


 そう言い聞かせ続けているがいつまでも腹が決まらない。


 残念ながら人間には分かり合えない者も醜悪な性分の者もいる。

 だがそれを常に念頭に置いて人を疑い続けるのは身がもたないじゃないか。


 常に相手の黒い腹積もりを算段に入れておかなければならないなんて。


「……君は強いな」

「……そうですか?」

「あぁ。……俺は人を疑うのは怖い」

「……すみません。心無いことをいいましたね」

「いや、君が悪いんじゃない」

「私は、」


 こちらを辛うじて見ていた彼女の顔が背くように別の方へと流れていく。


「呪いの正体を知ったときから、人を信じられなくなりました。この人はもしかしたら『先見の明』のために私を殺すかもしれない。ずっと、それだけを思って生きてきました。他人はもちろん、家族だって例外じゃありません。だから……そうですね、私は、人を信じる方が怖いんです」

「……」


 身の安全が保障されても彼女の表情は鉄のままだった。

 自分のために死を選べる人間がいるというのは良くも悪くの人の性格を変える。


 きっとこの話は水掛け論になる。

 人は疑ってこそなのが真理なのか。人を信じることが正義なのか。


 そんなものは自分を取り巻く環境で何回だって変わるだろう。


 彼女の言い分も重々分かる。

 きっと自分も彼女のような育ち方をすれば彼女のような人になっただろう。


 人間の腹の内なんて結局は分からないのだ。

 兄弟間ですらそうなのだ。他人のことなんて一生分かるはずがない。


 どちらが利口なのか。どちらが得なのか。


 分かるものなら諭してほしいぐらいだ。


「私の言ったことは忘れてください。そうですよね。よく考えればこの家の方のことも疑うようなことを言ったのです。性悪な女だと思ってくださって結構ですから、この話は終わりにしましょう」

「……終わりにしたら、君は一人で探すんだろう?」


 すっ、と立ち上がった彼女の背に声をかける。


「一人で探すも何も、人間はいつだって誰だって独りなんです」


 それも、否定はしないが。


「……座ってくれ。俺の話がまだ、ある」

「……」


 ユノは肩越しにこちらを一瞥すると、先程よりも浅くソファーに座り直す。

 辛うじて、と言った様子ではあるがまだこちらの話を聞いてはくれるらしい。


「……君の呪いの話の前では随分と霞んでしまうが、人間、大なり小なり隠し事の一つや二つはある」

「……」

「俺のは大したことはないが。……君は、俺のことを外でどう聞いた?」

「……、威厳のある方だと」


 言葉を選ばれた間を感じる。


「他には? 手酷いものもあると思っているが」


 彼女の首が少し傾く。

 思い出しているのか。それとも心当たりがないのか。

 他人に興味を抱かないようにしている彼女からすれば難のある問だったかもしれない。彼女からすれば自分以外は等しく『他人』だ。区別してみる必要もあるまい。


 殺意は性格に関係なく抱かれるときは抱かれる。


「……冷徹。冷酷。残忍。無慈悲。そういったものでしょうか」

「他にも情け容赦ないだとか、血も涙もない、だとか。家の人形だとか、父に媚びうるためだけの存在だとか。王家の犬だとか、傀儡だとか。いろいろなことを言われる。言われるし、どれも的を射ていると思う」


 ヒューゴは俯きながら嘲笑を浮かべる。


「テイズウェル家の長男に他者が求めることを遂行し続けてきたら、そう言われるようになった。……好き勝手言わせているが、好きで言われているわけではない。俺は元々、人の上に立つにはふさわしくない性格なんだと思う」

「……」

「だが、そうもいっていられない。俺はこの家の嫡男として生まれてしまった。その時点で役割が与えられたようなものだ。この際、そこに人格なんて必要ない。『俺』である必要はないんだろうが、俺にしかできないらしいのだからやるしかない」

「……」

「先程、君は人間は独りだと言っていた。俺も、そうだと思う。俺がこんなことを考えるような腑抜けだと思ってる人間は、きっとどこにもいない。でも俺は紛れもなく腑抜けなんだ。独りでいることに、正直、疲れた。……縁談を受けたのは、それが理由だったりする」

