第56話『母、そして未来』
「とまあ、先日そんなことがありまして」
「ほうそれは、いい企画だったんじゃないカ?」
がるる先生は、ぽつりとこぼした。
それは、しろさんとの雑談コラボ配信中のことだった。
事前に、がるる先生とのコラボに対しては反対であるという意見がしろさんのもとには届いていた。
これは、対処が難しいで話である。
おそらくだが、これを送った人はナルキさんの復帰に手を貸したことや、それが理由であまりがるる家のVtuberとコラボをしなかったことを言っているのだろう。
そして、コラボ配信を観ている人にも知りたいと思っている人は多いはずだ。
とはいえ、そんなセンシティブな話をするわけにはいかない。
下手に蒸し返せば、ナルキさんやしろさんが炎上しかねない。
かといって完全に触れないというわけにもいかず、がるる先生がナルキさんの復帰についてぼかしつつも触れることになった。
「そもそも、私個人としては娘たちの方針はあくまでも娘たちが決めるべきではないかと思っているんだヨ」
「確かに、皆さん自由に活動なさってますもんね」
「一人だけ、自由過ぎるやつもいるけどネ?」
「『ああ……』」
【ああー】
【確かにいるね】
【名前を言ってはいけないあの人じゃん】
【あの子も普通に炎上してるもんな】
下ネタが過ぎるがるる家三女のことを、この配信に関わっていた全員が思い出していた。
まあ、下ネタ一本槍で、企業勢としてのコンプライアンスを無視して、時に炎上を繰り返してきた娘がいたりする現状を踏まえれば、確かに巻き込まれて炎上したぐらいではなんということはないのかもしれない。
「そういうわけだから、君達が犯罪と引退のどちらかをしない限りは、縁を切るだとかそういうことは一切考えてないんダ」
「ありがとうございます」
しろさんは、こくこくとうなずいた。
人の縁というのは、意外とあっさりと切れたりする。
私で言えば、就職すると大学時代までの知り合いとは全くと言っていい程関わりがなくなった。
大学では、高校時代の知り合いと、高校では小学校・中学校時代の知り合いとある程度関わりがあった。
だというのに、就職したらいつの間にかつながりは消えていた。
別に何も、それを恨むつもりもないが。
しろさんに関して言えば、彼女自身を傷つける悪縁から距離を置くことに成功している。
いずれも、距離が離れたことで縁が切れたという形だ。
なので、当然大きな事件があれば縁というのはぷつんと切れたりする。
会社をリストラになった途端、家族に見限られ、全てを失うだなんてよくある話ではないだろうか。
だが、かなり大きな事件があったにもかかわらず、がるる先生はこうして自らしろさんとの関係性をつなぎとめようとしてくれていた。
そこにリスクがあり、リターンはほとんどないとわかっているはずなのに。
がるる先生は、それでも離れることを選ばず、傍にいるといった。
まるで、本当の母親のように。
まあ、私はもう母親の記憶なんてまともに残ってないのだけれど。
「だからまあ、ちょっとしろちゃんが遠慮してたんだけど、やろうよって声をかけさせてもらったのサ」
「本当にありがとうございます」
「これはすごく有難いことなんですけど、ラーフェさんや羽多さん、マオ様も色々と声をかけてくださって。まあ、こちらもいろいろ落ち着いたのでこれからコラボとかもしていきたいとは思っております」
「コラボはここ最近できてなかったけど、普通に通話はしてたからネ」
【裏ではちゃんと通話してたのてぇてぇ】
【色々ごたついてたし、正しい判断ではある】
【声をかけるのも優しさだし、落ち着くまで表では絡まないのも優しさだよね】
コメント欄も、最近コラボがなかった理由を知って納得した様子だった。
実際、しろさんとがるる先生のコラボがないことを悲しんだり、不安に思う人も結構いたと思われる。
事情を説明することは、必要なのだ。
◇
そのまま、二人は色々な話をした。
お互いが流行っていたり、ハマっていたりする漫画やアニメの話。
最近、がるる先生が担当したイラストの仕事の話。
また、しろさんが最近やった企画やASMRの話。
