第9話『ロリとは成長するもの』

「ふーむ、マオちゃんがそんなこと言っていたわけですか」

「ええ、そうなんですよ」



 マオ様としろさんがオフコラボしてから二日後。

 私と文乃さんがいる部屋には、マオ様ではない方が一人いた。

 文乃さんより、桜花さんよりも小さい。

 身長は百三十センチくらいではないだろうか。

 黒い髪を腰まで伸ばしており、二次元のロリがそのまま画面から出てきたような風貌だ。

 というか、髪色などを除けばほぼすべてVtuberのアバターそっくりであり、自分自身を元に作ったのだろうなとわかる。

 ロリ、どころかペドに片足を突っ込んでいるように見えるが、彼女はロリではなく成人女性であり、母親ママである。

 彼女の名前は、がるる・るる。

 永眠しろさんを、がるる家のVtuberを作り出した張本人である。

 


「あの子、真面目だからナ、色々考えちゃうんだよナ。そこがいいところなんだけド」



 がるる先生は飄々としている。

 多分だけど、この人はあんまり深く考えることをしていないんだろうな。

 だからこそ、しろさんは生まれたんだろうな、とも思う。

 慎重な絵師であれば、断るような案件だろうから。



「がるる先生、あんまり深く考えてなさそうですもんね」

「なん、だト?」



 ショックを受けたような顔をしているが、残念ながら当然である。



「さて、じゃあリハーサルをやっておきましょうか」




 今日の夜、がるる・るる先生としろさんはASMR講座配信を行う。

 その前に、マオ様同様にリハーサルをするつもりだった。



「そこ、ちょっと気になっていたんだけド」

「何ですか?」

「なんというかサ、初見でやる企画なのにリハーサルするのかって思ってネ。リアクションとかも大事だろうシ」

「あ、そういうことですね」



 初見、あるいは初挑戦というワードは強い。

 視聴者たちは、全く事前情報や経験がない状態での配信者のリアクションを期待して見に行く。

 そこで、初見のリアクションを取れなければファンとしては興ざめだろう。

 だから、新作のゲームをやる配信者はあえて事前情報などをほとんど完全にシャットアウトしていたりするらしい。

 しろさんは逆にそういうの出来ないからね。

 情報とか調べたくなっちゃうタイプだし、ついでに言うとあんまりゲーム配信自体やろうとしない。

 むしろ裏でゲームをして、それについて雑談配信をするほうが多い気がする。

 あと、壺のゲームでこりてるっていうのもあるんだろうなと思う。

 閑話休題。

 しろさんは、リハーサルをやろうとする意図を説明した。



「リハーサルをわざわざやるのは、最低限のスタートラインに立つためです」

「ああ、鼓膜破壊しないようにってことかナ」



 音量の調節ができなければ、視聴者の鼓膜は破壊される。

 そもそも、視聴者としては配信者の囁き声一つ聞き逃すまいとASMRを聞いているあいだにはボリュームを上げていることが多い。

 その状態で、例えば大声を出してしまうと、本当にトラウマになりかねないのだ。

 マオ様相手にリハーサルを行ったのはそういう理由である。

 だが、がるる先生相手では少しだけ事情が異なる。



「いえ、少し違います。機械を壊さないようにするためですよ」

「ン?」



 がるる先生、首を九十度横向きにかしげる。



「がるる先生って、抜けているところがあるじゃないですか」


「まあ、そうだよね」



 がるる先生もまた同意する。

 実際、ゲームのプレイスキルが低いのもそうだが、色々と会話をしていると本当に抜けていることが多くて。

 それこそ、投資に全財産をつぎ込んでしまうというのが一番の例である。



「つまり、私がダミーヘッドマイクを壊しかねない、と判断したということ?」

「はい、そうです」

「そうなんダ!」



 彼女は、驚いていた。

 いや、仕方がないだろう。

 本当にやりそうだし。



「本番で、使うのはこちらのダミーヘッドマイクです」



 そういって、文乃さんが私の方に手を向ける。

 私は、現在普段しろさんが使っている机の上に置かれている。



「そして、こっちが今からリハーサルに使う奴です」



 文乃さんが、指さしたのはもう一つのダミーヘッドマイク。

 私と、見た目としての違いはさほどない。

 値段とか音質にもそこまで差はないらしい。

 最大の違いは、私の魂が入っているのか否か。

 そして、文乃さんのモチベーションが上がるか否か、らしい。

 自分で言うのは少し恥ずかしいな。

 ともあれ、文乃さんにとって、私以外のダミーヘッドマイクはすべて練習台に過ぎないようだ。

 完全所見のがるる先生に使うあたり、本当に彼女は私でなければ最悪壊れてもいいと考えているのだろう。



「一応、壊さないように頑張りまス」

「そうしてください。百万円くらいするので」

「ヒッ」



 がるるせんせいがびくりと身を震わせた。

 あれ、もうがる虐始まってます?