「……」


 彼女が物静かに目を瞬かせる。

 その話につながるのか。そう言いたげに見えるのは気のせいか否か。


「……だとしたら、期待外れもいいところだったでしょう。話せる相手を期待したら、私が来たのですから」


 それを自身の口で、しかも迷わずに言い出せるその姿が少し可笑しく、ヒューゴは先程とは違う意味合いで口角を持ち上げた。


「それは、否定しないでおこうか。……それで、正味、気持ち悪い話ではあるが」


 ちらり、と彼女の方を見遣ると彼女は座る位置こそ変えてはいなかったが顔だけはこちらに向けてくれていた。


「ユノの、いや彼女はレビィだったか。レビィの話を聞いていたら、あながち不可能な話でもないのかもしれない……と思って」


 言いながら語気がなくなっていく。

 前置きはしたが、それにしたって気色の悪いことを言っている。


「あの世界での君は、どうやら俺のことを慕ってくれていた、らしい……から。その、ありえない話ではないのかとつい思ってしまってだな……」

「……」


 呆れられている、ような気がする。

 尤も、彼女の顔色を確認できるような状態ではないが。


 生娘のようなことを言い出す大の男が他人の目にどう映るのか。

 知覚しようとするだけでじわじわと羞恥を感じるし正気を疑いたくなる。


 年下の娘に何を言っているんだ。本当に。


「……君に了承を得ずそんなことを思ってしまった責任ぐらいとる。だから、先程君が言っていたことは了承、させてほしい」


 独りであることに疲れた。

 それは周りの人間を遠ざけているという意味ではない。


 3人いる弟たちの手本でなければならないと言われて育った。

 彼らは気の置けない存在でありながら、気を許していい相手ではなかった。

 肩を並べていていい相手ではなかった。

 失態を晒していい相手ではなかった。


 それだけではない。

 この屋敷には血縁ではない人間も多数いる。

 彼らの前では尚醜態を晒すことは許されなかった。


 頼られる存在であることを強いられていたし、導く存在であることを強要されていた。


 父はそんな自分を常に見ているようだった。

 使用人の口から報告が上がっているのだろう。父が知らないはずのことを父の口からきかれたことが何度もある。


 気の休まる時がない。


 彼女のように命を狙われている、なんてことはない。

 状況はその逆なのだ。期待をされている。

 その状況を『当然だ』と受け入れられるほどの胆力があればよかったのだが、生憎自分はそんな豪胆な性格には変われなかった。


 勝手に独りであることを感じているだけだが、それでも少しは分かっているつもりだ。楽ではない。だから勝手に同情しているだけだ。


「……」


 はぁ、と。

 呆気にとられたように彼女が口元に手を当てて頷くように声を漏らす。


「ヒューゴ様って、変なぐらい真面目なんですね」

「……今の話のどこにそう感じる要素が?」


 というより、その頭についている『変』というのはなんなのか。

 一体どういう意味だ。若い娘特有の言語だろうか。


 と言っても5,6歳の差だ。所謂ジェネレーションギャップが発生するほどの差ではないと思いたいのだが。


「とりあえず、そっちは俺が勝手にするだけだから君は気にしないでくれ」

「……」


 うーん、と言いたげに彼女が首を傾げる。


「……先程はああ言いましたが、私はもうヒューゴ様を疑うつもりはないんです」

「そうなのか? いや、俺は十分疑うに値する人間だと思うんだが……」

「でも、『私』が旦那様と呼ぶぐらい慕っていたわけですから。『私』が信用できていた相手を私が疑うのも変な話なので」

「……いや、だとしてもそれは向こうの君の相手の話で、今の世界の俺が信用に値するかは判断が早くないか?」


 うーん、と彼女の首が反対側に傾く。


「今のお話、つまり私がヒューゴ様を殺めた人間を探したい、というのをお手伝いして下さるということでお間違いはないですよね?」

「そう……だな。強いて言えば俺を殺そうとしたというよりかは君を狙った相手であることと、君がそうしたいのなら、ということが前提の話にはなるが」

「そうおっしゃってくださる相手を疑うのはもう不毛ではないですか?」

「そう……だろうか?」

「そうですよ。仮に、もし、万が一。ヒューゴ様が『先見』を狙っていたとしても、もうそれが私の手元にないことはご存じなのですから、無駄に私を殺してもそれはただ殺人罪の足がつくだけです。何の利益もありません。私を殺しても私の家が出してくれるのは精々葬儀代ぐらいです。それもだしてくれるかどうか」

「……」


 余り膨らませたくはない単語が出てきたのでヒューゴは黙ってやり過ごす。


「……ということは、手を結べると考えていいんだな?」

「はい。一蓮托生ということで、お願いいたします」


 一蓮托生――行動や運命を共にすること。

 その言葉を選ぶか。


「それは、頷けない。君をこの家で死なせるわけにはいかないので、何があっても俺が先に死なせてもらう」

「ヒューゴ様こそ、お忘れなきよう。貴方が死んだら、私は後追いしますよ」

「……」


 何を冗談を、とは言えないのが恐ろしい。

 結果的になのかもしれないが、それを選んだユノ本人と先程あったばかりなのだ。
















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嫁入りする死神 玖柳龍華 @ryuka

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