リアルで会いたい、あるいは会った時に具体的に何をするか。
話題は尽きなかった。
これで終わっていればよかったのだけれど。
「さて、今日も今日とてやっていこうかナ」
「あの、本当にやるんですか?」
「当たり前だヨ」
今日のコラボ配信は、先日のように前半が雑談、後半がゲームによる対決となっている。
ただし、ゲームの内容は違う。
今日やるゲームの名前はZENITH、という。
ジャンルは、FPS。
宇宙人、サイボーグ、超能力者など、それぞれ特別な力を持った超人が、バトルロワイヤルを行う。
勝ち残り、頂点に至ったものは、全てを叶える力を得るという設定である。
ゲーム的な設定についてだが、特殊能力を持ったキャラクターを選択し、銃撃戦を制したものが勝利する、というのがルールとなっている。
さて、このZENITHというゲームだが、戦う形式には3種類ある。
一つは、ランクマッチ。
バトルロイヤルの通信対戦を行う。
そして、順位や撃破数、与ダメージなどに応じてランクポイントが得られ、それに応じてランクが変動する。
二つ目は、カジュアルマッチ。
バトルロイヤルの通信対戦を行うことまではランクマッチと同じ。
だがしかし、ポイントなどはなく、和気あいあいとゲームを楽しむためのシステムである。
ランクマッチでは、実力差がありすぎるもの同士でチームを組むことはできないが、ことこの状況では話が変わってくる。
もう一つが、射撃訓練場。
ここには、的などが設置されている。
試合の前に、ある程度ゲームのプレイになれていくことを目的としている。
そして、この訓練場ではフレンド同士のワンオンワンが可能になっている。
つまり、しろさんとがるる先生の一騎打ちが可能ということだ。
訓練場のワンオンワン。
それ自体は、別にいい。
対決としても、そこまで不自然なものではないだろう。
だがしかし。
問題は、対決するのがしろさんとがるる・るる先生であるということ。
しろさんは、時折この『ZENITH』を配信することがある。
といっても、プレイスキルはかなり低い。
それこそ、カジュアルのみでランクには参加しない、程度の腕前だ。
では、そんなしろさんの今日の戦績はというと。
「もう一回!もう一回!」
「で、でもがるる先生。もう私が五連続で勝ってますけど」
「うぐっ」
がるる先生、やっぱり下手すぎないか?
しろさんも、そこまで強いわけではないのに。
【昨日配信で、「明日はいける、勝てる!」とか言ってたのになあ】
【しろちゃんも特別うまいわけじゃないのに先生が下手すぎる】
【あれだけ打ちまくって与ダメージゼロなの、もはや逆に才能だろ】
コメント欄も、笑い半分、呆れ半分というか。
これはこれで盛り上がっているからいいのだろうけど。
さっきまでの感動的な空気は、一体どこに行ってしまったんだろうか。
盗んだやつがいるなら、ぜひとも返してほしいね。
「今回は、負けた方に罰ゲームをしてもらう予定だったんだが……まさか負けてしまうなんてナ」
【当たり前だろ】
【何で自分の力量が理解できないのか】
「じゃあ、先生に罰ゲームを課しましょうか」
「そうだネ」
確かにそれが道理ではある。
ちなみに、先日のナルキさんとのコラボではしろさんに罰ゲームはなかったが、あれは特殊な例だね。
「じゃあ、ASMRオフコラボ配信やりましょうよ」
「えっ」
「いいですよね?」
「あ、はい」
【ウオオオオオオオオオオオ!】
【いいじゃん】
そうして、配信のコメント欄は盛り上がった。
それは今この瞬間を楽しむゆえであり、未来の配信に期待するからでもある。
未来。そう、未来だ。
しろさんは、今日まで奔走してきた。
一日一日、改善をしながら進み続け、順調にファンや仲間を増やしてきた。
明日はきっと、今日よりいい日になる。
しろさんにとっても、彼女と関わる全ての人にとっても。
◇
ここまで読んでくださった方ありがとうございます。
面白いと思ったら、フォロー、評価☆☆☆、コメントよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます