第18話『Death from Explosion』
無論、私だけの力だと、うぬぼれるつもりも毛頭ないが。
少なくとも、今画面の向こう側で見てくださっていたり、心配や励ましのコメントを書いてくださっている視聴者さんたちもまた、感謝すべき存在であると思う。
さっきしろさんも感謝していたけど、私からも感謝の言葉を送りたい。
伝達方法がないのが困りものだけど。
「まあ髪のことは吹っ切れてるし、ロング差分は、がるる先生に作っていただきたいよね。やっぱりいつかそのうち、ね?」
【ほう?】
【これ新衣装の匂わせってことでいい?】
【一体どんな衣装なんだ?】
「まだ明確なことは何も言えないけど、期待しておいてね、とだけ言っておきます」
新衣装。
それは、Vtuberにとって記念配信以上の一大イベントだ。
イラストレーターが、新たにVtuberの衣装を仕立てて。
モデラ―が、その衣装が使えるようにモデルとリンクさせる。
この二段階の工程を踏むため、極論一人で準備ができる記念配信とはかかる時間も、手間も、お金も比べ物にならない。
何より、視聴者にとっては推しの新たな可能性を見ることができるイベントである。
新衣装配信と聞けば、普段はあまり見に来ないライト層もリアルタイムで見ようと考える。
衣装が変わるのに合わせて髪型が変わることも多々あり、視聴者たちは彼女の言葉に、創造力、もとい妄想力を掻き立てられていた。
【一番ありそうなのは、部屋着かなあ。ナルキちゃんも持ってるし】
【メイド服でご主人様とか言ってほしい】
【バニーコスとかあったりするかな?】
【ロングもいいけど、ベリーショートとかもあってほしいな】
コメント欄は、新衣装の予想や髪型差分への期待で満ちていた。
そんな和やかな会話とは裏腹に、配信画面は地獄絵図の様相を呈していた。
「おっと、これでもう百連――天井の半分かあ」
しろさんは既に九十回ガチャを回している。
その間、出てきたキャラクターはゼロ。
さっきから、麻雀とは直接関係ない話をするのも、多分現実と向き合いたくないからだろう。
まあ、ただの勘だが。
【なあ、なんで俺たちはこんなにナチュラルにお金が溶けていく様を見ているんだ?】
【無表情に消えていくお金】
【本当にリアクションが平坦だから、ASMRとしては見やすいかもしれない】
【眠くなってきたからいいASMRだよ】
【ショックでしろちゃんが永眠しちゃう……】
「お?」
『おお?』
星空をモチーフにした画面が、虹色に輝き始める。
ソシャゲあるある、最高レアのものは、大抵虹色。
つまり『天域麻雀』においては天使が、キャラクターが出てくるということで。
【これは】
【キャラクター確定だ!】
【来るか】
【来てくれ……!】
多くの人に見守られながら出てきたのは。
ーームキムキマッチョな男性の天使だった。
顔は爽やか系のイケメンであり、首から下は筋肉の鎧で覆われている。
私見だが、女性に人気がありそうなキャラデザインだ。
『天域麻雀』は、老若男女問わず麻雀を楽しんでもらうことをコンセプトにしたゲームであり、女性に人気があるようなキャラクターだって当然実装する。
まあ、私のすぐそばにいる女性の好みとは違ったようだけど。
虹色に光ってもなお、安心してはいけない。
ガチャで求めていたものと同格のレアリティでありながら、まるで違うものが出る。
これがいわゆる、すり抜けである。
「何これえ……」
【ふにゃふにゃになってて草】
【かわいすぎる】
【草】
【あんまりマッチョとかは好みじゃないんだろうか】
「いや、嫌いってわけじゃないけどさあ、なんというか、今は銀髪巨乳の気分なんだよね。どうしてもこの銀髪巨乳ちゃんに来てほしくて仕方がないわけですよ」
【しろちゃんの男性の好みってどんなの?】
【そういえば、配信で聞いたことないかも?】
「うーん」
しろさんは、活動していくうえで、ガチ恋勢と言える人達を大事にしている。
自身を一人の人間として好いてくれる顔も知らない人たちを、しろさんは好ましく思っていたし、ありがたいとも感じていた。
ガチ恋勢にとって、しろさんの好みのタイプはぜひとも知っておきたい情報のはず。
だが、しろさんはそれを言ってこなかった。
なぜか。
これは、彼女が以前私に言っていたことだが、彼女の理想とガチ恋しているファンの実態が乖離していた場合、その人が悲しんでしまうのではないかと憂慮していたのだ。
だから、これまで明言することを避けてきた。
とはいえ、全く言わないのもそれはそれでガチ恋勢の反発を買う。
なので、しろさんはナルキさんやメイドさんたちにどこまで言っていいのかを相談していたらしい。
「どうだろう、顔とか身長とか体型とかはなんでもいいかな」
【内面が大事ってこと?】
【ハゲててもいいの?】
【身長百六十切ってる俺でもありって、こと?】
「私の傍に居てくれて、私を支えてくれるような人がいいかな」
【つまり主夫ってことか】
【かわいい】
【悲報。ワイ、傍にいる方法がわからなくて詰む】
「あとそうだな、辛いときには励ましてくれて、愛してるって言ってくれて、それから私の手を握ってくれる人がいいな」
