第55話『過去の文献を読み上げているだけ』
「立直」
しろさんが立直をかける。
私には、ナルキさんの画面はもちろん見えないのでナルキさんが何を考えているのかはわからない。
ただ、定石を考えれば降りるべきだろう。
とりあえずは、字牌を切ってきた。
これは、既にしろさんが捨てている牌なので、安全である。
そして、しろさんの番が来た。
『天域麻雀』では、立直すると自動でツモ切りしてくれる。
なので、自動的にツモった牌が捨てられる。
「……あっ」
「あれ?どうかしたんですか?」
ナルキさんは、固まった。
【あれ?】
【おい】
【これもしかして】
「ナルキさん、これあがり牌なんですか?」
「い、いやあの、あの……」
【あがってもいいんやで(暗黒微笑)】
【ミラクル起きてるやん】
【本当に笑う】
コメント欄も、この奇跡的な取れ高に大盛り上がりだ。
配信の雰囲気が、完全にナル虐を楽しむ方向へと向かっている。
いまだにナルキさんへの悪意を吐き出すアカウントもあったが、そういうアカウントはモデレーター権限を持っている氷室さんたちによってBANされている。
そのまま、ナルキさんは手牌を捨てることしかできなくて。
「あ、それロンです」
「へ?」
【あっ】
【終わった】
ナルキさんの出した牌が、ちょうどしろさんの求めていた牌だった。
ナルキさんの持つ点数の多くが、しろさんに移動する。
結局、その局はナルキさんが最下位になった。
「来てくださった方、ありがとうございました。友人戦に入ってくるのは一人につき一回にしてもらってくださいね」
「…………」
コラボしている二人だが、テンションが明らかに違う。
ナルキさん、完全に落ち込んでいる。
「じゃあ、とりあえず今からセリフリクエストをしていきますね」
「まあ、全然いいよ。そもそも、セリフリクエストだなんて配信でリスナーにやってることだからね」
「なるほどですね」
なにやら、意味ありげにしろさんが笑っている。
はて、一体何をリクエストするつもりなのだろうか。
セリフリクエストに対しての羞恥心とかあるのかな、いやないというレベルのナルキさんに対して彼女は何をお願いするのだろう。
「あ、あのしろちゃんこれは?」
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、なんでもありません」
ナルキさんは覚悟を決めたように息を大きく吸い込んで。
「いつもありがとう。こんなことになってしまったのに、立ち直るきっかけを与えてくれて、企画を作ってくれて。私から離れないでいてくれて、本当にありがとう」
心からの、言葉だった。
感謝を、愛情を、喜びを乗せて指定されたセリフを読んだ。
【おおおおおおお、エモい】
【エモいか?言わせてるだけだぞ】
【いや待ってくれ、これはまさか】
「あのさあ、しろちゃん」
「なんですか?」
「これなに?」
「いやまあ、私とナルキさんのメッセージのやり取りからコピペしただけですね」
『うん?』
【はい?】
【ああ、そういうことね】
文脈から察するに、今の台詞はナルキさんが以前に送ってくれたメッセージを読ませていたということになる。
時系列的には、アパートで話した後のやり取りなのだろう。
立ち直るきっかけと、復帰するための企画を提供し、何よりナルキさんから離れないという決断をした。
余談だが、今回の炎上を機に、彼女から距離を置いたVtuberもそれなりにいる。
実際、事後対応がよくなかったのでナルキさんの方にも大いに落ち度があったりする。
その上で、ナルキさんにしてみれば傍にいてくれるしろさんの対応が嬉しかったのだろうが。
……これ、本当に恥ずかしい奴では?
