第33話『歌に決意と優しさを乗せて』

永眠しろさんは、『がるる家歌リレー』の三番手。

 注目を集めがちな、一番手や大トリは末娘であるしろさんには荷が重い。

 なので、中途半端な三番目が一番適切だという判断だった。



「じゃあ、行って来るよ」

『はい、行ってらっしゃい』



 互いに掛け合う言葉はいつも通り。

 配信前には、毎回行われるやり取りだ。

 だが、少しだけ違うところがある。



 文乃さんは、立ったまま、いつもより高い位置にセットされたスタンドマイクと向き合っている。

 マイクには、声優さんが収録に使うようなカバーが取り付けられている。

 以前行った歌枠でも、同様の機材を使っている。

 機材がどういう効果を有しているのかは、わからない部分も多い。

 歌ということで、マイク以外も普段とは違う機材が使われているみたい。

 多分だけど、詳細はしろさん自身もよくわかってない。

 Vtuberで部屋を紹介する配信とかやってる人いるらしいけど、しろさんは無理だろうな。

 本人が、おかれている機材が何か、どういう効果があるのかわかってないんだもん。

 そういえばナルキさんが、今度部屋紹介やるとか言ってたっけ。

 いや、今はそんなこと考えてる場合じゃないな。



 私は、机の後ろにあるベッドの上に置かれている。

 歌うための措置だ。

 機材の関係上、ここに置くしかなかったらしい。

 まあ、広報腕組み彼氏面をさせてもらいましょう。

 腕ないけど。

 ヘッドホンをつけて、配信開始のボタンを押した時点で、もう私にできるのは見守ることだけだ。

 だからこそ、全身全霊でしろさんを見届け、彼女の歌を聞かなくてはならない。


 喉スプレーをシュッ、と吹き出す音がして。

 カチカチと、パソコンを操作する音が響く。



 配信が開始すると同時に、彼女は歌い出した。



「~♪」




 しろさんが、最初に歌い出したのはとあるアニメのオープニングテーマだった。

 異世界に召喚された不登校の高校生が、自身の死を起点に時間をさかのぼるという能力を駆使してもたらされた悲劇をやり直し、覆すという物語である。

 「鬱展開」と称されるグロテスクかつショッキングな悲劇と、悲劇を引き起こした、「死に戻り」の力を駆使してもなお打破が困難な強敵。

 そしてその後敵を討ち取り、ハッピーエンドをつかみ取る。

 そんなカタルシスが、私もしろさんも好きで複数回観ていた。

 私も彼女も、辛い思いをしたうえで幸せな今があるから、なおさら。



 自身の能力で、あるいは他人を巻き込んで。

 出来る全てを出し尽くして、救いたいものを救う。

 その在り様は、どこかしろさんに似ている。



 だから、きっとしろさんはこの曲を選んだ。

 ずっと見てくれている人に。

 時折、顔を出してくれる人に。

 そして、初めて彼女を見る人に。



 永眠しろとは、どういう人かを伝えるために。

 どういう意思を持ってこのリレーに参加しているのか。

 今まで何をしてきたのか。

 



 コメント欄も、そんな彼女の意思を理解しているわけではないだろうが、大盛り上がりだった。



【うおおおおおおおおおおお!】

【きちゃ!】

【めちゃくちゃカッコいい】

【こんばんは!初見です!】

【ラーフェの枠から来ました!】




 見に来た人の多くは、どうやらこの歌リレーでほとんどはじめてしろさんを目にする、他のがるる家メンバーのファンではないのかと推測できる。

 同接も、普段の配信とは比べ物にならない。

 まあこれでも、かなり少ない方ではある。

 トップバッターの羽多さんと比較すると、半分以下まで落ちてるし。

 とはいえ、それでも半分近い人は『がるる家』の一員としてしろさんを応援してくれている。

 きっと、前二人の誘導が大きいのだろう。

 それを活かせるかどうかは、しろさん次第だ。



「こんばんは!初めて来てくださった方ははじめまして!そうでない人は今日も来てくれてありがとう!永眠しろです!今日は、『がるる家歌リレー』三番手を務めさせていただいてます!よろしくお願いします」



 歌が終わると、しろさんは顔を上気させたまま自己紹介とあいさつをする。

 視聴者も、コメントを書き込むことで答える。



【こんばんは!】

【チャンネル登録しました!】

【歌めちゃくちゃうまいじゃん】

【裏声良すぎい!】



 しろさんの歌に対するコメントの反応も上々。

 じわりじわりと、同接や高評価の数も増えている。



 しろさんの歌唱力と、美しい画面ゆえだね。

 氷室さんと雷土さんがこの時のためだけに作った、黒をベースとした

 この配信画面は、彼女専用のライブハウスである。

 




「~♪」



 しろさんが次に歌うのは、落語の「死神」をモチーフにした音楽である。

 男性が歌うことを前提とした曲だが、キーを動かせば女性でも歌えないわけではない。

 落語の「死神」における主人公は、筋金入りのろくでなしであり、それゆえか歌詞は自虐的であり、イントネーションも吐き捨てるような物言いが大半である。

 最初の曲もそうだが、普段の雑談配信とは声の出し方が違う。

 普段が、地声に近く、むしろ可愛らしい声を出し続けている一方で、今歌っている時はむしろカッコいい、少し低い声で歌い続けている。

 このいわゆる裏声を使った歌い方の会得が、特に難しかったらしい。

 

 


 どちらがいい、悪いという話ではない。

 どちらも必要な要素であり、しろさんが努力の末に手に入れた技術だ。

 



【全部の曲で死をモチーフにしてる?】

【何で?】

【死神だからじゃない?】

【だとしたらすごい!】




 お、コメント欄でも、正解を導き出した名探偵さんがいるね。

 実際、今回しろさんが歌う曲はすべて「死」に関係する曲だ。

 理由は、これもまたコメント欄で当てられている通りだ。

 視聴者がどの程度、しろさんが死神であるという事実を重く見ているかはわからない。

 女子高生死神を名乗っていることもあって、視聴者の多くはむしろ女子高生という属性にばかり目を向けがちな印象がある。

 

 

 だが、死神という属性はしろさんにとって、あるいは早音文乃さんにとって非常の重い意味を持つ。

 「死」という概念も、だ。

 永眠しろさんというVtuberは、一年近く前に文乃さんがいじめを苦にして自殺をしようとしたことが発端だ。

 私を死なせてしまったという罪悪感から、私が好きだったVtuberになることで、誰かを救おうと考えた。

 傷ついた心を癒して、人を助けるための手を伸ばして、誰かの生きる理由になること。

 それが永眠しろさんの方針だから。



 「死神」を名乗っているのは、私を死なせてしまったということを忘れないための戒めだ。

 


 私は、私自身の死に納得しているし、責める気持ちは当然ない。

 だから、罪悪感など感じる必要もないが……それですべてがなかったことにはならない。

 罪悪感が無用のものだったとしても、そこから生まれたしろさんの決意・・・・・・・・・・・・・・・はなかったことにはならないからだ。



 二曲目が歌い終わると、しろさんが再び話し始める。



「コメントでも、言ってる人がいましたけど、今日歌うのは全部『死』がモチーフの曲です。死神系女子高生、永眠しろをよろしくお願いいたします!」



 

 自分が何者か、何をしてきたのか、何をしようとしているのか。

 話せないことも、もちろんある。

 けれど、彼女は言葉で、歌で、視聴者に伝える。

 視聴者に楽しんで欲しいと、癒されて欲しいと、そのためになら全力を尽くすと。

 それはきっと、歌を聞く人たちに伝わっている。

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