第42話『長女』

 凸待ちASMR配信が進み、いよいよ四人目。

 視聴者も、おおよそ次に誰が来るのか予想は出来ていた。

 そもそも、候補がもう二人しか残っていないのだから仕方がない話ではある。



「どうも、がるる家長女の天使羽多あまつかうたです。しろちゃん、一周年おめでとう」

「ありがとうございます、先生」



 次女、三女に続くのは、羽多さん。

 桃色のロングヘアの天使で、立ち絵は聖女のようにおっとりとした雰囲気を醸し出している。

 がるる家長女にして、登録者数は百万オーバー。

 登録者数がすべてではないが、他の四人に比べても圧倒的な人気を誇っているのは事実だ。

 メインコンテンツは、歌であり、しろさんのボイトレの師匠でもある。



「さっきはごめんね、うちの妹が粗相をして」

「いえいえ、うちの姉でもあるので、申し訳ありません」

【謝ってて草】

【ラーフェは本当にさあ】

【しろちゃんも謝ってるの笑うんだが】



 粗相ねえ、本当に前の人がずっと垂れ流しだった気がするけどね。

 本当に、マジであの人は怒られた方がいいと思うよ。



「会話デッキとかある?」

「あ、はい。『お互いの長所と短所』とかどうでしょうか?」

「お、いいねえ」



 しろさんは、さっきとは違うお題を選択。

 まあ、別にトークデッキに頼る必要もないと思うのだが。

 話したいことも、彼女とは特に色々あるだろうし。



「私から話していいかな?」

「あ、はいどうぞ」

「まず、しろちゃんの長所はね……」



【長所はいくらでもありそうだけど】

【短所って何だろう】

【まあ改善点ってことならあるかもしれない】


「長所は何といってもASMRだよね。私も寝る前に時々聞いてるよ。本当に、最近デビューしたばかりの子だとは思えないよ」

「そ、そうなんですか」



 羽多さんも聞いていたのか。

 がるる家、全員しろさんのASMR聞いている説がありますねこれは。

 しろさんのASMRは最高だからね。

 仕方ないね。



「まあでも、私一人の実力とかでは全然ないですからね」



 そうだろうか。

 まあ、氷室さんたちのサポートや、実家の金銭的援助、さらにはナルキさんの指導があったということは事実である。

 だが、決して永眠しろさんがそれだけで成立するわけもない。

 むしろ。

 比率でいってしまえば、彼女の才覚と努力、そして彼女の意思が大半だと思う。

 そもそも活動を始めたきっかけ自体、彼女の決意と信念に端を発するのだから。



「いやいや、実際に頑張ってるのはしろちゃんじゃん。私は、しろちゃんみたいにクオリティの高いASMRは出来てないからさ」



 うんうん、そうだよね。

 よくわかっているよ、羽多さん。



「いえいえ、羽多さんのASMRも聞かせていただいてますよ?勉強になってます」

「ええ、そうなんだ。結構いろんな人のASMR見てるんだ?」

「一番聞いてるのは、ナルキさんですね。他にもいろんな人のを聞いてますけど」

「ああ、金野ナルキさんだっけ、どんな人なの?」



 そういえば、ナルキさんとがるる家の皆さんは絡みなかったんだっけ。

 二人とも、結構コラボをしているイメージだが。

 まあ、そういうこともあるのかもしれない。

 Vtuberの数自体が多いしね。

 ともあれ、ナルキさんに羽多さんが興味を持ったのならそれはいいことだ。

 いずれは、しろさんと三人で何かしらのコラボができるかもしれない。



「うーん、守銭奴で、あとASMRの技術がすごくて、やたら距離が近くて、仕事に対しては丁寧な人です」

「褒めてるのか貶してるのかわからないね……」

「悪い人ではないので、話してみてもいいんじゃないですか?」

「そうだねー。私もたまにASMRはやるけど、教えを乞うてもいいのかな」

「いいんじゃないですか?ナルキさんも喜んでくれると思いますよ」



 ナルキさん、ASMRの技術もすごいけど、一番はしろさんも含めて色々な人と絡んだりできるフットワークの軽さが強みだからね。



