第11話「次なる案件」

「案件、よくやってくれたね」



 案件配信を終えた翌日。

 私と、父親は一緒に食事をとっていた。

 元々仕事人間で、滅多に家に帰ってこなかった父だが、最近は週に一度くらいの頻度で帰ってくる。

 私が自殺未遂をするまでは、月に一度帰ってくればいい方だったからこれでもかなり改善されてはいる。

 かなり引継ぎとかに腐心したと思われる。

 ちなみに、母も大体同じくらいのペースで帰ってくる。

 ただ、片方が家にいるときはもう片方が穴を埋めているらしく、家族三人がそろうという状況はまれだ。



「ええ、何とかなりましたよ」

「配信後、売り上げはかなり伸びていたよ。文乃に任せた甲斐があった」

「ありがとうございます」



 『彼』に言われたアドバイスを思い返す。

 家族として向き合う必要はないと。

 私の心の準備ができるまでは、仕事としての距離間でもいいのだとも。

 であれば、その方針に乗っ取ろうと考える。



「お父様、一つ訊いてもよろしいでしょうか」

「なんだい」

「今回の案件は、成功に終わったと言えますか」

「もちろんだとも、このグラフを見てくれ」



 そういって、父はタブレットをどこかから取り出した。

 そこには、売り上げと配信の関係性を示すグラフがあった。

 私の、永眠しろのチャンネルは登録者数十万に達している。

 同時接続数も、四桁に達するのは珍しくはない。

 改めて、もうかなり永眠しろというVtuberの影響力が大きくなっているということを自覚できる。

 あくまでも、私一人のおかげではないのだけれど。



「では今後とも、案件などを回していただけるということでよろしいのでしょうか」

「ああ、君が良ければ構わない。案件を今後は定期的に回そう。可能であると思うものだけ、受けてくれればいい」

「ありがとうございます」

「現時点で、私に出来ることはあるかな?」

「そう思ってくださるだけで、十分です」



 完全に父の意向には添えていないのだろうなと自覚しつつも、私はまだ心を開ききれていない。

 きっと、かつての記憶がまだ自分の中にあるからだろう。

 冷たい目。

 自分を、父の後継になるべくそれにふさわしい人間に育てようとする圧。

 思い出すだけで、背筋が凍ってしまう。

 母も同じだった。

 きっと、それがどうしようもなく怖いから、私はまだ心を開けない。

 ASMRには様々なものがある。

 いかなる案件であろうとも、私が積み上げてきたことを信じるだけだ。



「ちなみに、次回の案件は何の案件ですか?」

「ふむ、一番可能性があるのはパソコンの案件だな。実際にパソコンを配信で使ってもらって、使用感などを宣伝してもらうことになる」

「なるほど」



 頭の中で、どうやって宣伝をするのかというプランが組みあがっていく。

 それを父に話しながら、食卓では穏やかな時間を過ごした。



 ◇



 パソコンについて考えていたが、私だけでどうにかなることではないということに食事を終えてから気づいた。

 雷土さんを呼びに、メイドさんたちの作業場まで行くと、何やら氷室さんが何事か話している。

 はっきりとは聞こえないが、語気が強いってことはわかる。

 通話が切れたところで、彼女は私に気付いたようだった。



「お嬢様、どうかなさいましたか」

「ちょっとね、氷室さん、どうかした?」

「いえ、何でもありませんよ」

「何でもないってことはないでしょ?もしかしてまたあいつ?」



 一つだけ心当たりがあった。

 私の今の生活で、唯一と言ってもいい懸念点。

 私が背負わなくてはならない、面倒なしがらみ。



「お気づきでしたか」

「まあね」

「この際、交渉は他のものに任せてよいかと思いますが。いえ、本来であれば交渉する余地すらない相手・・です。潰せばいい」

「ありがとう。心配してくれて。でも、任せてほしい」

「……承知しました」



 氷室さんたちは優しい。

 私を本心から気遣っている。

 そして、きっといらぬことをしているとも思っているのだろう。

 私にとって、大切な存在であっても、その大切な存在の近しい人まで配慮する余裕はない。

 それが私の本来の考え方だ。

 あるいは、こう考えるのは私が血のつながった家族に対して情がほとんどないからなのかもしれない。

 けれど、この件だけはどうしても私の手で解決したい。

 間違っているのは、私の方なのだろうか。

 であれば、私はどうすべきなのだろうか。

 例の件が、私を悩ませているのには、もう一つ理由がある。

 この件は、私が解決しなくてはならないということ。

 つまり、『彼』には頼れないということだ。

 本来なら『彼』が一番の適任なのだけれど、だからこそ頼れない・・・・

 だが、頼ろうとしなくても結果的に頼ってしまえば同じこと。

 『彼』の勘を欺くのは不可能だ。

 どれだけ隠していようと、悩み事があれば彼は検知してしまう。

 だから、私はそれに対しての解答を用意していた。

 悩みを気取られるのであれば、見つけにくい程に悩みを増やせばいい。

 色々と考えた末に、私はひとつのアイデアを出した。



 ◇



『新しいASMRに挑戦したい、ですか』

「う、うん。コラボも多かったけど、この際またさらにソロで幅を広げたくてね」

『確かに、マンネリ化するのもよくないですもんね』



 ASMR講座は好評だったが、正直やっていること自体はがるる先生の時と、マオ様の時の二人で大差がない。

 麻雀コラボも、会話の内容は違うものの、やっていることは同じだからね。

 マンネリ化を嫌うことはわかっている。

 それに、しろさんが時折何かに挑戦することで、全く違うファン層を取り込んできた実績もある。

 合理的にも心情的にも、反対する理由がない。

 ただ、彼女の会話にどこか引っかかる。

 まるで、何かをごまかそうとしているような。




『何かあったら、私か雷土さんたちに相談してくださいね』

「うん、もちろん相談するよ」



 ……ああ、これはたぶんメイドさん達には共有しているな。

 その上で私には言えない、となると女性由来の悩みの可能性もある。

 改めて思うことだが、悩みや情報を共有できるのが私だけでなくてよかったと思う。

 この一年で、しろさんが、文乃さんがそれだけ成長してきたということだろう。

 だから、きっとまだ問題はないはずだ。

 本当にどうしようもなくなったと感じたら、私も介入しよう。

 何ができるのかはわからないけど。



『……それで、最初は何をするんですか?』



 どうも、文乃さんには複数の案があるように見える。

 まあ、ただの勘なのだが。

 だから、まずはどんな企画を持ってくるのか。



「そうだねえ、まずはキーボードタッピングASMR,そしておみ足ASMRにしようかな」

『何ですって?』



 何だその背徳的、じゃないとんでもないタイトルは。


 ◇


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