第54話『言葉のデスサイズ』

「立直!」



 ナルキさんが、五の筒子を捨てて立直をかける。

 アイスのような形をした立直棒が場に置かれる。

 立直というのは、ビンゴのリーチと大差ない。

 すでに聴牌している状態であり、あと一枚だけ出ていればあがることが、点数を得ることができるようになる。



「じゃあ、これですかね」



 隣にいたしろさんが、ノータイムで六の筒子を捨てる。

 立直した際、そのすぐ近くの牌は一般的に危険牌である。

 因みに、六の筒子はこの状況では、超危険牌である。



「あああああああああああああああ!」



 あっ。

 ナルキさんが叫んでいる。

 なるほど、彼女の画面は私には全く見えないけれど、これが当たり牌だったらあがれないね。



【あっ】

【発狂してて草】

【あたり牌だったのに、しろちゃんから上がれないから……】



「どうかしたんですか?」

「い、いやなんでもないよ?」



 しろさん、これちゃんとわかっててやってるね。

 打ち合わせ通りの流れではある。

 ナルキさんは、話を変えようとした。



「ええと、最近は何かしてた?」

「いつも通り、雑談配信とかASMRとかですね。動画も上げてましたよ?ASMRのやつですけど」

「そ、そっかあ」

「ちなみに、ナルキさんは最近何の配信をしてたんですか・・・・・・・・・・・・・・?」

「ぶふっ」



【あっあっあっあっ】

【まずいですよ】

【今日そういう感じね。理解した】



 当然だが、つい最近までナルキさんは謹慎をしていた。

 よって、配信など一切していない。

 あるとしたら謝罪配信くらいのものだが、そんなことを言えるわけがない。

 なるべく炎上した話などは表に出したくないものなのだ。

 そう、今回の配信は、いわばプロレスである。

 しろさんがナルキさんをボコボコにするという構図なのだ。



 ◇



「……なるほど、そういうコラボなわけね」

「ええ、これならば反発を抑えられるかと」

『確かに』



 先日、成瀬さんのアパートでしろさんはコラボ企画の全容を話した。

 永眠しろと、金野ナルキのいわゆる「しろ金コラボ」は、アンチのみならずしろさんのファンからも反発があった。

 しろの永眠さんたちにしてみれば、しろさんを巻き込んで炎上した金野ナルキは敵であり、しろさんの傍にいて欲しくない。

 何より、また炎上する可能性がある爆弾であるナルキさんと関わることが、しろさんにとって危険になるのではという懸念もあった。

 なので、その空気感を逆手に取るという企画をしろさんは考えた。

 麻雀の特殊ルールやトークなど、多彩な方法でしろさんがナルキさんを攻撃する。

 言うなれば、ナルキさんに格闘技で倒されることが喜ばれるヒール役をやってもらおうとしているわけだ。



「わかった。こういう企画なら参加するよ」

「いいんですか?提案しておいてなんですが、結構成瀬さんの負担が大きいと思いますよ?」



 一方的にボコボコにされる、というのもそうだが、視聴者たちもその流れに便乗した場合、その配信上で味方がいないということになる。

 精神的負担がとんでもないことになるはずだ。

 いや本当に、ヒールレスラーはよく耐えられるよなと思う。

 そもそも、肉体的な負担が大きいというのはあるけど。



「大丈夫だよ。そもそも、こうしてまた金野ナルキとして戻ってきた時点で叩かれるのは覚悟の上だし。そもそも、リスクとしてはしろちゃんの方が大きいからね」

『まあ、それはそうですね』

「じゃあ、日程を決めましょう!その前に復帰配信もしてもらわないとですし」



 プロレスという枠組みを作ってヘイトを多少和らげているとはいえ、完全に打ち消せるわけではない。

 入念な打ち合わせを、彼女たちは何度か行ってきた。





「し、しろちゃんはさあ、最近、何かはまってることとかってある?」



 あわてて、ナルキさんが再度話題を変えた。

 ただし、彼女の声はまだ少し硬い。

