第18話『新衣装お披露目、の前に』
新衣装。
元々は、ソーシャルゲームのキャラクターなどで使われていた言葉である。
それは、Vtuberにとって最も重大なイベントである。
新たに衣装をイラストレーターさんが描きおろし、モデラーさんがそれを動くようにモデリングする。
人が動き、金が動き、何より視聴者たちの心が躍る。
ゲームで言えば、追加コンテンツ。
あるいはアニメで言えば第二期のようなもの。
大半のVtuberにとっては、一世一代のイベントなのだ。
企業のVtuberであれば、チャンネル登録者数が五万人増えるごとに、新衣装を獲得できるというシステムを採用し得ることが多い。
しろさんの登録者数は十万人ほど。
むしろ、これまでお披露目していないことがおかしなくらいだった。
しかし、デビューから一年と七か月経過し。
ようやく、その日が来た。
◇
「こんばんながねむー。今日は新衣装配信をやっていこうと思います」
そんないつもの挨拶とともに始まった配信は、しかしていつもの画面ではなかった。
通常の、しろさんの部屋として作られた背景に、誰の立ち絵もLive2Dも存在していない。
姿も見えない虚空からしろさんの声だけが聞こえる状態になっている。
【きちゃ!】
【うおおおおおおおおお!】
【おめでとう! ¥10000】
【ここまで長かった】
【どんな衣装なんだろう】
しかし、コメント欄はいつも以上に活発だ。
これからどんな衣装をまとって、しろさんが登場するのか。
それを彼女のリスナーたちが楽しみにしているがゆえに、この反応。
「じゃあ、改めて新衣装をお見せしようかな、とは思っているんですけど、ちょっとオープニング代わりに軽くトークをしてからお披露目しようと思います」
いきなり新衣装をお披露目することはしない。
まずは、焦らす。
理由は二つ。
一つは、一人でも多くに新衣装が解禁される瞬間を生で見てもらうため。
配信の開始時間は告知しているが、誰もがその時間から見れるわけではない。
ゆえに、少し遅れた人が来るまで待ちたい、そうしろさんが考えたからである。
もう一つは、撮れ高の問題。
新衣装がどんなものなのかを、今日来てくれている人は確認したいと思っている。
そこでいきなり公開してしまえば、視聴者たちにとっては見続ける意味が半減してしまう。
一般的には、大体新衣装がお披露目されると、がくっとそれ以降の同接が減る。
それを懸念しての、商業的な、あるいはエンターテイナー的な意味合いでの観点だった。
そんなわけで、彼女は雑談から入ったというわけだ。
「じゃあ、まずマシュマロを読んでいこうかなと思います」
【新衣装おめでとう!どんなのになるのか今から楽しみ】
「ということなのだけれど、逆にみんなはどういう衣装だと思う?予想でも願望でもいいから各々書き込んでほしいんだけど」
しろさんが新衣装を発表した直後から、SNSや掲示板などではどのような衣装なのかと憶測する声があった。
コメント欄にも、多くの人がしろさんの言葉を皮切りに思い思いの予想を書き込んでいる。
【部屋着】
【水着】
【メイド服】
【着物】
【ナース服とか?】
【セーラー服】
【マイクロビキニ】
【バスタオル】
【着ぐるみ 金野ナルキ】
【バニー がるる・るる】
【チャイナドレス 天使羽多】
【魔女コスプレ マオ・U・ダイ】
【全裸 ラーフェ・キューバム】
【ナルキちゃんおるやん!】
【がるる家もいて草】
【おい全裸はだめだろ】
「おお、色々予想してくれてますね。はーい、ラーフェさんはセクハラやめてくださいね。ブロックしますよ?」
しろさんは、コメントに一つ一つ目を通しながら、楽しそうに笑う。
様々な予想をしてくれていることが、嬉しくて仕方がないのだろう。
あと、友人がコメントをしているということもあるのかもしれない。
ナルキさんやがるる先生は新衣装作成に手を貸してくれていたからともかく、そうではない他のVtuberさんも押しかけてくれた。
各々忙しい身だというのに、わざわざ来てくれていたのだ、感謝だってあるだろう。
……例え、それがセクハラコメントであったとしても。
ラーフェさん、本当にぶれないよね。
私もあんまり人のことは言えないけど。
「今回、もちろんお披露目できる新衣装は一着だけですけど、今の意見を反映して、次の新衣装を作るときに参考にいたしますので、よろしくお願いします。もちろん、健全なものの中から、ですけど」
【ガタッ】
【これは素晴らしい】
【これは次にも期待を持たせてくれるような、いい配信だ】
【ごめんごめん ラーフェ・キューバム】
【うちのラーフェがすみません ¥3000】
確かに楽しみではあるよね。
私は一応答えを知っているけれど、まだ作られるような計画すら立っていないという次の新衣装はどんなものになるのか、と想像が、もとい妄想が膨らむ。
