第4話『ナルキに相談』
「いいじゃーん!それ!」
ナルキさんが復帰してからというものの、成瀬さんと文乃さんは前以上に頻繁に話している。
雨降って地固まるというべきか、随分と親密になっていた。
リハーサルを終えて、二人は作業をしつつ通話をしていた。
成瀬さんは配信のサムネイルを作り、文乃さんは課題をやっている。
高三になって、去年よりは課題増えてるんだよね。
まあ、当然かもしれないけど。
「そ、そうですかね?」
「いやいや、親が案件くれるってなかなかないよ?最高じゃん?」
「い、一応話は通して見ましょうか?ナルキさんも案件受けられるように」
ある意味、正直な反応を見せるナルキに困惑しつつも、しろさんは言葉を返す。
まあ、実のところしろさんが早音文乃さんであるということ、つまり早音グループを取りまとめている早音家の一人娘であるということは当然ナルキさんも知っている。
自宅に招いた際に、彼女はそれを言っていた。
お互いの本名を明かしているのだから、バレるのは仕方がない。
まして、この巨大な家だ。
当然バレるだろう。
文乃さんは、成瀬さんに案件を回してもらえるように頼もうか、と提案したのだ。
単なる友人だから、かかわりがあるからというだけではなく、彼女の実力や登録者数を見ていての発言でもあった。
「え、いやそういうつもりではないよ?」
あわててナルキさんが訂正する。
「あれ?そうなんですか?」
「うん、別にわざわざそこまでして案件得ようとは思ってないよ?しろちゃんに負担がかかるだろうし」
『へえ……』
「あれ、先輩どうしたんですか?」
『いえ、意外だなあと』
「そうですか?」
あくまでただの勘だが、以前のナルキさんなら強引にでも案件をねじ込んでいただろう。
金への執着が、以前より薄らいでいる気がする。
炎上したことで、彼女は路線を少し切り替えている。
良くも悪くも、少しおとなしくなった。
「私はわかるね。正直、成瀬さんのイメージから考えると違和感がぬぐえないから」
「待って待って、私のイメージ悪くない?」
「そ、それは、まあ、否定できないかと」
「一瞬否定しかけてやっぱり無理だってあきらめるのやめてもらっていいかなあ?」
「さてさて、何か相談があるのかな?」
「え?」
「え、じゃないよ。悩んでいるのはわかり切っているからさ、相談してみなよ」
『なぜ、文乃さんが悩んでいるとわかったんですか?』
「うーん、結構人の感情に敏感な人と一緒に仕事してきたから、かな?」
「ほうほう」
なぜか、がっしりと文乃さんが私の首を掴んでいる。
あれ、あの握る力強くないですか?
彼女の白い指ががっちりと頭部をホールドしている。
一応、機械じゃなくて表面の部分だから大丈夫だと思うけど。
あのね、壊さないでくださいね。
結局、この機体が壊れた時に、私の精神がどうなるのかはわからないんだよね。
リビングアーマーとかは、宿っている鎧が壊れるともう動かなくなっているイメージがある。
つまり、このダミーヘッドマイクが壊れてしまうと、もう私が機能しなくなる可能性が高い。
実際に、やってみたわけじゃないから、未確定ではあるのだけれど。
『ふ、文乃さんちょっと』
「あ……。ごめん!」
あわてて文乃さんは、手を離した。
どうやら無意識にやっていたらしい。
「まあ、それは冗談だよ。むしろ、文乃ちゃんと一緒にいる時間が長かったから、かな」
「へ、へえそうなんですか」
「照れてるの?」
「悪いですか」
「いや、まあ、全然」
うーん、なんだろう、この雰囲気は。
私もしかして邪魔だったりするだろうか。
「案件というめでたいことがあったのに、テンション低すぎ!お姉さんに言ってみな!」
「ありがとうございます。じゃあ」
文乃さんは、ぽつりぽつりと私に語ったことと同じ内容を話し始めた。
「文乃ちゃん」
唐突に、ナルキさんがギャグのような明るい口調から、生真面目なものに切り替わる。
「家族と、修復不可能にまでなった身として、一応アドバイスをするよ」
「……!」
私とは違った意味で、過程に問題を抱えていたナルキさん。
不倫や暴力といったものとは違い、金銭トラブルで破綻した関係。
ある意味、私より根が深いかもしれない。
成瀬さんは私と違って、まだ解消されていないからね。
「まず、どんなことがあっても自分を大事にするということ。自分の体と心を最優先すること」
「はい」
画面の向こうで、何故かナルキさんが私の方をちらりと見た気がした。
多分、私が自分を大事にしていなかったこと、怒っているんだろうなと思った。
文乃さんと彼女は和解したけど、私と成瀬さんが和解したかというとわからないしね。
彼女を置いて行ってしまったことに対しては、謝ったところで解決するものでもない。
あるいは、しろさんを守れというメッセージだろうか。
「二つ目は、気にしすぎないこと。家族は、あくまでも他者なんだよ」
「はい」
彼女が、どのように家族と向き合ってきたのかはわからない。
けれど、人間関係に依存し、執着する成瀬さんのことだ。
きっと家族に対して関係を修復するために何かしらの行動をとったはずだ。
あるいは、友人に対してもそうだったのかもしれない。
そしてそのすべてが、失敗し、無に帰したのだ。
あるいは、よりひどいことになったのか。
「そのうえで、しろちゃんが向き合いたいと思うのならばとことん進んだ方がいいとも思う」
「ふえ?」
「まあ、何か抱えきれないことがあったら私に相談してくれてもいいよ?些か頼りない部分もあるけどね」
成瀬さんはどこか、自嘲的に笑った。
「あの、なんというか意外でした。もっと、反対されると思っていましたけど」
「うーん、まあ私の家族はうまくいかなかったからね。でも、君はまだどうにかできる可能性があるんだよね」
「そうかもしれません」
実際、私や成瀬さんと文乃さんでは根本的に違う。
マルチ商法のために、娘を食い物にしようとしてきた両親や、暴力を振るう父親には、確かに子供に対する悪意があった。
だがきっと、早音家のご両親には悪意というものは全くないのだ。
だからこそ、どちらに転ぶのかわからない。
「家で思い出したけど、文乃ちゃんは私以外とオフコラボとかしないの?がるる家の人とか」
沈んだ空気を明るくしようとしたのか、成瀬さんが、話題を変える。
確かに、現時点ではまだ成瀬さんと
「いえ、やろうと思っている企画はあるんですよ。ただ、ちょっと難しくて。今日通話しているのは、その企画についても相談したくて」
「ほうほう、まあせっかくだし話して見なさいな」
文乃さんは、少しだけ間をおいて一言呟いた。
「ASMRレッスン、という配信をやりたくて。がるる先生やマオ様のような、まだASMRをやったことがないVtuberさんに対して」
「あー、なるほどね」
ナルキさんは、うなずく。
そこにいたのは、ASMR系Vtuber、金野ナルキだった。
「成瀬さん、ASMRを教えるオフコラボとかなさってましたよね?」
「そうだねー。教え方、私にできる範囲で教えるよ。使うのは、文乃ちゃんの家だよね?」
「はい、正直ここ以外で教えられる自信がないですし。後、
「へえ、そうなんだね」
「「…………」」
少しだけ、気まずくなってしまったようで、そのまま通話が終わった。
文乃さんが少しだけ顔を赤くしていたが、成瀬さんも同じような表情をしているのだろうなと思う。
◇
「だいぶ気持ちが楽になったよ」
『それは、良かったです』
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