第21話『握られた寿司、打ち込む鍵盤』

 Vtuberにとって最大級のイベントである新衣装お披露目が終わったその次の日も、永眠しろさんに休みはない。

 今日の配信は、案件である。

 以前から聞いてはいた。

 パソコンの案件。

 しろさんも、配信上で近々やると何度か話していたもの。

 それが、今日行われようとしていた。



「文乃様、機材の設定終わりました!」

「あ、ありがとう。雷土さん、火縄さん」



 機材担当の雷土さんと、サポートである火縄さんが案件で宣伝するパソコンをセッティングしてくれた。

 今回は普段使っているパソコンは移動させて、宣伝する早音テックのパソコンを使うことになる。 

 さらに、宣伝として使うゲームの設定も既に万全。

 もうすでに一年以上働いてくれているだけあって、三人とも本当に頼りになる存在だ。



「じゃあ、やっていこうかな」

「ごめん、ありがとう。ちょっと考え事をしてた」

『何を、考えていたんですか?』

「うーん、色々」



 それはそうだと思う。

 もし仮に、何か一つのことだけを考えたりしているのであれば、私にはしろさんの思考はもうほとんど読めているはずなのだ。

 だというのに、今の思考はまるで読めない。

 複数のことを同時に考えているのだろうね、最近はこういう状態が多い。

 一体何を考えているのだろうか。



『具体的には?』

「お父さんのこととか、あるいは案件うまくいくかなとか、次の新衣装どうしようかなとか、あとはまあ、何でもない」



 何でもない、というのは紛れもない嘘だな。

 列挙してきた三つについては、本当なんだろうけどね。

 とりあえず、隠しておきたいというのならば配信前だし追及するのはやめておこう。



「こんばんながねむー。今日は、案件配信やっていきますよ」



 しろさんは、いつも通り配信を始める。

 着ているのは最近公開した新衣装である、メイド服である。

 サムネイルには、「案件配信、タイピング・咀嚼ASMR」などと書かれていた。

 あと、パソコンの情報なども載っている。

 サムネイルは雷土さんが作っているので、しろさんが知らない情報でも載っている。



【きちゃ!】

【メイド服助かる】

【かわいい!】

【新衣装で案件か、いいね】



 しろさんは、キーボードと彼女自身の間にマイクを置いている。

 これによって、キーボードをタイピングする音が聞こえる。



「今回は、画面に表示されているタイピングゲームをしながら、こうしてタイピングをするというタイピングASMRになっております」

【パソコンの宣伝でもASMRは草】

【しろちゃんらしいな】

【早音グループに気に入られてるのすごいな】



「私ね、正直パソコンのことは全然わからなくてさ、今回のセッティングも家の人に手伝ってもらってるんだよ」

【そうだったのか】

【しろちゃん本当に機械音痴だから】

【草】



「だから、パソコンの案件として宣伝しようにも、どうしたらいいか全くわからなくてね。普通の配信者ならゲームをやったりするんだろうけど、私は全然やらないし」



 確かに。

 しろさんは、ゲーム配信を積極的にするタイプではない。

 全くやらないわけではないのだが、それでもむしろ裏でやるパターンの方が多い。

 何しろ、しろさん、ゲームがあんまりうまくない。

 


 カタカタ、カタカタ、カタカタとパソコンの音が響く。

  


「おお、何だかいい音が出てるような気がするね。やっぱり、いいパソコンだなあ」

 


【確かにいつもとタイピング音は違うけど、それで買おうという気になるかというと……】

【キーボードの宣伝してます?】



 今回の配信は、センシティブな要素はほとんどない。

 しいて言うならメイド服くらいだろうか。

 なので、視聴者たちもリラックスして配信を観ている。

 


「おいおいおいおい、君達酷いじゃないか」


 

 しろさんも、耳元で囁きながらもタイピングをしているので本当に和む、落ち着く配信だ。

 まあ、普段の配信も癒したりする配信が大半なのだけどね。

 たまにこの前のおみ足ASMRのようなセンシティブなものが混ざってくるだけで。

 センシティブだと広告収入がはがされるはずなのに、騒音対策でそもそも広告付けてないの、無敵状態で自爆してるようなものだよね。

 ちなみに、この表現は以前通話していた際にナルキさんが漏らしたものだ。

 言いえて妙ではあるけど。



「おっ、クリアだ」

【おめでとう!】

【これもうホントにパソコン関係なくて草】




「普通ならこれで終わるところですが、ところがどっこいそうはならないんだな」



 しろさんは、側に置いてあった割り箸で何かをつまみ、口元に運ぶ。

 黄色い卵焼きに、白い酢飯。

 何かは、寿司だった。



「お寿司、食べます」



 可愛らしい口を開けて醤油のついた寿司を口一杯に頬張る。

 玉子とシャリ、あと海苔を噛み切る音がマイクを通して響き渡る。

 しばらくして、ごくりと白くて細い喉を鳴らし、しろさんは寿司を飲み込んだ。



「冥界は特殊な空間だからね、ゲームをクリアするとお寿司を食べることができるのだよ」

【草】

【咀嚼ってサムネに書いてあるの見た時は意味わからなかったけどこういう企画か】

【冥界って言っておけばなんでも許されると思ってそう】



 それはしろさんが出したアイデアだった。ただパソコンを使ってタイピングをするだけでは企画として弱いのではないか、宣伝効果が見込めないのではないだろうか。そんな風に感じていたらしい。

 案件配信というのは、あくまでも内輪に配信をするということが求められる。

 つまり、企画までして人を呼び込む必要性はないのだ。

 けれど、しろさんはそれをやる。

 それは、この案件に対して真剣だからだ。

 こうして案件という安定した収入を得続けることで、ビジネスとして永眠しろを維持できるようになりたいという思惑が半分。

 そして案件をくれた父に対して全力で向き合いたいという思いがもう半分。

 そんな彼女だからこそ、視聴者も、私も応援したいと思うのだけれど。



「じゃあ、レベルを上げようか」



 今回の寿司タイピングゲームには、レベルがある。

 レベルを上げれば上げるほど、当然難易度も上がっていく。

 だが、レベルが高いゲームをクリアすれば、高いスコアを得ることができるというわけだ。



 レベル1はクリアできたようだが、果たしてクリアできるのか。



「うん、余裕だね。おいしい」



 レベル2をクリア。

 マグロの赤身を食べる。

 ネタがでかい。

 私が知ってるマグロと違う。



「あぶなあ、セーフセーフ。おいひい」



 レベル3をギリギリでクリア。

 今度はホタテを食べる。

 明らかに、大きい。

 そして、新鮮であることが見ただけでわかる。

 というか舌の肥えたしろさんが喜んでいるあたり相当なはずだ。



「あれ、待って待って無理かも」




 そして、レベル4でしろさんは詰まってしまった。

 彼女は、決してゲームがうまい方ではない。

 むしろ、レベル3までクリアできたのはかなり頑張った方だと思う。



「やってやるさ……」



 それから一時間、タイピングを繰り返していたが、クリアできなかった。

 配信が終わった後、しろさんは「サーモン食べたかった」と呟いたのだった。



 余談だが、パソコンの売れ行きはさほど変化しなかったものの、なぜかキーボードだけを買おうとする問い合わせが殺到したらしい。

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