第5話『死神と魔王の吐息』
文乃さんが成瀬さんに相談してから約一週間後。
文乃さんは、案件の準備を進めていった。
火縄さんと相談してスケジュールを決めつつ、氷室さんと相談して配信のレイアウトを考える。
そしてお父上からサンプルをいただいたうえで、リハーサルも行った。
だがしかし、文乃さんのやることはそれだけではない。
普段のASMR配信や雑談配信はもちろん、リハーサルや雑談用のインプットなどやることは山積みである。
そして今日は、文乃さんにとってもかなり大きな企画が動こうとしていた。
◇
「広すぎない?」
「そうですか?」
山の上にある、一軒家というにはとてつもなく広い早音家。
確かに、ドラマとかを見たりすると、この家くらいのサイズはお金持ちの家として紹介されたりもする。
そうして、夜に人が寝静まった時点で誰かが一人死ぬということもあり得るわけだ。
いや、先日みたサスペンスだね。
グロ系が苦手中の苦手な文乃さんだが、意外と、サスペンスに対する忌避感はないらしい。
海外のものはともかく、日本のものってそこまでグロくないと思うしね。
少なくとも、実際に死体を見たことがある彼女からすればそこまで嫌な記憶を喚起されるものではないようだった。
文乃さんは、私もいる自室で、ダミーヘッドマイクなどを見せながらもう一人の人物と話していた。
しろさんより年上だろうか。
二十代前半くらいに見える。
つり目で、気が強そうな顔つきの女性だった。
彼女の名前は、
人気Vtuber事務所『アナザーワールド・ワイドウェブ』に所属するVtuber、マオ・U・ダイの中の人である。
『アナザーワールド・ワイドウェブ』という事務所は、独特の世界観を持っていることで有名だ。
所属するVtuberが、全て異世界から来た魔族という設定であり、様々な魔族がいる。
それを取りまとめるリーダーにして、最古参のVtuberこそが、マオ・U・ダイである。
ゲームを通じた
今回の企画も、元々はマオ様が発案したものだし、スケジュール調整もほとんどやってもらっていた。
何が言いたいのかと言えば。
「しっかりしてますよね、桜花さんって」
「どうしたの、藪から棒に」
「いや、例えばスケジューリングとかめちゃくちゃやってくれてるじゃないですか」
「あー、まあ事務所の後輩のスケジューリングとかしてた時期もあったしね。最近はスタッフも増えたからやらなくて済んでるんだけど」
「ええ……」
そんな彼女だが、ASMRをやったことがない。
彼女は、あまり個人で配信するタイプではない。
『アナザーワールド・ワイドウェブ』のリーダーとして、コラボ配信が主体である。
そのことから、ソロ配信自体の需要が低く、どうしてもソロになってしまうASMRをすることがなかった。
ダミーヘッドマイクのような、特殊な機材を用いる必要があることも一因である。
文乃さんが、早音家のバックアップを受けているせいで忘れがちだけどASMRって結構ハードルが高い気がする。
専用の機材を用意するだけで、百万くらい普通にかかってしまう。
まあ、ちゃんとしたLive2Dを作ろうとするだけで、普通に何十万とかかってしまうので、Vtuber自体がハードルやコストが高いと言えるかもしれない。
「今日はよろしくね」
「いえ、私の方こそよろしくお願いします。というか、嫌じゃないですか?なんというか半ば強引に引っ張りこんだ感じがしますけど」
確かに、もとはと言えばしろさんが凸待ちで強引に誘ったのがきっかけだったしね。
というかアーカイブすら残っていないのだし、うやむやになってもおかしくないと思ったが、普通に成立した。
逆に、どうして受けてくれているのかが気になるな。
凸待ちとか、しろさんが炎上して後のやり取りとかでいい人なのはわかっていたんだけど。
普通に心配のメッセージを配信終わった直後に送ってきたからね。
「いや、私としても挑戦してみたいな、とは思ってたからね。ASMR配信をしているしろさんに教えてもらえるならありがたいよ」
「そういってもらえると救われますね」
「それにーー」
「それに?」
