第44話『金色の炎』
その言葉は、この心温まる瞬間において、明らかに無用で不要で。
すぐさま、モデレーターであるメイドさんの誰かがブロックした。
だが、同様のコメントがパラパラと混じってくる。
【最悪】
【もう、二度と配信しないでほしい】
【本当によくこんなところに来れるよな】
『
「……え?」
語気が強くて、明らかに人を傷つけるためのコメント。
間違いなく、誹謗中傷であり、メイドさんたちによってBANされていくのも当然だ。
そして、コメントしている者達は見たことがない名前だった。
普段配信を観ている者達が苦言を呈しているわけではない。
所謂、荒らしと呼ばれる行為、そして者たち。
これは、
炎上。
炎上とは、元々物理的な火が燃え上がるものだった。
また、寺社仏閣などの大きな建造物が燃えあがることを示しているらしい。
そこから転じて、インターネット用語においてはインターネット上に批判的なコメントが集中し、閲覧・管理機能が損なわれてしまう状態を火災にたとえた表現である。著名人のサイトでの発言やマスコミ報道などがきっかけとなり、炎上状態になることが多い。
心理的なもののみならず、経済的な損害さえもが発生しうる。
元々は、相手を激昂させるための文章をインターネット上に発するというフレーミングという言葉に由来しているらしい。
さて、この状況はまちがいなく炎上に当てはまる。
何しろ、コメントが荒れすぎて、二人とも話せなくなっているし、ファンたちも配信のいい雰囲気を壊されたことで怒り、荒れている。
私は、しろさんが配信するのを隣で見るし、エゴサーチをするのを見ている。
だから、こうやって荒らしている人間たちがしろさんのファンではないと思う。
だが、ありえない話ではない。
何が原因で炎上するかなんてわからない。
しろさんが何か悪いことをしていなくても、悪い受け取られ方や切り取られかたをされれば炎上することもある。
元々、Vtuberはマイノリティだった時期からはじまり、炎上しやすい文化ではあった。
だからしろさんが炎上をしたとしても不思議ではないが、
だが、違和感を覚えたのはそこではない。
むしろ、私が感じたのは。
この悪意は、本当にしろさんに向けられたものなのかということ。
多分、これは炎上しているのは決してしろさんではなくて。
「え?」
「え?」
多分、
ナルキさんと、しろさんが声を出したのは、悪意からではないコメントがあるのを見たからだ。
【ナルキちゃん!今すぐSNSをチェックして!】
よくコラボしていると、相手の配信を観ることも自然と多くなる。
そのため、私もしろさんもナルキさんの配信はよく見ていたし、良くコメントを書き込む常連さんたちの名前やアイコンも自然と覚えてしまっていた。
だから、わかる。
今、悲鳴のようなコメントを書き込んだのは間違いなくナルキさんの熱心なファンだ。
断じて、荒らしや捨てアカの類ではない。
「こ、れ、は」
音声だけでもわかる。
ナルキさんが、明らかに動揺していた。
コメントが荒れていることに、彼女が燃えていることに気付いたのか。
あるいは、その原因にまで思い当たる部分があったのか。
「ごめん。今日は、通話切るね」
「え、ちょっちょっと待って!」
『しろさん!落ち着いてください!』
想定外の事態で、声を荒らげかけたしろさんに対して、あわてて制止をかける。
ふらふらと、椅子に座り込んだしろさんを見て、わたしははじめてしろさんがいつの間にか立ち上がっていたことに気付いた。
どうやら、私も冷静ではなかったようだね。
しかし、一体何があったのやら。
いや、今は気にしている場合ではない。
今やるべきは、ついてしまった傷をなるべく浅くすることだ。
『とりあえず、配信を切ってください』
「あ、ああ、そうだね。皆さん、今日は来てくださってありがとうございました。配信はこれで終わりにします。スーパーチャットなどは後日読ませていただきます。お疲れさまでした」
コラボ配信などでは使っていた終わりの挨拶すらまともに使わないまま、しろさんの配信は終わった。
半年記念とは異なり、多くの人を巻き込んだ配信は。
大きな波乱を抱えたまま、終わった。
【これ何?大丈夫だよね?】
【逃げるのか卑怯者!この場で何があったのか説明しろ!】
【今見てきたけど、これまずいかもなあ。しろちゃんまで飛び火しなければいいけど】
【後味悪いなあ……。なんというか、最後の最後で邪魔が入った気分】
配信が終わった後、しろさんはいつになく青い顔だった。
今まではランナーズハイ、あるいはライバーズハイというやつだろうか。
疲れているはずなのだが、高揚感を得て、つやつやした明るい顔つきをしていることが多い。
それは、大なり小なり配信が成功したからだろう。
だが今回の配信は、成功したとは言い難い。
しかも、特に彼女が何かをやらかしたのではなくて、巻き込まれたのだ。
「ごめん。取り乱した」
『いえ、大丈夫ですよ。それに、すぐに冷静になったじゃないですか、立派なものです』
本心から、文乃さんを賞賛する。
確実に、彼女は成長している。
それこそ、突発的な異常にも、私の言葉一つで最善の対応をして見せた。
以前よりも、コラボを通してアドリブ力の無さが克服されているのではないだろうか。
だが、その彼女をして今回の一件には対応しきれなかった。
「一体、何があったのかな?」
『とりあえず、SNSで調べてみるのが一番早いと思います』
SNSで調べ物をするのは愚かだ、と言ったのは誰だったか。
それ自体は、私も同意見だが何事にも例外はある。
特定のVtuberについて知りたかったら、SNSで検索していくのが一番簡単だ。
「うん、そうだね」
そういうしろさんの声は、震えていた。
彼女の小さくて細い体も、震えていた。
「ねえ」
『何でしょうか』
「ナルキさんは、大丈夫だよね?」
『…………』
言葉が、出てこなかった。
安易な慰めをすることだってできる。けれど、それはするべきではないし、したくない。
私は、彼女にだけは嘘を吐くべきではないと、そう考えているから。
『少なくとも、今あなたがすべきことは情報を集めることです。それがナルキさんを助けることにもつながると思います』
「そっか、そうだよね」
果たして、そんな私の言葉にどれほどの意味があったのだろうか。
文乃さんは、暗く沈んだ面持ちのまま、SNSでナルキさんについて検索を始めた。
そこには―。
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