第46話『通話』

『なるほど……』



 私たちは、SNSを見て事態をおおむね察していた。

 ナルキさんが、成瀬さんに疑惑がかかり、炎上した。



 マルチ商法。

 他者を勧誘することによって成り立つ、

 現在は、法律で禁止されており、犯罪である。

 そんなマルチ商法に、友人が加担しているかもしれない。

 文乃さんの動揺は、計り知れない。

 私ですら、多少なりとも動揺しているのだから。



「君は、その、どう思う?」

『彼女が、本当に加担していたかどうかですか?』

「うん」



 まあ、真偽を気にするのは当然だ。

 だが。



『……わかりません』

「わからない?君の勘でもかい?」

『ええ』



 データが少ない。

 私は、文乃さんが思っているほどナルキさんについて詳しくない。

 多分文乃さんの方が知っている。

 あと仮に、データが多くても関係ない。



『文乃さんは、金の切れ目が縁の切れ目という言葉を知っていますか?』

「君から聞かされた気がするけど、どんな意味だっけ?」

『言葉通りですよ。お金がなくなると、一見強いように見えた絆なんてあっという間に壊れてしまうという意味です』

「ああ、そういう意味なんだね。けど、それとマルチ商法とどういう関係があるの?」

『お金、というのは恐ろしい力があるんですよ』



 ある絵師は、金銭を得ていながら、それのみでは満足できず、より多くの金銭を得ようとして結果として散在することを繰り返している。

 ある会社員は、莫大な奨学金という名前でコーティングされた借金を抱え込み、ブラック企業を抜けるに抜けられなくなり過労が元になり、命を散らすことになった。

 お金で、幸せになるかどうかはわからない。

 だが、お金には人の人生を崩壊させかねない、力がある。

 それは紛れもない事実である。



『つまりですね、お金は人の心に与える影響が膨大である以上、私には成瀬さんがそういうことをする人間かどうかは判断できません』

『さて、どうしますか?』




 文乃さんは、押し黙ってしまった。

 まあ、酷な選択かもしれない。

 とりあえず、流れを打ち切って飛び火への対処をさせるべきか。

 ぽろん、と通信音が鳴った。



「誰?」



 Vtuberや仕事相手と連絡をするための通話アプリ。

 パソコンには、氷室さんの名前が出ていた。



「はい、もしもし」

「お嬢様!」



 声からして、かなり慌てている。 

 多分、心配になったんだろうね。

 以前、自殺未遂をしたり突如山の中に飛び出したりしたこともあるんで、無理もないかな。

 後者に関しては、まあ私が原因でもあるのだが、彼女たちには知る由もない。

 ナルキさんのことと、しろさんのことを知っているメイドさんたちからすれば精神的に追い込まれているであろうことは容易に想像がつく。

 スマートフォンの位置情報が変わっていないとはいえ、不安に思って当然だろう。



「大丈夫ですか?」

「あ、うん、大丈夫だよ。どうもありがとう」

「そ、そうですか」



 安心したらしく、声にいつもの落ち着きが戻ってきた。

 最近気づいたけど、メイドさんたち、本当に文乃さんのことを心配してるみたいだね。

 それが雇用主だからなのか、それともほかの理由があるのかまでは、わからないけど。



「大丈夫だから、安心してほしい」

「わかりました。何かありましたら、いつでもご連絡ください」

「うん、頼りにしてる」

「はい」



 そうして、通話が切れた。

 一つ、確かなことがある。

 文乃さんは、間違いなく変わった。

 人との交流への恐怖心が徐々に払しょくされていったのか、こうしてメイドさん達ともちゃんとやり取りができている。

 それが誰の影響なのかなんて、わかりきっている。

 今の文乃さんには、しろさんには間違いなくナルキさんの存在が必要だ。




「今から通話をかける」

『わかりました』

「君にも立ち会ってほしいんだけど、大丈夫?」

『もちろんです』




 彼女が望むなら、拒否する理由などない。

 3コールでナルキさんが出た。



「はあ、何?」

「――っ!」



 冷たい声だった。

 覚悟を決めていた文乃さんが、言葉に詰まるほどの。

 少なくとも、

 これは、まずいか?

 声からわかる。私の勘が、告げている。

 思った以上にナルキさんは追い詰められている。

 今この瞬間、爆発してもおかしくない。

 これは、適当なタイミングでさっさと退散したほうがいい。



「あの、わかってますから」

「わかってないだろ」

「……え?」



 なるほど。

 文乃さんと、ナルキさんの間で情報の齟齬があったのだと、理解できた。



「いいか、一つだけ言っておくよ」

「…………?」

「私がマルチ商法に加担していたのは事実・・だよ」

「…………え?」



 顔が、蒼白を通り越して、土気色になる。

 それこそ、私の正体を知ることになった日と同じくらい、彼女は憔悴していた。



「な、んで?」

「なんで、ねえ」



 彼女の口から出た言葉は、悪意を含んでいた。

 呆れたような、軽蔑したような、嫌悪するような。



「君にはわからないでしょ、説明したってわかるはずがない」

「え、えっと」



 言葉に詰まる。



『しろさん、通話を切ってください。今日はもう、話さない方が――』

「先輩、先輩ならわかるでしょ?」

『…………理解はできます。しろさん、もう通話を切ったほうが』



 そういえば、ナルキさんも聞き取れるんだっけ。

 まあいいでしょう。



「…………とりあえず、そういうことだから」




 だから何なのかを言わずに、ナルキさんは通話を切った。



 ◇



 通話が切れた後、文乃さんは明らかに憔悴していた。

 ここまでひどい状態の文乃さんは久しぶりに見る。

 前回は、私に原因があったゆえにまだ対処が楽だった。



 だがしかし、今回は違う。

 原因が、金野ナルキさんと文乃さん自身に存在する以上、私一人の言葉ではどうにもならない。

 彼女が落ち込んでいる要因は、おそらく二つに分けられる。

 ナルキさんがマルチ商法をやっており、炎上してしまったこと。

 こちらについては、もうどうしようもない。

 炎上というのは、そもそも個人がどうこうできるものではない。

 目に余る行動をとった特定の個人を訴えられるかもしれないが、逆に言えばそれくらいのものだ。



 何を勘違いしたのか、しろさんもマルチ商法に関与しているというデマを流している連中がいるらしい。

 これに関しては、事実無根のデマであり、営業妨害に当たる。

 早音家の力をもってすれば、しろさんにかかった火の粉を振り払うくらいはできるだろう。



 まあ、訴えようが勝とうが、それだけで事態が解決とはいかないんだよね。

 時間をかけて、空気が落ち着くのを待つしかない。

 少なくとも、一ダミーヘッドマイクに出来ることは何もない。

 ゆえに、私が頭を回すのはもう一つの問題。

 文乃さんの内面についてである。

 今回は、今までとは事情が違う。

私一人で、解消できるほど今回の心の傷は軽くない。

前回どうにかできたのは、心の傷が私に由来するものだったからだ。



「わからないんだ」

『……わからない、というのは?』



 うつむいたまま、複雑な感情をまき散らしながら、文乃さんは答える。



「ナルキさんのこと、何にも知らないんだよ、私は」

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