何しろ、彼女はかわいい。
どんな服を着ても似合うだろう。
そして、そんな衣装を着てASMR配信を行うわけで。
また違った楽しみ方ができそうだと思う。
個人的には、バスタオルとかが気になるね。
お風呂ASMRが、私の耐久性の観点からまだできていないのだけれど、いつかやっておきたいなとは思う。
というか、バスローブやバスタオルをまとったしろさんは、ねえ、見たいじゃないですか。
全然いやらしい意味では全くないんですけど。
「じゃあ次のマシュマロ行くよ」
【結構、出すの時間かかりましたね】
「うーん、これはね、本当に申し訳ない、もっと早くしたかったなという気持ちはあったんだけど、どうしようもなくて。順番に理由を説明していくね」
半ば苦情じみたマシュマロに対して、しろさんは相手を傷つけないように柔らかい言い方をしながら事情説明を始める。
「まずね、伸びが正直ちょっと想定外だったことが一つ」
【あー】
【確かに十万行っていたのって、コラボブーストが大きいもんね】
【俺もがるる先生とのコラボで知ったわ。爆速で登録者が増えてた記憶ある】
ナルキさんや、がるる家などのVtuberさんとコラボするまで、彼女の登録者数は一万人を切っていた。
そこから十万人まで増やしたのはしろさんの努力もあったのだろうが、その大半はがるる先生や羽多さんといったチャンネル登録者数が優に十万を超えるVtuberさんのファンを取り込めたからだ。
なので、コラボを解禁する前と後ではチャンネルの伸びが比較にならない。
それゆえに、登録者数五万人の記念として新衣装を出そうと考えた時には、既に六万に達しようとしており、間に合わないと判断せざるを得なかった。
なので、十万を突破したタイミングがベストではあったのだ。
あくまで結果論だけど。
まあ、伸びがよかったというのははいいことではあるのだけれど。
「それともう一つは、ぶっちゃけもう少し手前で発表するつもりだったんだけど、色々あってね」
【色々?】
【うん?】
「本来は一周年記念で発表しようと思ってたんだけど、色々難しいなって判断してね」
【あー】
【しろちゃんもあの時燃えてたもんなあ】
【本来ならあのタイミングでやるつもりだったのか】
【これナルキさん戦犯では?】
「いや、それは違うよ。結局色々私なりに考えて、このタイミングにしようって決めたわけだから、正直私以外に責任はない。それは、理解してほしいかな」
【了解】
【まあナルキの件は半ば燃やされたようなものだし】
【犯人探しが一番不毛だからね】
一瞬不穏な空気になりかけたが、しろさんが統制をかけるとあっさりと鎮火した。
色々なことがあり、数も増えたがしろさんの視聴者は基本的に民度のいい人たちが多い。
まあ、これはヤバい人がメイドさんたちによって全てブロックされているという単純明快な事情もあるのだが。
「ま、色々あって、待たせちゃったとは思うんだけど、もう延期されたりはしないので、もう少しだけ待っててねということだね」
【楽しみすぎる!】
【現在進行形で待ってるよ!】
【マジでどういう衣装なんだろう】
【個人的には、鎌をどうしたのかが気になる。だいたい新衣装だとそういうのはなくなってるイメージだけど】
しろさんは、マシュマロを画面から追い出して次のマシュマロを選択する。
「じゃあ、次。これで最後だね」
【新衣装制作に関して、何か印象に残っていることはありますか?】
「ふむ、ネタバレにならない範囲で言うと、そうだねえ」
しろさんは、視線を上にやりながら言葉を選ぶ。
多分、彼女自身の記憶を探っているのだろう。
なおかつ、衣装の詳細が漏れないように頭を回していると思われる。
「まあ、私は服にあんまり興味なくてさ、初期衣装もある程度大まかな注文を文章で送っただけで、あとはほとんどがるる先生に丸投げしてたんだよね」
そうだったのか、それは知らなかった。
でも服とかイラストとかの知識がないなら、それ以上出来ることってない気もする。
それこそ、「黒を基調としたブレザー、死神の鎌を背負っている、緑と赤のオッドアイと、銀髪」くらい指定しなできなかったはずだ。
私が発注していても同じことが起こっていただろうね。
「そもそも何が作りたいのかもわからなくて、どういう衣装にしたいのかっていうことをいろんな人に相談してたんだよね、それこそがるる先生も含めてさ」
「ナルキさんに発注の仕方とか色々教えてもらって、マオ様やラーフェさん、羽多先生にも色々アドバイスをもらったりしてさ」
「だから、本当に今までお世話になった人すべてのおかげで、この衣装があると思ってます。というわけで、そろそろお披露目していきますね」
ついに、しろさんは本当にお披露目を開始した。
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