第52話『大好きな人達』
『成瀬さん』
私は彼女に語りかける。
『私は、勘が鋭いんです。人の心とか、感情とかそういうのに元々敏感なんです』
「知ってますよ」
それはそうだ。
私は、勘で人の心を読み取れてしまう。
そして、人が自分の眼で見たものや聞いたことを簡単に無視できないのと同じように、勘で察した不穏な気配も無視できず、それに対応するための行動をしてしまう。
『だから、わかってますよ。あなたが、本心からお金を欲して活動していることも、人間関係が壊れていたことも』
「…………っ!」
気づかないはずがない。
私は、人が嘘をついていればほとんど必ず見破る。
ついでに、彼女がこちらの話を聞いてくるが、あまり自分の話をしてこなかったこともわかっていた。
だから、そうなのではないかと推測していた。
まあただの勘だったが。
いやそれはいい。
大事なのは、そんなことじゃない。
私が気付くべきは、言葉にするべきは。
『成瀬さんが、文乃さんを大事に思っていることも』
「「…………え?」」
急に、ふたりがぽかんとした顔で私を見る。
確かに、よく考えてみれば話のつながりが不明だ。
あわてて補足する。
『ここに文乃さんが来たのは、成瀬さんを助けるためで、私が来たのは二人の関係を取り持つためです』
「何で、私が文乃ちゃんを大事にしてるって思うんです?あんなにひどいことを言ったのに」
『そんなの、成瀬さんの態度を見てたらわかりますよ』
「っ!」
通話越しならともかく、オフコラボの時の成瀬さんはかなりわかりやすかった。
私と出会うというアクシデントに動揺していたということを考慮しても、彼女はほとんどずっと上機嫌だった。
それこそ、私の存在に気付く前のほうが、機嫌がよさそうだった。
きっと単純に、文乃さんと、友達と一緒に居られることが嬉しかったのだろう。
『何が言いたいのかと言えば、お二人にとっては、お互いが大事な存在であることは変わらないってことです』
「そうですよ、成瀬さん」
「ごめん!」
成瀬さんが、こらえきれなくなったのか床に座ったまま、頭と手を床につけた。
いわゆる、土下座である。
「文乃ちゃん、酷いこと言ってごめんなさい!巻き込んで炎上させてごめんなさい!傷つけて、ごめんなさい!」
「成瀬さん、顔を上げて」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
文乃さんは、椅子から立ち上がると、私を椅子においてそっと床に座り込み、ぽんぽんと肩を叩いた。
肩を震わせて、成瀬さんは嗚咽していた。
文乃さんは、何を思ったのかゆっくりと成瀬さんの体をゆっくりと持ち上げて抱きしめる。
成瀬さんの顔は、もう涙と鼻水でぐしょぐしょだった。
不思議と、嫌悪感はなかったけど。
「大丈夫ですよ、私はどこにも行きませんから。成瀬さんの、ナルキさんの友達ですから」
「ごめん、ごめんねえ」
抱きしめられたまま、ぽろぽろと涙を流しながら成瀬さんは謝り続ける。
そして、文乃さんはゆっくりと背中をさすり続ける。
とりあえず、懸念事項のうち一つ、二人の関係性については解決したといってもいいかな。
ある程度、成瀬さんの感情が落ち着いてきたように見えたあたりで声をかける。
『成瀬さん。人であることを捨てた私が言うのもなんですがね、人が幸せになるために必要なことって、隣に誰かがいることだと思うんです』
くじけそうなとき、手を掴んでくれる誰かがいたら。
悲しくなったときに、差し伸べてくれる手があったなら。
きっと、それだけで人は「大丈夫だ」って思えるような気がする。
私が、死ぬまでずっと求めていたものだったから。
死んで生まれ変わって初めて、手に入れることができたものだったから。
「そんなこと、わかってるんですよ」
『成瀬さん』
「しろちゃんが、文乃ちゃんが私にとって大事な人だってことも、私を大切に思ってくれてるのもわかってる」
「成瀬さん」
「私には、人間には傍にいてくれる人が必要なんだってことも」
