第17話『ガチャを引きつつ己を語る』
「みなさん、こんばんは。今日は、麻雀ASMR配信をやっていこうと思うよ」
【きちゃ!】
【ナルキちゃんとのコラボで話題になったやつね!】
【麻雀かあ。コメントが荒れなきゃいいけど】
【ASMRだから大丈夫じゃない?】
【ゲーム系になるとASMR要素突っ込んでくるの好きよ】
【耳元で囁かれながら麻雀されるの、どういう感覚で見ればいいんだ……】
永眠しろさんが保有するコンテンツの一つとして、ゲームをしながらASMR配信をするというものがある。
世間には麻雀をゲームとして扱うことに違和感がある人もいるかもしれないが、『天域麻雀』はソーシャルゲームの一種なので、今回の麻雀ASMRもゲームASMRとカウントすることに何ら問題はない。
いつも通り、音量を絞ったゲームのBGMが響き、BGMよりはわずかに大きい囁き声が耳元で発される。
ここで、まず麻雀と『天域麻雀』の違いについて説明していこう。
一つ、世界観。
『天域麻雀』は文字通り、天域という場所に住まう天使たちが、争いを繰り広げているという設定だ。
そして、彼等彼女ら本気で戦うと、天域自体にも影響が出るほか、地球にさえも被害が出てしまう。
それを防ぐため、天使が人間であるプレイヤーの体に憑依し、麻雀で代理戦争をするという設定だ。
もちろん、現実ではプレイヤーが麻雀をしているだけなのだが、それはまあいい。
リアルで、そんなファンタジーな世界観で麻雀をすることはまずありえないだろう。
二つ、アシスト。
リアルの麻雀にはあり得ない、あがり牌やドラ牌の表示。
残り時間のカウントなど、とにかく至れり尽くせりである。
三つ、装飾。
麻雀とは直接関係ないキャラクター達が使えるのは言うまでもないが、雀卓や立直棒、牌などの見た目を装飾できる。
立直棒などは、アクセサリーとひとくくりに呼称される。
プレイヤーは、キャラクターである天使と契約する。
初期から契約している天使と、課金によるガチャを回すことで獲得しないと契約できない天使がいる。
そして、麻雀をしている時には彼女たちのボイスが流れたりする。
立直やツモ、ロンのみならず、ドラ牌を捨てた時や、ゲームに勝利した時など様々な場面でキャラごとに固有のセリフが設けられている。
一般的なゲームのキャラと違って、性能が変わるということや、特殊なスキルが獲得できるというわけでもない。
ゲームのキャラメイクやアバターの着せ替えに近いかもしれない。
見た目やキャラ愛を重視する人以外は、まず基本的にこだわらないポイントではある。
私は、そもそもこのゲームをやってはいなかったが、たぶんやっていても課金はしなかっただろうな。
ソシャゲとかにもお金使わないタイプだったし。
それ以上に、お金なかったし。
で、しろさん、文乃さんはどうなのかと言えば。
「うーん、キャラが一体も出ないんだけど……バグ?」
【最低保証で草】
【このゲームのガチャは、特殊な立直棒とかアクセサリーばっかりで、基本的にキャラは出てこないよ】
【目当ての子が欲しいとなると、間違いなく天井前提になるかなあ】
うん、しろさんはそういう人だよね。
しろさん、麻雀そっちのけでキャラクターなどが出るガチャを回している。
【金突っ込み過ぎで笑う】
【しろちゃんって結構浪費家なの?ガチャ狂い?】
「いや、ガチャを今までにやったことはないよ。課金とかって、人生初なんだよね。やり方がわからなかったから、人に聞いたよ」
因みに、課金について教えてくれたのは氷室さんだ。
やけにすらすらと教えてくれたんで、課金を結構しているのかもしれない。
少なくとも、『天域麻雀』のキャラクターについてかなり盛り上がっていた。
このゲーム、天井一回十万って聞いてたんだけど……。
文乃さんは、お金を電子化する方法すら知らないし、なんならU-TUBEからもらっている収益の管理方法もわかっていない。
そこら辺の管理は、メイドさんたちと、早音家専属の税理士とで行っているらしい。
彼女たちに任せきりにしているせいで、彼女も具体的な収入は把握していないのだとか。
閑話休題。
ともかく、この世界ではリアルマネーをつぎ込むことで、「天使の輪」と呼ばれるアイテムを購入できる。
そして、「天使の輪」を消費することによってはじめてガチャを回せるのだが。
うん、渋いね。
普通なら、最低保証として、何かしらキャラが出るはずだが、それすらない。
ここまで渋いのには理由がある。
この『天域麻雀』というゲームでは、別に新しくキャラをゲットする必要はない。
新しいキャラクターを得ても、それは一種の演出であり、麻雀そのものには何の影響も与えない。
通常のゲームキャラクターには性能差があるが、『天域麻雀』ではキャラクターを変更したところで手牌やツモが変化したりはしないのだ。
つまり、キャラクターを得るために回すガチャへの需要は他のゲームに比べてはるかに低い。
だから、渋くても問題がないのだ。
キャラクターが出なくても、ゲームをプレイするうえでは何の影響ももたらさないのだから。
「うーん、これさあ、全然でないんだけど、やっぱり壊れてるんじゃないの?」
【はいもう二十連】
【また最低保障か】
【今ので一万溶けたの怖すぎるだろ】
この『天域麻雀』は、一回五百円でガチャを回せる。
そして、二百回回すと天井と呼ばれるシステムによって、一体のキャラクターを選択できるようになる。
