第34話『生きろ』

 歌リレー配信は、つつがなく進行していった。

 死をテーマにしたアニソンや、ボカロソングを歌った。

 比較的音程が高い曲が多く、ほとんどしろさんは原キーで歌っている。

 


 ただ歌うだけではない。

 曲の合間には、選曲に関する思い出を語る。

 アニソンだと、アニメに関するエピソードを語ることになる。

 すべて、そのアニメが好きゆえに選んだアニソンであり、アニソンを歌った後はそのアニメの話になる。

 大昔には、アニソンがアニメの主題にそぐわなかったという事例もあるようだが最近は違う。

 きちんと作品の世界観に寄り添ったものが多い。

 中には、後の展開を示唆するような歌詞もあったりと、考察が捗ったりもする。

 ボカロ曲もそうだ。

 この場合は、曲を作ったボカロPや、あるいは曲そのものについて語ることになる。

 ボーカロイドを使って作曲をする人のことを、いわゆるボカロPと呼ぶ。

 このボカロPだが、作った曲が一曲だけということは滅多にない。

 なので同じボカロPが作った曲や、曲を元にしてできた小説なども好きで楽しんでいることを語った。

 もちろん、歌った曲の感想を話すこともある。

 まあ、あまりアニメやコンテンツについて語りすぎると、歌う時間が無くなるのでほどほどにしなくてはならないが。

 ともあれ、しろさんの配信を初めてみる人は、普段しろさんがどういう配信をしているかというその一端を垣間見ることになったはずだ。



「小説版を見ると、歌詞の解釈も変わるんだよね。ああ、こういう意味があるのかっていう風に思えて、点と点が線でつながるんだ。逆に、小説から入った人は、曲を聞いた時にきっとたくさんある点を見る中で、線というストーリーを追憶できると思うんだよね。どっちの楽しみ方もありだと思う」



【すげえ。結構早口なのに、ちゃんと聞き取れる】

【活舌のいい早口オタクじゃん】

【すごいだろ、みんな。これ、普段の雑談配信ほとんどこんな感じなんだぜ】

【理路整然と話してくれるのもあって、聞き取りやすいよな】

【今確認したけど、だいたい雑談配信に時間あるんだが、本当にこんな感じなの?】




 そして、レッスンをしてくれた羽多さんへの謝辞。

 何度も言うのはくどいと思ったのか、最後から二番目の曲を歌い終わった時に語り始めた。

 元々、歌はあまり上手ではないこと。

 それを知って、羽多さんは歌リレーのためにボイトレを施してくれたこと。

 当日、緊張していたが、羽多さんの歌を聞いたことで、感動のあまり一周回って緊張がほぐれたこと。


 他のがるる家のメンバーにも、感謝していることも。



「何の後ろ盾も実績もない私に、体を与えてくれたがるる先生に、まだまだ数字が小さい私に対して気さくに接してくれたお姉さま方に、そしてこの『歌リレー』に誘ってくださった四人に、本当に感謝しています」



 その言葉だけで、全てが納得したわけでもないだろう。

 がるる家ファンの中にいるらしい、しろさんのアンチはこれでもなおしろさんを忌み子として疎み続けるかもしれない。

 それでも、聞く意思があって、しろさんのことを見て判断する心がある人には、伝わるはずだ。

 彼らの大部分は、純粋にがるる家が好きで、しろさんはがるる家のメンバーなのだから。



「じゃあ、いよいよ最後の曲を歌おうと思います。これ、死というくくりで見ていいのかわからないんですけど、まあ死と生は表裏一体だと思うので、ありだと思います」




 彼女が選択したのは、とあるボカロPが作った曲。

 命が失われていくことを、救えない命があることを、命を大切にというのが綺麗ごとでしかないという矛盾をたたきつけてくるような曲だった。

 けれど、曲が伝えたいのはそんなことではなくて。

 辛いことがあっても、くじけそうになっても。

 いつ死ぬともわからない、はかない命だとしても。

 必死にあがいて、不幸を抱えて。



 それでも、生きろと。




「ーー今日は来てくださってありがとうございました。この後、マオ様の配信がありますので、良ければそちらに移動してください」




 後良ければ、チャンネル登録、高評価よろしくお願いします。

 そういって、しろさんはこの配信を締めくくった。



【おつねむ―。最高だった】

【こういう大型イベントに参加してくれてありがとう!】

【¥2000 ごめん、正直あんたのこと嫌いだった。今は、応援してる!】

【チャンネル登録した】

【歌リレー終わったら、雑談配信だけでも見ておこうかな】

【¥400 今日の配信でまたしばらく『生きる』力がもらえたよ。有難う】

【最高の歌だった!】




 コメント欄の反応は様々だ。

 ねぎらうもの、称えるもの、謝るもの、感謝するもの。

 ほぼすべてが、彼女に対する好意で満ちていた。

 


『お疲れさまでした』

「うん、ありがとう」




 そういいつつも、しろさんはパソコンをカタカタと操作していた。

 多分、SNSへの書き込みかな。

 次の人への誘導も兼ねているからね。

 リレー企画である以上、自分の出番が終わったからハイ終了、とはならないのだ。

 あと、他の人の配信を観てリアクションを取らなかったりしても叩かれる。

 かなり疲弊しているはずだが、それでも机の前から動かないのはそれが理由だろう。

 


『大丈夫ですか?いったんベッドで休んだ方が……』

「ううん、ベッドに今行くと絶対寝ちゃうからダメ」

『ですが』

「それに、やっぱり他の人の配信もリアルタイムで観たいんだ。忖度とかじゃなくて、純粋に」

『わかりました』


 

 彼女が、自分の意志をはっきりといった以上、私ではもう止められない。

 だって、パソコンから目を離して、こちらに顔を向けた彼女の表情は、とても生き生きとしているから。

 生きている人の、目だから。



『…………』



 生きるとは何だろう。

 私はもうすでに生きていない。

 そういう風に解釈している。

 血液を循環させる心臓はなく、電気信号によって体を制御する脳は存在せず、そもそも動かすべき体がない。

 あるのは、魂と、視覚と聴覚だけ。

 存在はしているけれど、生きてはいない。



 けれど、たぶん文乃さんの解釈は違う。

 生前の私が死んだ日を、誕生日だと言ってくれた。

 友達であると、相棒であるといい、苦楽を共にしてきた。

 きっと彼女にとって、私は人間なのだろう。

 では、私がすべきことは何だ。

 私のしたいことは、何だ。



『文乃さん』

「何?」

『私も見ていいですか?』

「え、ああ、ごめん!すぐにスペース開けるね!」




 文乃さんによってこじ開けられたスペースに移動されながら、私は考える。

 やはり、彼女とこうして何かを分かち合っている時、私は生きていることを感じられる。

 はじまった、四人目の歌配信を聞きながらそんなことを考えた。

 それはともかくとして。




『文乃さん』

「何?」

『この状態、まずくないですか?』

「え、そう?」

『いえ、何でもありません』



 文乃さんに抱きかかえられ・・・・・・・ながら配信を観ているのだが、吐息とか、胸とか色々と当たっているのだが。

 まあ、これが生きてるってことなのかもしれない。

 そう思考を放棄して、歌配信を聞くことに意識を裂くのだった。

 とくとくと、背後から聞こえる心音に意識を引かれながら。

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