第48話『少女、成瀬キノ』

 昼過ぎに、異臭で目が覚めた。

 ゴミをかき分けながら体を起こして、準備をしようとして気づく。

 そういえば、暫くは配信する必要はないんだったか。

 いや違う、もうしたくてもできないのだ。

 私は、自分のーー『金野ナルキ』のアカウントを開く。

 そこには、夥しい数の罵詈雑言が送られてきていた。

 その大半は、マルチ商法に関与していたという理由で彼女を糾弾するものだった。

 あとは、私の人格や容姿への批判もあった。



「ああそっか、いつもならサムネ作ってたっけ、この時間」



 結構時間をかけてサムネイルを作っているので、それがなくなると途端に暇になる。

 だからこそ、こうしてSNSを見る時間的余裕がある。



 正直、配信をしたい気持ちはある。

 けれど、どうやってもこの状況では無理だ。

 何より、釈明を先延ばしにしているせいで問題が大きくなってしまっている。

 このままひっそりとだんまりを決め込んで失踪するか、あるいは謝罪を行うか。

 いずれにせよ、碌な結末はもう待っていない。

 Vtuber金野ナルキとして一年半。

 準備期間や、前世も考えればその倍以上。

 それだけ費やして、努力をして、積み上げてきたはずなのに。

 ようやくやり直せるかもしれないと思ったのに。

 全部消えてしまう。

 また、失ってしまう。



 それだけではない。

 恐らくは、自分を心配してくれた仲間に対しても失礼な態度を取ってしまった。

 事情を話してもいないのに、「理解できないんだ」だのとどんな気持ちでそういうのか。

 そもそも、私は彼女に謝らないといけない立場だ。



 今はもう収まりかけているが、私が凸をしたことでしろちゃんにまで飛び火してしまっていた。

 土下座でも何でもしなければいけない関係性なのに、私は何を言っているのだろうか。

 そもそも、彼女が金持ちで自分と立場が違う存在であろうが、私が彼女に複雑な思いを感じていたからといって彼女に対してきつい言葉を浴びせていいだなんて話はない。

 しろちゃんは声明を出したので、いずれは復活するだろう。

 疑惑も、少なくともしろちゃんの方は現在進行形で薄れているらしかった。

 


「どうして、こうなっちゃうんだろう」



 ぽつり、と私は呟く。

 また、一人になってしまった。

 ぼさぼさの、長い金髪をかき上げる。

 ぼさぼさなのは、髪を染め続けた結果なのか、あるいは最近手入れを怠っていたからなのか。

 

 昔から、家にはあまりお金がなかった。

 といっても、別に稼ぎが悪いわけではない。

 バブル以降不景気が続いているにしては、共働きの両親の稼ぎは悪くなかったのではないかと思う。

 ただ、思い返せば収入は悪くなくても支出はよくなかった。

 父は、パチンコや競馬などが好きで、母もブランドのバッグなどが好きだった。

 まあ、子供のころは父は景品のピーナッツの入ったチョコレートや、ジュースもらったりしていたし、母が持っているバッグなんかも正直高いのか安いのかなんてわからない。

 ブランドなんて見ているだけじゃ普通の商品との違いなんてわからないものだ。

 持ってみれば、材質や縫製による強度の差とかあるんだろうけどね。



 私は結局持っていないからわからない。

 まあ、いくらか浪費癖があるにせよ私が高校を卒業するまでは問題なく回っていた。

 両親から、大学に行くのであれば学費は払わないと聞いていたので、高校生からバイトをして資金を貯め、入学の資金としていた。

 そして、大学に通いつつもバイトをしながら学費を稼いでいた。

 まあ、生活費は両親が出してくれているのでそこまで苦しくはなかった。 

 途中までは。



「これは、何?」



 ある日、実家の一軒家で暮らしていた私に両親が「話がある」と言って、リビングの机に座らせた。

 そして、いきなり机の上に無数の洗剤を並べた。

 業務用かな、と思えるような巨大なボトルが何本も、である。



「これか、これは夢だよ」

「……夢?」



 私には、ピンとこなかった。

 何しろ、あくまでも洗剤は洗剤である。

 言ってしまえば夢をかなえられる素晴らしい商品ではない。

 洗濯物を綺麗にできるだけだ。

 いや、食器用洗剤なら食器を綺麗にすることもできるのか。

 違うな、そういう問題ではないな。



「これを誰かに売れば、俺たちは大金持ちになれるぞ」

「簡単に、稼げるのよ、キノもやってみればいいわ!」



 意味が分からない。

 自分が無知なのか、あるいは両親が間違っているのか私には判断できなかった。



「これを、売ればいいの?」

「ええそうよ、とりあえずここにある奴全部買って、売ってちょうだい」

「買う?」

「そうよ、バイト代があるでしょ?それで売って」

「い、いや学費に使うものだからそんな余裕はないよ」



 拒絶しようとしたが、両親は折れず、挙句の果てに「生活費を出してやっているのは誰だ」などと言いだしたので折れるしかなかった。

 結果として、使い道のない洗剤を抱えることになった。



 ◇



 私は、父と母のことを大学の友人に相談した。

 そのときの私は、マルチ商法については知らなかった。

 知っていたら、相談なんてせずに自分の身で処理するべきだったとわかったのに。



「ねえ、ちょっと待ってよ!話を聞いて!」

「ごめん、ちょっと用事があるから、さ」



 それから一週間と経たぬうちに、私はすべての友人を失った・・・

 元々バイト漬けであまり付き合いの良くない私はあまり人から好かれていなかった。



 加えて、母に影響を受けてしまったのか、私はファッションに凝る癖があった。

 お金に余裕がないはずなのに、美容院に行ったりしていたし、安い服をいいように見せるような着こなし方を必死で学んでいた。

 その結果、私を内心でよく思わない人もいた。

 そして、今回のマルチ商法がとどめになり、私は大学内のすべての友人から縁を切られた。

 噂は、大学にとどまらず、中学や高校の同級生とも縁を切られていった。

 中には、ご丁寧にわざわざ電話をかけてきて、暴言を吐いてから絶縁してくる人もいた。

 頼んでないのに。

 思えば、父も母も見た目だけは気を使っており、一見すれば家計に余裕があるように見えていただろう。

 だから、傍から見ればファッションに気を遣う余裕がありながら、なぜかバイトしている付き合いの悪い人間に見えたのかもしれない。



 私は、結局一人暮らしを始めた。

 追加で洗剤を売りつけてくる両親が、疎ましかったからだ。

 そのせいで友達を失ったのに、という思いもあった。



 洗剤を使うことにした。

 誰かに売れる気はしなかったし、売ろうとも思わなかった。

 安物の服は、縫製が甘く、色も落ちやすい。

 買った時と比べて少し崩れた服を見てため息をつきながら、私はひとつずつ畳んでいった。


 


 ◇



 その時に、私には理解できないことだらけだった。

 友人が、どうして縁を切ってしまったのか。

 家族が、どうして変わってしまったのか。

 まったくわからなかったし、理不尽だとも思った。

 けれど、一つだけ確かなことがある。

 大学で孤立して、就職活動もあまりうまくいかず。

 家族との関係も悪化して。

 さらには、両親がマルチにはまったことで親戚からも完全に見限られて。

 居場所が欲しい・・・・・・・な、と私は強く思った。



 そう思ったまま、大学を卒業して。

 あの人・・・に出会った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る