「もおおおおおおおおおおお!裏のやり取り言わせるのはズルいじゃん!」
【草】
【こんな恥ずかしそうなナルキちゃん初めて見るかも】
【いい子やん】
◇
麻雀は、次の局へと移った。
「ツモだね」
おっと、ナルキさんがあがってしまった。
どうにも、さっきより打ち手が必死な気がするね。
まあ、ただの勘だが。
どうやら、先ほどの台詞リクエストが効いたらしい。
まあ、実際裏での真面目なやり取りばらされるうえに、自分で読み上げることになるわけだから、ダメージは相当大きいんだろうね。
「うおー高いですね」
高い点数が出ると、特殊な演出が出ることがある。
「よしよし、これで何とかなった」
これで、ナルキさんは二位。
対して、しろさんは四位。
これならば、この局はまず間違いなくしろさんが負けるだろう。
コメント欄も、純粋に勝負を楽しんでいる。
いや、負けているしろさんを応援する声が圧倒的だな。
とにもかくにも、やはりナルキさんに罰ゲームを、しろさんには一発逆転を望む声が大きい。
「うーん」
しろさんが、唇を尖らせながら手牌を見て悩ましげにうなる。
かわいい。
まあこれは悩む気持ちもわかるけどね。
最初にしろさんが捨てたのは、九索だった。
中との二択だったけど、まあこれは悩む余地もないね。
「いやー、この局は流石にもうかったかな。ごめんね、しろちゃん」
「うーん。まあ、ナルキさんが勝ったらもう一回罰ゲームになるまで耐久にしましょうかね」
「ちょっと待って、それは聞いてないかな?」
そんなプロレスをはさみつつも、しろさんは順調に手を進めていき。
「立直」
あともう一枚で上がれると、宣言した。
視聴者の二人は、降りるつもりなのかしろさんが捨てた安全牌を切っている。
「これも、安全牌だねえ」
そういって、ナルキさんが既に三枚場に出ている南を捨てた。
「あっ」
【あ?】
【あっ】
【これは】
「うん?」
「それ、ロンです」
三枚切れている字牌は、普通に考えれば安全だ。
ただ、一つの例外を除けば。
麻雀の中でも、特に点数と知名度が高い役。
すなわち役満が一つ、国士無双である。
ああ、そういえばこのゲーム、役満は特殊な演出があるんだよな。
そんなことを考えながら、私は生まれて初めて役満を出した少女を見つめる。
その横顔は「まさか本当に出るとは思ってなかった」と言いたげである。
まあ、そういうものだよなあ役満って。
「あ、あれ?」
『天域麻雀』は基本的に点数がマイナスになれば終了である。
そして、ナルキさんは三万二千点を払うことになりマイナスになってしまった。
つまり、またナルキさんの負けである。
「と、いうわけでナルキさん、また罰ゲームですね」
「え、あ、あの」
「どうかしましたか?」
「いやあのほら、いい時間だしさ、このまま終わってもいいんじゃないかなって思うんだよね」
ナルキさん、この期に及んでなお見苦しく抗おうとする。
【諦めろナルキ】
【結構きわどいセリフリクエストされても一切怯まないのに、本当に嫌がってるの笑う】
「無駄ですよ、ルールはルールですから」
『もうこの際さっさと言った方がダメージ少ないと思いますけどね』
「わかりましたよ……。セリフ送ってもらってもいい?」
あ、つい声が漏れちゃった。
ナルキさん、この場に味方がいないとわかって諦めがついたようだ。
多分、今の彼女は目が死んでいる気がする。
まあ、直接見えない以上はただの勘なのだが。
「昨日は、泊めてくれてありがとう!私何か変なことしてなかったかな?一緒に過ごせて楽しかった!また泊まりに行ってもいいかな!」
戸惑うような、恥ずかしがるような、何かを知りたがるような、喜びに打ち震えているような複雑な声。
いやきっと全部の感情が含まれていたのであろう、文面。
「というわけで、オフコラボの後、お泊りしてもらった後、解散した後に送られてきた文ですね」
「うああああああああああああああああ!言ってない言ってない言ってないですう!」
【草】
【かわいい】
【ナルキちゃん、しろちゃんのこと大好きじゃん】
「ナルキさん、結構さみしがりですよね。通話とかもめちゃくちゃしたがりますし」
確かに、ここ三日はめちゃくちゃ通話してきてたな。
「や、やめてよ。ねえ、色々あって不安定になってるだけなんだってば」
「色々?」
「あっ、いやなんでもありません」
コメントや、同接数なんてもう見る必要もない。
画面の前で話している二人が、この企画が大成功だと教えてくれているから。
◇
ここまで読んでくださった方ありがとうございます。
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