「いや、何でもない。打ち合わせしよう」
「そうですね!」
二人はそのまま、文乃さんの部屋で打ち合わせを始めた。
完全に蚊帳の外だった。
いや、仕方ないんだけどね。
マオ様とは会話できないし。
◇
時刻は夜の九時。
機材のセッティングが終わり、おおよそのリハーサルも済んだ。
いやまあ、文乃さんが「はじめてのリアクションが欲しい」といってあんまりがっつりリハーサルはさせなかったんだけど。
「こんばんながねむぅ。永眠しろです。今日は、ASMR配信をやっていくんですけど、ゲストの方がね、隣に居ます」
【きちゃ!】
【一体誰なんだ?】
【サムネイルに書いてあるんだよなあ】
「今日は、ASMRオフコラボなんですけどね、コラボ相手の方が実は一度もASMR配信をやったことがないということで、ASMRのやり方を私の家でお教えしつつASMRに興味を持ってもらおうという企画ですよ」
「しょ、諸君、わが名はマオ・U・ダイである。今日は、初めてのASMR配信をやろうと思いまして、こうしてしろちゃんにお世話になっております」
一つのダミーヘッドマイクをはさんでしろさんの立ち絵の隣に居るのは、黒い双角と長い髪を頭に乗せた幼女。
傲岸不遜といった態度と裏腹に、可愛らしい見た目をしている。
この見た目とキャラクターと、なおかつ中身のギャップこそが彼女が人気である理由だ。
文乃さんもどちらかと言えばかわいい系だが、マオ様は彼女よりもさらに幼く、かわいさとクソガキ感に振り切れている印象だね。
ゲーム配信などは、視聴者たちとプロレスしつつ視聴者たちが楽しめるような空間を作っている。
【噛んでるの可愛い】
【いつもより大人しくて笑う】
【猫被ってて草】
「おいおいおいおい、貴様ら、随分と我のことを見くびってくれるじゃあないか。誰が猫被ってるって?」
「マオ様、今日私の家に来てからずっとガッチガチでかわいかったですけどね」
「おいやめろ」
【草】
【リークされてるの面白い】
【まあ、マオ様割とネット弁慶だし】
配信開始早々、何故かプロレスが始まっている。
これ大丈夫だよな?
しろさんなら大丈夫か。
「いやあのねえ、家がでかすぎるんよ。うちの事務所よりでかいんだけど」
「そうなんですか?」
【事務所ってスタジオ込みだよな。ヤバくね?】
【怖すぎるだろ】
【冥界って土地の値段やすいんかな()】
【そりゃ萎縮しちゃうわ】
「あれ、リスナーの皆さんも怖がっちゃってますね」
「というか、今日本当にASMRやるわけ?このダミーヘッドマイクっていうの、触っても大丈夫?」
そう、もうすでにASMRは始まっている。
お二人の間にいる私の介して、二人の作り出した振動が視聴者の耳にすべて伝わっている。
「ええと、まずはマオ様、もう少し近づいてください」
「ええ、結構近くない?」
二人の顔と、耳の距離は現在三十センチほど。
私が、本物の人間であればかなり近いと言えるはずだ。
だが、私は人間ではない。ただのマイクだ。
そして今やっているのは、通常の会話ではなくASMR配信だ。
しろさんは、ずいと顔を寄せる。
唇が耳に触れるようなほどまで、息が鼓膜に届くような距離で。
「このくらいですかね」
背筋がぞくぞくした。
何度も耳元で聞いている声なのに、脳が、体が、心が痺れる。
「ええ、こ、こんなに近いの?」
マオ様は、一瞬動揺した様子を見せた。
が、そこは流石にプロ。
「わかったよ。……これでいいか?」
耳元まで、しろさんと同じくらいの距離までぐいと詰めてきた。
左耳に、長い髪と吐息がかかる。
両方の耳元で囁かれているという事実にドキドキする。
それは視聴者も同じなようで。
【ウオオオオオオオオオオオ!】
【ガチ恋距離助かる】
【マオ様やっぱりいい声だよね】
【もうこの状態で喋ってもらうだけでもいいんですけどね】
マオ様の声は、しろさんよりもなお高い。
しかしながら、決して不快な声ではない。
両方の耳を、ロリ二人に囲われる。
ここが天国かと、私は考えた。
◇
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