第20話『表情』

 スクショタイム。

 スクリーンショット、通称スクショをするための時間だ。

 つまり、視聴者に新衣装をまとったしろさんを撮影してもらう時間のことである。

 いうなれば、撮影会のようなもの。

 新衣装お披露目においては、恒例行事となっている。



「スクショした画像は、どんどんSNSにハッシュタグをつけてアップしてくれたら、あとで見に行きますので、よろしくね!」



 スクショをSNSにあげる人が多ければ多い程、宣伝にもなる。

 なおかつ、そういったファンの投稿に、Vtuberが反応したりすることでファンと配信者での交流をすることもできる。

 スクリーンショット一つで、ここまで美しい文化ができているのだから、面白い話である。



「ところで、みんな、スクショに興味がない人も、もうちょっとだけ待機してほしいんだよね。見せたいものがまだあるから」

【うん?】

【そうなんだ】

【じゃあもうちょっと見ておこう】



「ま、私のことを信じてもらう必要はないのだけれどね。どちらかというと、がるる先生とロリリズム先生のことを信じて欲しいということさ」

【どういうこと?】

【もしかして、まだ隠し玉がある?】

【なんとなく予想がついたかもしれない】

【ああ、そういえばマオ様とかと時にはあったあれがない】

【ぐふふ がるる・るる】



 しろさんは、まず配信画面を操作して、自身の顔をアップにした。

 脚も、腕も、体も映らなくなり、顔と、首と、肩だけが写っている。

 いわゆる、ガチ恋距離という奴で、コメント欄もそのかわいさのあまり【かわいい】で埋まっている。

 ついでに私の心もかわいいで埋まっている。

 かわいい。

 世界一かわいい。



「うわー、みんなが褒めてくれてる!ありがとう!嬉しいな!」

【!】

【あああああああああああああああああああ!】

【心臓が止まるかと思った】

【うっ】

【こんなの泣いちゃうよ】



 しろさんが喜びの感情を、声に出したから――ではない・・・・

 感情が、目に映っていたから、だ。

 しろさんの眼が、キラキラと輝いている・・・・・

 極大の四芒星が目の中に出現している。

 いわゆる、シイタケ目というやつだ。

 


「というわけで、スクショタイム兼、がるる先生が用意してくれた表情差分お披露目会、はっじめるよー」

【うおおおおおおおおおおおおおお!】

【泣き顔とかあるのかな!】

【赤面とか欲しい】

【シイタケ目だけでも最高過ぎる】

【ちゃんとお披露目終わっても帰らなくてよかった】



 Vtuber永眠しろさんの表情は、元々あまり多い方ではなかった。

 無理もない話ではある。

 この一年半、彼女は最初にもらったLive2Dだけを使ってきた。

 ただの一度のアップデートもなく。

 それゆえに、ここにきて一気に表情の幅が広がったのだ。

 新衣装に加えて、新たに表情を追加した。

 当然、その分費用は掛かるが、しろさんにとっては障害にもならない。

 あと、今回はお友達価格ということで、かなり相場より安くなっているらしい。

 これも、しろさんが勝ちとった信頼の一つではあるかもしれない。



「じゃあ、とりあえず表情変えていくね」



 しろさんは、そう言いながらパソコンを操作して画面を切り替える。

 ついでに、声音も切り替える。



「うう、みんなあ、この一年間付いてきてくれてありが、とう、うう」



 しろさんは、ここ一年でかなり演技力が向上した。

 何しろ、幾度となくASMR配信をしている身である。

 二日に一回はASMR配信をしており、それを一年半。

 配信外でリハーサルをしている時間も考えれば、ほとんど毎日続けている状態だ。

 それは演技力も上がるはずだ。


 そしてそこに、涙で瞳をうるうるさせた泣き顔差分が加われば、鬼に金棒。

 演技だとはとてもじゃないが、到底思えない。



【すごい、本当に泣いてるみたい】

【いやこれは泣いてるよ】

【泣き顔かわいいハアハア】

【君の雫を舐めたい ラーフェ・キューバム】

【映画のタイトルみたいで草】



 視聴者の反応は様々だが、全員が心から喜んでいる。

 これからは、しろさんがいじめられる展開もより楽しめるようになるかもしれない。



「ひえっ、み、みんな私の泣き顔を求めすぎじゃない?こわい、ぷるぷる」



 そういうと、表情が一変。

 泣き顔から、青ざめた顔に変化する。

 瞳孔は見開かれ、こめかみのあたりに縦線が何本か浮き出ているのだ。

 声色も相まって、本当に怖がっているように見える。



【かわいい】

【これもいい】

【この顔でホラゲやって欲しい】

【しろ虐の民がわいてて草】

【表情ころころ変わりすぎて、スクショタイムなの忘れちゃうよ】



 確かに、ホラゲーなんかはこれでもいいかもしれない。

 まあ、彼女がやりたがるかと言われる微妙なラインだが。

 そして、いよいよ表情差分は最後だ。



「ええと、今日は本当に見てくれてありがとう。べ、別に嬉しくなんかないんだからね!」

 


 表情が、反転。

 青から、赤面に切り替わる。

 しろさんが普段私に見せている照れ顔が、ほとんどそのまま視聴者たちの前に映し出される。

 個人的には、今回の表情差分でこれが一番好きだ。

 とくに耳まで赤くなっているのが評価ポイントだね。



【最高!】

【これはいいツンデレ】

【そういうロールプレイも見たい!】



 コメント欄は、欲望に忠実に盛り上がり、沸き立っていた。



 ◇



 その後も、スクショタイムは続いた。



「改めて、どうですか?この衣装は」



 ルーズに戻して、全身をスクショしてもらい。



「どうどう、このお胸、正直制服の時よりえっちじゃない?」



 がるる先生の手によって増した露出をこれでもかとアピールし。



「じゃあ、次は全身写した状態で表情変えていくね」



 ルーズ状態で表情を変えることで、バリエーションも増やし。

 気づけば、一時間が経過していた。



「じゃあ、皆さん、ありがとうございました。おつねむー」



 新衣装お披露目配信は、たくさんの人に祝われながら幕を閉じた。

 この日の同時接続数と、スーパーチャットの合計額は、それぞれ永眠しろさんのチャンネル史上過去最大を記録したのだった。

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