つまり、一体のキャラクターを得るためには最大で十万円を消費するということ。
「できれば、さっさと出したいんだけどね。さっさと出して、好きなキャラクターと一緒に麻雀を打ちたいよ」
「いやなんというか、お金を使うことに慣れてないんだよ。普段は、家の人が買ってくれたりするから。箏とか着物とか、パソコンとかマイクもそうだよ」
【しろちゃん本当にお嬢様なんだよな。ですわー、みたいなロールプレイとはまた違う、根がお嬢様】
そんなことを言っているあいだに、三十連。
まだ、キャラは出ない。
【ちなみに、どのキャラ狙ってるの?】
『天域麻雀』のキャラクターは、性能差こそないものの、外見や性格などはバラバラである。
唯一の共通項は、背中に羽が生えていることと、頭部に光輪がついていることだ。
可愛らしいロリキャラ、妖艶なお姉さん、ムキムキバキバキのマッチョメン、人の好さそうな顔をしたおじいさんなど、とにかくバリエーションが豊富だ。
「このキャラかなあ、やっぱり銀髪巨乳って最高だと思うの」
しろさんが、マウスのカーソルで指し示したのは、銀髪ロングの天使だった。
背は高く、すらりとした手足とくびれた胴体でありながら、出るところは出ている。
踊り子のような衣装を着ているせいで、今にもたわわな双丘が零れ落ちそうだ。
イラストであるため正確なことはわからないが、G、いやHといったところだろうか。
それにしても、わざわざVtuberとしての体を銀髪にするあたりもしかしてとは思っていたけどしろさん、やっぱり銀髪好きなんだね。
【唐突な自己紹介するじゃん】
【奇遇だな、オレもだ】
【しろの永民で、銀髪巨乳嫌いな奴いないだろ】
【自分と似たキャラで麻雀するのもいいかもね】
【このキャラ身長百七十センチ以上あるし、髪も長いから似ているかと言われると微妙だけどね】
「うーん、まあ身長はねえ。さすがに高校生にもなってこれ以上伸びるとは思えないし……。ちょっと話がそれるんだけどさ、身体測定、体重はともかく身長を測る意味あるのかって思っちゃうよね」
女子だとそうだよね。
男子は大学生でも伸びる人は伸びるけど。
あ、私も身長は中学生で止まったタイプです。
百六十五センチとかだったかな、最終的に。
結局、父親の背は抜けなかった。
体格で負けていなかったら、また違ったのだろか。
【身長はともかく、髪に関しては伸びる可能性あるよね】
【ロングバージョンも実装可能】
【結構Vtuberって髪型差分ある人いるよね】
コメント欄を見ると、しろさんのロングヘアバージョンに関心がある人が多いようで。
まあ、私もぶっちゃけ見たいけどね。
ボブカットが一番好きではあるんだけど
「ロングかあ、幼稚園くらいの時はしてたね。小学校に上がったタイミングでやめてしまったけれど」
おや、それは知らなかった。
昔の写真とか、見せてもらったことないもんね。
文乃さん、子供時代にいい思い出が少しでもあるのか怪しかったから、踏み込みづらかった。
【そうだったんだ。何か止めるきっかけとかあったの?】
【暑苦しかったとか?】
【髪洗うの面倒そうだしね】
「いや、同級生とかに髪掴まれて引きずり回されたりするようになってねえ、ロングなんてとてもじゃないけど出来る状態じゃなかったんだよね」
【ええ……】
【いじめじゃんかよ、最悪】
【そういえば、前に自分の声が嫌いって言ってたけど、もしかしてそれが原因?声優さんとかにはちょくちょくあるエピソードらしいけど】
『…………』
初めて、いじめに遭っていたことを明確にカミングアウトしたしろさんに対して、コメント欄は激しく動揺していた。
早音文乃さんが、どれほど酷いいじめを受けてきたのかは、私は彼女自身から聞いて知っている。
そんな私でも、彼女の口からいじめられたエピソードを聞くたびにいらだちと嫌悪を抑えられない。
ましてや初めていじめられていたことを知った、視聴者さんたちの動揺はかなりのものだと思う。
ただ、彼女の声に悲壮感のようなものはあまり感じられないのだけが救いだろうか。
いじめが彼女の転校によって、終了してすでに一年以上経過している。
それでも、彼女がいじめられた事実は変わらないし、それがいまだに彼女の中に根を下ろしていることも事実だ。
最近まで、人との接し方もまともにわかっていなかったことが、それを示している。
何しろ、私と出会うまで、ナルキさんと関わりだすまで自分から人に関わろうとすることはほとんどなかったんだよね。
自分の周囲にある人間がほぼすべて敵である以上、無理もないけど。
「まあでも、こうして配信で話せる程度には消化できたことという話でもあるからね。そこらへんは、君達や、近くで支えてくれる人たちのおかげだよ」
『~~っ!』
思わず、悶絶してしまった。
しろさんは、耳元で囁きながら私の頭をポンポン、と叩いた。
ただでさえ、顔の近くで、それこそ天使みたいなきれいな声で囁かれながら、頭をポンポンされるだけでもとんでもない破壊力だというのに。
彼女は、頭に触れることで、私に伝えているのだ。
誰よりも彼女の支えになっているのは、一体どこの誰なのか。
彼女の動作と、普段の言動と、ついでに私の勘が伝えてくれる事実が、涙がこぼれそうなほどに嬉しかった。
まあ、私涙腺とかないけど。
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