【甘えさせてくれる人が好きなのね。いいじゃん】
【めちゃくちゃ乙女なんだよなあ】
【オッケー、これから毎日愛してるっていうね】
メイドさんと打ち合わせただけあって、人を傷つけないように配慮されているね。
しかし、わからない。
どうして、しろさんは顔を真っ赤にしながらこちらを見ているのだろう。
よほど、自分の好みを言うのが恥ずかしかったのだろうか。
羞恥の感情までは読み取れても、その理由まではわからない。
「すごいよねえ、これだけお金を投入しているわけだけどさ、得られるのはただの、いや、何でもない」
『しろさんストップ』
【おいやめろ】
【絶対今ただのデータって言おうとしたでしょ】
【アカンアカン】
【ソシャゲやってるときに言ったら一番ダメな奴】
まあ、言いたいことはわかる。
ガチャというのは、ソーシャルゲームというのは本来そういうものだ。
本来は、実体すらないただのデータ。
それに対して人は情熱を、時間を、あるいはお金を注ぎ込む。
ある意味、Vtuberに近いのかもしれない。
画面の向こうにいる、正体すらわからない存在。
がるる先生も、金野ナルキさんも、実際にはどういう人なのかわからない。
明るい人かもしれないし、暗い人かもしれない。
私達がいる場所のすぐ近くに住んでいるのかもしれないし、はるか遠くに住んでいるのかもしれない。
視聴者にしてみれば、しろさんも同じことだろうが。
閑話休題。
すでに百連。
つまりもうすでに、五万円が消えてなくなったわけだ。
「もはや申し訳なくなってきたな。君達から得た収益を使って、私はこんなことしてるわけで……」
【いいんだよ】
【それで、配信が盛り上がるなら安いものよ¥2000】
【追加で送るよ¥30000】
「いや待って、そういう意味じゃないから。お金を催促しているわけでは全然ないからね?」
そういいながら、しろさんは画面上のボタンをクリックする。
これで、百十連目である。
「また、ダメだったなあ」
またしても、キャラは一体も出ない。
そして、アクセサリーが十個出た。
【百連以上回して、キャラ一体のみってマジ?】
【一応五パーセントのはずなんだけど】
【普通に考えたら、四体か五体は出てないとおかしいんだけどね】
【もうこんなのグロ画像でしょ】
「いや、もうそろそろ出るじゃないんかなあと思うよ。ほら、さっさとキャラを引いて麻雀をしないといけないしね」
少し、声が震えている。
確率的に考えて、かなりの下振れを引いているということはわかっているのだろう。
相当ショックのはずだ。
というか、打ち合わせの前提では、さくっと欲しいキャラクターを出したうえでそのまま視聴者と楽しく麻雀を打つ予定だった。
視聴者との交流をしつつ、ゼロ距離で囁く。
そんな、ファンの心を掴むような、画面から目が離せなくなるような配信をする予定だった。
「どうしよう、どうしよう……」
すでに百五十連まで回している。
どうしてこうなった?
ファンの心を掴むことはできている。
画面から目が離せなくなる配信ではある。
【心臓がギュッと握りつぶされる】
【ハラハラして目が離せねえよ】
【何でこうなったんだろうな】
【¥50000】
キャラクターは、先ほど出たマッチョメンの一体のみ。
爆死も爆死。
大爆死である。
「頼む、頼むよ」
百六十連目。
「お願い、もう許して」
『…………?』
百七十連目。
「待って待って待ってもう無理です無理ですぅ!」
『――っ!』
百八十連目。
【声がちょっとおセンシティブに】
【これはえっっですよ】
コメント欄が、先ほどとは別の意味で活気づき始める。
「ふー、ふーっ!」
いやでも待ってほしい。
スケベすぎません?
別に健康器具とかも使ってないのに……。
しろさんの様子を見る限り演技とかでもなく素でやってるっぽいし。
コメント欄が、男性の好みの時以上に活発になっている。
しろさん、やっぱり天才だよ貴方。
「あっ……」
緊張の糸が切れたような声とともに、二百連を回し終えた。
天井、到達である。
「…………」
無言のまま、目当てのキャラクターと交換。
『天域麻雀』からログアウトして、エンディング画面へと切り替える。
◇
「お疲れさまでした。麻雀は、もう今日は気力がないのでまた今度やります」
『……お疲れさまです』
【おつねむ―】
【本当にお疲れさまでした】
【ゆっくり休むんだぜ】
【これだけ爆死したらしゃーなし】
【しろ虐助かりました】
【正直興奮した¥4000】
【ガチャ代¥30000】
【なんかごめん 金野ナルキ】
コメント欄は、七割の彼女をねぎらう声と、三割の変態で埋まった。
ガチャで気力を消耗したしろさんは、見るからに疲れている様子だった。
『お疲れさまです、本当に』
「うん、本当に疲れた……。あ、ナルキさんからメッセージ来てる。愚痴があるなら聞くって」
しろさんは、ナルキさんに通話をかけ始めた。
よほどうれしかったのか、声は明るかった。
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