 心理的にぶん殴れられたというダメージが残っているのかもしれない。



「うーん、最近は家事にはまってますよ」

「へえ、料理とか?」

「いえ、恥ずかしながら料理はまだできてなくて」



 うん。

 しろさん、たぶん包丁の持ち方も知らない。

 なんなら、電子レンジの使い方をわかっているのかすら怪しい。

 シェフも、絶対に調理器具に触らせないらしい。

 賢明な判断である。



「ふーん、じゃあ掃除とか?」

「いえ、掃除もやり方がよくわかっていなくて。家の人に任せっきりになってしまっています」

「実家暮らしというのはそういうものかもねー。私は一人暮らしだから全部やらないといけないけど。ていうか、しろちゃんは何をしてるの?」

「洗濯ですね。洗剤・・選びとかするのが楽しくって」

「え、あ、あの。せ、せ、洗剤?」

「ええ、洗剤・・ですけど。あの、どうかしたんですか?体調でも悪いんですか?」



 しろさんは、気遣うような声音で話しかける。

 しかし天使のようなその声は、今死神の鎌のようにナルキさんのライフを削っていた。



「いやいや、体調は決して悪くないよ?いやあの、うん、洗剤、かあ」



 明らかに、洗剤という言葉を聞いた瞬間、ナルキさんの態度がおかしくなった。

 いやあ、何でだろうなあ。

 全然心当たりとか、ないなあ。



「ちなみに、ナルキさんはおすすめの洗剤とかってありますか?」

「ごふっ」

「あの、どうかしましたか?」

「い、いやなんでもないよ。洗剤かあ、適当にまとめ買いした奴を使ってたから、製品名とかはちゃんと覚えてないなあ」

「そうなんですか、じゃあ、写真とかありますか?見せていただければそれだけで中身の特定とかできそうなんですけど」

「あっ、あっ、あっ、すうーっ」



【草】

【ナルキちゃん壊れちゃってるじゃん】

【そう言えば、洗剤の画像が出回ってバレたんだっけ】

【やめてあげて!もうナルキのライフはもうゼロよ!】

【ナル虐助かる】



 コメント欄も、大いに盛り上がっている。

 ちなみに、配信で特定の人物が虐められることを〇〇虐という。

 コラボ配信中にいじられたり、あるいはソロ配信でもゲームなどしていてひどい目に遭って発狂したり。

 そういうコンテンツは一定以上の人気がある。

 今日は、ナルキさんがボコボコに虐待されるという配信である。

 さて、ちらりと配信画面に目をやる。



『これは……』



 思わず声が漏れる。

 期待以上の成果だったから。



 配信中において、その配信が盛り上がっているのかという指標は三つ。

 コメント欄、高評価の数、同時接続数。

 コメント欄は、先ほどからずっと書き込まれ続けているのは気づいていた。

 配信前から、普段の比にならないレベルのコメントが書き込まれていた。

 だが、コメント欄は配信開始前と雰囲気が変わっている。

 ボロカスにナルキさんを敵視する声を出していたはずのコメントが、今は殴られているナルキさんを見て楽しむ空気感が漂っている。

 しろさんが、ナルキさんが、私が描いた光景が現実となっている。

 高評価の数が、増えている。

 先ほどまでついていた低評価が消えて、その上で高評価がどんどん増えている。

 同時接続数、リアルタイムでこの配信を観ている人の数も、増えてきている。



 今迄のしろ金コラボよりも多く、ASMR配信より多く。

 がるる家歌リレーや、ASMRコラボに比肩するほどに。



『すごい……』



 つい口に出してしまうのは、一番大切な人に対する惜しみなき賞賛であるが故だ。

 しろさんが、文乃さんが、大切な人を救うために自力で考えて導き出した方策。

 打ち合わせをして計画を進め、本番でも物おじせずに、ナルキさんを攻撃する役回りを務めている。

 ほんの一年で、いったいどれほど配信者として成長したのか。

 その答えが今、数値として示されていた。

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