第47話『足を伸ばせ』
「ナルキさんのこと、何にも知らないんだよ、私は」
『それは……』
ナルキさんが、犯罪行為に手を染めていたことを、文乃さんは知らなかった。
それは事実だ。
だからといって、何も知らないということもあるまい。
私の知らないところでも、それなりにプライベートのやり取りがあったと聞いている。
好きなゲームやアニメ、漫画、普段着ている服などの趣味嗜好。
喋り方や、ASMRのやり方。
Vtuberという仕事におけるスタンス。
完全でなくても、知っていることは多かったはずだ。
というか、多分知っているはずなんだけど。
「ナルキさんが、私の家に来ていた日、覚えてる?」
『ええ、覚えていますよ?』
あの日は強烈だった。
まず、ナルキさんが私の社畜時代の後輩であると判明した。
そして次は、人生で初めての3ピ……二人によるASMR。
いや、それは別に今考えなくていいな。
今は至福の時間を思い返して楽しんでいる場合ではない。
「君をナルキさんが見つける前に、私と彼女で一緒にいた時間があったんだよ」
「なるほど」
そんなことがあったのか。
「そのときね、ナルキさんは、成瀬さんは屋敷を見て茫然としててね」
「あの時さあ、成瀬さんはどう思っていたんだろうね」
私のせいかもしれない。
私は、自分を弱者だったと思っている。
そして、強者を憎んでいる。
だから、強者と弱者は相いれないんだよということを教えてしまった。
そして間違いなく、成瀬さんも元々は弱者の立場だったはずだ。
少なくとも、ブラック企業に勤めて一緒に死んだ魚の眼をしていた成瀬さんはそちら側の人間であるはずだ。
いや、しろさんは私に言われるまでもなくわかっているのかもしれない。
何しろ、彼女は大富豪の娘に生まれ、それが原因でほぼすべてから疎まれて、いじめられていた。
強者と弱者の間に壁を感じており、自分とナルキさんの関係性はもう二度と修復できないのではないだろうか、と考えてしまったというわけだ。
これはよくない。
私は、彼女を幸せにするという目的がある。
成瀬さんは、文乃さんにとってはあまりにも大きな存在である。
彼女がいたから、文乃さんは多くのVtuberとコラボをすることになった。
そしてそれをきっかけに、Vtuberのみならず、メイドさん達や、家族たちとも交流するようになった。
私は文乃さんの心の内を背負い、支えてきた自負がある。
だがしかし、成瀬さんが文乃さんを外に連れ出さなかったら、今の文乃さんとしろさんはいないのだ。
『文乃さん』
「何?」
『成瀬さんに、会いに行きませんか?』
「ふえ?」
うつむいていたしろさんが、不思議そうな顔を向けてくる。
可愛いが、今はそこに意識を向けることはしてはいけない。
『何も知らないなら、知りに行きましょう』
「で、でも理解できないよ。私は、君たちと違うから」
『じゃあ、私も連れて行ってください。理解できないのなら、私が通訳しますから』
「はい?」
どう考えてもめちゃくちゃな言い分だと思う。
理解できないなら、私が噛み砕いてわかるまで文乃さんに伝える役割を担うと言っているのだ。
そして私は、私ならできると思っている。
まあ、ただの勘だが。
「君は、どうしてそこまで必死なの」
『このまま終わったら、ダメでしょう』
「それは」
『だって、一人じゃダメなんですよ。一人だったら追い詰められちゃうんですよ』
苦しい時、辛い時。
誰かがそばにいて、手を握ってくれたり。
耳元で言葉をかけてくれて、励ましてくれて。
それを文乃さんが教えてくれた。
だからこそ、ここでナルキさんと文乃さんを向き合わせなくては。
ナルキさんは、もうVtuberとしては活動できなくなるだろう。
また文乃さんは孤立し、内にこもってしまう。
未知を違えるにしても、「強者と弱者だから理解し合えない」と思って別れてしまったら、文乃さんはもう人と関われなくなる。
それは健全でも、幸福でもない。
だから、退けない。
そんな言葉を、どう受け取ったのか。
「そうだよね、一人にしたらダメだ」
文乃さんは、いつの間にかスマートフォンでSNSを開いていた。
画面を私にも見せてくる。
そこには。
◇
【最低すぎる】
【ファンだったけどやめます】
【これは信じがたいけど、本人が全く否定してないのがな……】
【永眠しろの方は、ついさっき、否定する声明が出たけどな】
【面白くなってきたな】
◇
ナルキさんについてのつぶやきだった。
SNSというのは本当に便利なもので、「金野ナルキ」で検索すればその言葉がついていたつぶやきが見れる。
呟いているのは、しろさんのファン、ナルキさんのファン、二人のアンチ、あるいはVtuber界隈のアンチや、愉快犯など様々である。
しろさんはともかく、ナルキさんに対しては、批判的なコメントが多い。
これは、ナルキさんが一切のコメントを出していないからだ。
与えられる情報が、切り抜き師や炎上系の配信者によっての悪意に満ちた情報だけ。
それでは、ファンですらもナルキさんを信じることができなくなる。
今目の前にある問題は二つ。
このままでは真偽がどうあれ、ナルキさんが犯罪者ということで釈明や贖罪の機会を与えられないまま活動が終わってしまう。
そして、飛び火しているしろさんの炎上も完全には沈静化しない。
だから、やるべきことは二つ。
ナルキさんと、文乃さんの関係性を修復すること。
そしてナルキさんを説得し、声明を出させてこの炎上騒動を解決、あるいは解消すること。
といっても、動くのは基本的に文乃さんなんだけどね。
私も、出来る限りのことはしようと思う。
文乃さんの友人として。
それに、成瀬さんの元先輩として。
彼女たちが、未来のある二人が前に進み続けられるように。
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