第43話『最後の凸者』

「はいどうも、今日来た人の中で、ただ一人絵柄が違う女、金野ナルキです」

「はい、今日は来てくださってありがとうございます」




 しろさんが、配信画面上から羽多さんの画像を外し、金髪で豊満な体型のメイドを永眠しろさんの立ち絵の隣に置く。

 しろさんも大きいけど、これはとんでもないな。

 四つの宝玉が画面上で存在を主張している。

 凸待ちASMR、最後の凸者は金野ナルキさんである。

 しろさんのファンからすると、結構おなじみではあるね。

 正直一番頻繁にコラボしているからね。



【うおおおおおおおおおお!】

【知ってた】

【いつもの人だ】

【ナルキちゃん来た!】



 うん、なんだかんだとしろさん結局ナルキさんとがるる家以外ではまだコラボしてないからね。

 裏で色々やり取りをしている人はいるけど、まだ表に出せる段階ではないし。

 一応、初対面として凸待ちに呼んでもよかったのだけれど、それは向こう側から丁重に断られた。

 あと、しろさんも躊躇ってた。

まあ、距離がある以上仕方がないことともいえる。

 なので、ナルキさんはただ一人、がるる家以外でこの凸待ちにこれた人ということになる。



「いや気まずいよ。家族団らんに押し掛けた部外者みたいになってない?」

「……すみません。元々、ナルキさんをトップバッターにするつもりだったんですけど……スケジュールが合わなくて」

「いやまあ、それに関しては私も悪かったよ。さっきまで配信してたばっかりだし。まあもう終わったけど」

「確か、部屋紹介の配信でしたっけ」



 以前、彼女の口から聞いていた。

 ナルキさんは、視聴者参加型の部屋紹介企画を行っていた。

 SNSのハッシュタグ、#金野ナルキで視聴者に自身の部屋の写真を投稿してもらい、それをナルキさんが精査する。

 そして、個人情報や卑猥な画像、著作権を侵害するようなものなどが写っていないことを確認したのち、画像をピックアップする。

 そして、配信上で画像を写しだし、紹介していく。

 Vtuberに限らず、配信者が度々行うファンと交流するための手法の一環である。

 さらに、これも通話で聞いた話だが、今回ナルキさんはオチとして自身の部屋も公開したようだ。

 具体的にどんな部屋なのかは見ていないが……まああまり興味を持つべきものでもない気がする。

 どうして興味を持つべきではないのかを正確に言うと、しろさんの反応が怖い。



「まあでも、結局こうやって凸待ち配信ができるのはナルキさんのおかげですからね」

「お?どうしたのさ急に」

「いやだって、本当のことじゃないですか」

「いやいや、それはしろちゃんと、その周りの人たちの力でしょ」

「それはそうかもしれませんけど、ナルキさんだってその中の一人ですよ、友達で、仕事仲間です」

「……それだけ?」

「それだけって」

「というのは」

「ああいや、なんでもないよ」

【おっ、てぇてぇか?】

【つまり友達のままじゃいやってこと?】

【告白じゃん、これもう】



 どうやら、視聴者は

 もしかすると、ナルキさんもエンタメとして恋愛的な雰囲気を匂わせようとしているのかもしれない。

 いや、それは違う。

 ただの勘だが、元職場の同僚として、あるいはVtuber金野ナルキと直接対面したものとして。

 彼女の先程の言動は、エンタメや冗談ではない、何かしらの意味がこもった言葉であったはずだと。

 だが、これをしろさんに伝えても逆に混乱を招く可能性がある。

 何しろ、あくまで勘は勘に過ぎないし、そもそも顔を合わせていない状態では表情や呼吸などのデータが足りず、勘の精度が十分ではない。

 だから、ここはあえて反応せずに


「まあ、しろちゃんのことは好きだよ」

「ええ、私も好きですよ、ナルキさんのこと」

「守銭奴とか言ってたってコメントに書いてあるけど」

「あっ」

【あっ】

【おいおいおいおい】



 おっと、私が知らないところで雲行きが怪しくなってませんか?

 まあ確かにそんなこと言ってたような気もするね。



「いや、まあ言いましたね」

「ふーん、まあ全然いいけどね?私としては全然いいんですけどね?事実だし」

【事実は草】

【雑談配信でもずっと金の話してるからね。仕方ないね】

【FXとか仮想通貨の話を配信でするの、こいつとがるる先生だけでしょ】


「やっぱりさあ、お金がないよりはあった方はいいわけじゃん?」

「それはそうですね」



 しろさんの機材も、Vtuberとしてのアバターも、お金がなくては手に入らないものだからね。

 私も、正直お金を得ること、得ようとすることが悪いとは思わない。

 ただ、人の上に立ち、踏みつけて搾取する人たちが気に入らないだけで。



「お金があれば、たいていのものは手に入るし、失ったものを取り戻すこともできるからね」

「若さ、とかですか?」

「そうそう、アンチエイジングでね……って誰が年増だって?うん?」

【おいおいおいおい終わったなしろちゃん】

【言うほど年齢差なさそうだけどな。アニメの趣味的に】

【コラボを増やすごとに、キレが増していってない?】



 しろさん、年齢はまずいですよ。

 まあ、お互いプロレスとして小突き合っているだけなんだけども。

 というか失ったものって何だろう。

 質屋に大事なものを預けてたとかかな?

 全然ありえそうだけど。

 私はそもそも預けるものすらなかったからなあ。

 思えば昔から家にはあまり私の所有物がなかった気がする。

 でも普通はそんなものだと思うけどね。

 貧乏人が、実は金になるようなものを持っているケースなんてレア中のレアだろう。



 ともあれ、会話デッキすらいらないほどに二人はノリノリで会話を続けている。

 無理もない。

 幾度となくコラボをしているだけではなく、裏でもたわいない会話をしている。

 今この瞬間もそうだ。



「しかしもう半年ぐらいになるんだよね」

「そうですね。いきなりDMが来たときは本当にびっくりしました」

「こちらこそ、受けてもらえるとは思ってなかったよー。ダメもとで誘ってたからさ。ぶっちゃけ」

「まあ、企画って断られるのも仕事の内って言いますもんね」



 今迄のことを振り返ったり。



「ASMRオフコラボはまたやりたいんですよね。大好評でしたし」

「それはそうだねー。今度は私のチャンネルでもやらない?二回行動で」

「めちゃくちゃハードそうですね……。でも面白そうです」



 今後、やりたいことを話して。



「最近『天域麻雀』やってる?」

「裏でたまにやりますけど、全然勝てないですね」

「まあツキがない日はダメだからねー」

「一回負けたらもうその日は打たないようにしてますね」

「おっ、それいいじゃん、私も真似しようかな」




 お互いの趣味の話をして。

 きっと、二人がプライベートでは話すことと何も違いはなくて。

 本当に、良かったと思った。

 しろさんに、こんな存在ができたことが嬉しかった。



「そういえばさあ、セリフリクエストがあるんだよね?」

「ええ……チャットに書き込んでいただけると――」



 雑談が佳境に入り。

 いよいよセリフリクエストをしようかという時に。



【よくもまあ、こんなところで配信できるよな】

『……うん?』

「へ?」



 ふと、とあるコメントが目に留まった。

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