「今は配信はついていませんが、お互いにヘッドホンでどのように聞こえるか理解できる状態です」

「ああ、そうみたいだね」

「じゃあ、一度やってみましょうか」

「よ、よろしくお願いします!」



 がるる先生、初手で豪快に叫びました。



「先生?まじめにやってますか?」

「え、あれ、何か変なことやったかナ?」

「音量が大きすぎます。囁く声で、もっとボリュームを落としてください」

「え、あ、ごめン」



 がるる先生は、それから何度か試して耳元で囁けるようになったようだ。

 これ、本当に大丈夫だろうか。

 まあ、機械を壊してしまうようなことはなさそうだったが。



 ◇



「こんなんで、配信できるのかなア」



 しろさんの部屋にて、運ばれてきた軽食を取りながらがるる先生はこぼした。



「それは大丈夫ですよ、あくまでもうまくできる必要なんてないですから」

「まあそれはそうだけどネ、ここまで酷いとは思ってなかったからなア」



「うーん、成長っていうのも一つのコンテンツですからね」

「成長?」



 しろさんはU-TUBE上では最初からうまかったが、逆にマオ様やがるる先生には彼女にはできないコンテンツをやってほしいとしろさんは望んでいた。

 つまり、回数を重ねることによってどんどんうまくなっていくというのを視聴者に楽しんでもらおうというわけだ。

 そんな彼女の考えを説明すると、がるる先生は少しだけ嬉しそうな顔をした。



「そっか、懐かしいナ」

「懐かしい?」

「イラストレーターに私がなったのは、中学生の時だったんだよね」

『「中学生?」』

「全然珍しいことじゃないよ、保護者の同意とかは必要だったりもするけど、中学生とか高校生で漫画の賞をとるとかはざらにあるし」

『「ええ……」』



 私は、漫画家やイラストレーター、小説家といったクリエイターたちのことは何も知らない。

 同時に、彼女の金銭感覚が異様である理由も理解できた。

 中学生から、売れっ子イラストレーターとしての道を歩んできたのであれば、まともな金銭感覚を持つことはできないだろう。

 今も、二十代の人間とは思えないほど稼いでいるわけだし。



「絵を描き始めたのは、いつ頃だったんですか?」

「わからなイ」

「わからない?」

「物心ついた時には、もう描いてたんだよ」

『「ええ……」』



 人が覚えている記憶は三歳以降の記憶だけらしい。

 であれば、そのタイミングでもう描いていたのだろうか。



「お父さんが、褒めてくれてネ。キャラクターの絵とか、お父さんやお母さんの絵を描いたりしてね、それが楽しくて嬉しかったんダ」

「そうだったんですか」

『…………』



 褒めてくれて、嬉しい。

 そうだったなと思い出した。

最初は、ただそれ・・が嬉しかったんだった。

それがすべての始まりだったんだな。

 がるる先生にとっても、文乃さんにとっても。

 そして、私にとっても。



「小さいときは、もちろん下手でさ、でもそこからどんどん描いて腕を磨いていったんだ。そういう昔のことを思い出しタ」

「確かに、私も最初はASMR全然できなかったですからね、滑舌もよくなかったですし」

「じゃあ、私もうまくできるようになるかナ」

「ええ、できますよ」



 文乃さんも、がるる先生も顔を見合わせて笑った。

 やっぱりてぇてぇが過ぎませんかね。



 ◇



 その日の夜、しろさんとがるる先生はASMR配信を行った。

 がるる先生はマオ様や、ましてやしろさんには遠く及ばない。

 けれど、一生懸命やっていることは視聴者さんにも伝わっていた。

 がるる先生のこれからに期待するコメントがあふれていたのだった。

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