「そういえば、短所は何かあったりしますか?」

「うーん」


 短所、ねえ。

 別に、なくてもいい項目ではあるけどね。

 とりあえず、私には思いつかない。

 いつだって最高だと思っているからね。



「短所、というか直して欲しいところは、距離感かな?」

「……近すぎますか?」

「んー、逆だね。むしろ、ちょっと遠いきがする」

『「あー」』



 がるる先生にも指摘されてたしね、それ。

 流石は、親子というべきか。

 確かにずっと敬語だし、家族というには距離が遠いと思う。

 というか、ボイトレの先生というのが染みついてしまっていることもあるのか、がるる先生とかと比べても距離を置いてしまっている気もする。

 ……これでも、かなり改善された方なんだけどね。

 


「普通にため口でいいし、何ならお姉ちゃんにするような態度でもいいと思うんだよ?」

「か、考えさせてください」



 ゲーミングチェアに座っているしろさんの鳶色の瞳と、画面に映っているLIVE2Dのオッドアイが泳いでいる。

 まあ、まだ時間が必要かもね。

 知り合ってからまだ半年たってないし。

 でもじわじわと距離は縮まっているんだよね。

 最初なんて、がちがちで、会話も困難だったから。

 今はむしろ打ち解けている。

 初コラボ相手であるナルキさんと、がるる家のメンバーにはしろさんは心を許しかけていた。

 話題は、羽多さんの長所と短所に移っていた。

 


「長所は、なんといっても歌、ですよね。本当にうますぎます」

「あはは、それほどでもあるよ。歌には本当に自信があるからさ」



 羽多さんは基本的に温和で、優しい人だと思う。

 表でも、裏でも大差ない。

 心優しいだけの、普通の人に見える。

 ただ、歌になると雰囲気が変わる。

 『天使の歌声』と言われる、美しく深い歌は、数多の人々を魅了してきた。

 しろさんがASMRのスペシャリストならば、羽多さんは歌配信のスペシャリストなのだ。

 


「逆に直して欲しいところは……ないですね?」

「待って、私が悪い人みたいじゃん?」



 しろさん、それだと改善点を指摘した人が悪みたいになっちゃうんだよね。



 ◇



 その後も、歌について話したり、お互い好きな漫画について話したりして大いに盛り上がった。

 ちなみに、羽多さんは少女漫画が好きらしい。

 ちなみに、しろさんはあんまり読まない。

 私が読んでないからね。



「最後に、セリフリクエストをお願いします」

「せっかくなんで、ため口を使ってほしいんだよね」



 少し、悩んでいた彼女は顔を上げて。



「よし、じゃあこうしよう」



 そういって、何事かカタカタと打ち込んでいた。

 パソコンの画面に表示された文章を見て、しろさんが固まる。




「これ、読むんですか?」

「うん、お願いします」

「そうですか……」



 しろさんは、ため息を一つ吐くと、声を少しだけ低くする。





「俺の前では、素直になれよ。お前は、俺の女なんだからな」





 いつもより、声が一段と低い。

 所謂イケボである。

 まあ、これはこれで悪くないね。

 しろさんは恥ずかしそうに、形の良い耳を真っ赤にしているけど。

 可愛いなあ。

 


【これはこれでいいな】

【新しい何かに目覚めそうだ】

「んはー。ありがとうございましたー」

「あのちょっと待ってください。ため口ってこんなの聞いてないというか、ちょっと!」




 通話は切れた。

 羽多さん、ちょっと逃げましたね。



「さて、最後に一人だけ、サーバーに来てくださっている方がいるので、お呼びしていきましょう。大丈夫でしょうか?」



【一体誰やろなあ】

【あと一人しか残ってないんだよなあ】

【一体どこの金髪メイドなんだ】




 しろさんは、最後の一人を呼ぶために、再びパソコンを操作し始めた。

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