『…………』
「先輩が、私にとってはそういう人間だったんですよ。先輩にとってはそうじゃなかったかもしれないですけど、先輩と一緒に働けることが心の支えだったんですよ」
『……そこまで』
私にとっては本当に会社の後輩のつもりだった。
恩というのも、特別何かをしたわけじゃない。
ただ、そうするべきだと思ったからやっていただけ。
人を助けていたわけではなくて、そうするしかないと思っていたのだ。
けれど、彼女にとってはそれが救いだった。
『成瀬さん』
私は、もう一つだけ質問をした。
『貴方はどうして、Vtuberになったんですか?』
「お金を稼いで、自分を見てくれる人がいて、自分を好きだと言ってくれる人がいて」
ぽつぽつと、成瀬さんは、ナルキさんは語る。
「やり直せる気がしたんだ」
「お金を稼げば、人を集めれば、また幸せだったころに戻れるんじゃないかって」
「私も、戻りたい時代があるんです」
ぽつり、と成瀬さんを抱きしめる腕に少しだけ力を込めて、文乃さんが口を開く。
「小さいころ、まだいじめが始まっていなかったとき」
「……え?」
文乃さんのいじめが始まったのは、小学校に入学してからだと聞いている。
成瀬さんは、きょとんとしている。
ああ、そもそもいじめに遭っていたこと自体知らないものね。
言っていいのかと思ったが、まあ本人が納得しているならいいだろう。
「父が、肩車してくれていたんです。それで、すぐ近くに母がいて」
「そ、そうなんだ」
「あの頃みたいに戻れたら、どんなにいいだろうって」
「そっかー」
顔を泣きはらしながら、成瀬さんは納得したようにうなずく。
あるいは、彼女にも懐かしい家族との思い出があったのだろうか。
「お金があれば幸せにきまってるって思ってたけど、そうでもないんだね。そりゃそうだよ、私だってお金だけはあるんだし」
「そうですよー」
二人は、それが面白かったのか笑いあっている。
てぇてぇという表現が正しいのかわからないが、胸が温かくなる。
まあ、胸ないけど。
でも、言葉を伝える機能はあるので会話に混ざらせてもらおう。
『文乃さん、成瀬さん。私にも、生前に幸せな時代があったんです』
「そうだったの!」
文乃さんも、知らなかった。
私も話していなかったからね、当然だ。
『子供のころの話ですけどね、両親が離婚する前の話です』
母が不倫して、姿を消し。
父が荒れ果て、狂い。
息子が怯えて、諦める。
そんなことが起きる前の話。
「君は戻りたいと、思ってるの?」
『いいえ全く』
文乃さんが、心配そうな顔で尋ねてくるので、強く否定しておく。
今更彼らに愛情など残っていない。
それに。
『戻ろうと思って戻せるようなものでもないですから。二人とも、それはわかっているでしょう』
「うん」
「……そうですね」
文乃さんは当然のこととして真顔で、成瀬さんは受け入れたくない事実として堪えるような表情で、答えた。
仮定の話なんだから、実現できるはずもないけどね。
『変わらないなんて、ありえないんですよ。元に戻すこともできない。時の流れは変えられないから』
肉体は老いるし、精神も経験によって変容する。
それはもう、止められないし止まるべきではない。
『戻れない。やり直しなんてできない。だったら、もう一度立ち上がって進めばいい。一緒に』
絶望に沈んでも、また昇ればいい。
それこそ、
「じゃあ、改めて今後の話し合いをしましょうか」
『おお、いいですね』
「今後?」
『炎上事件の解決、ですね』
「できるの?」
成瀬さんは半信半疑だ。
いや、正直私もこれが一番難しいと思っているのでいい加減なことは言えない。
だが、その解決は意外な方向からもたらされる。
「実は、もうプランは考えているんですよ」
「えっ?」
『は?』
予想していなかった文乃さんの言葉に、私も成瀬さんもあっけにとられた。
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