第8話『コラボ後に、話す』
【お疲れ様!見てて楽しかった!】
【おつナルキ!二人の絡みがまた見たいね】
【ナルしろてぇてぇ】
【最初不安だったけど、普通に面白かったです】
【しろの永民です。素晴らしい配信に感謝¥2000】
流れるコメントは、そのほぼすべてが配信を肯定するもの。
これに加えて、同時接続数から言っても、おそらく今回のコラボは成功の部類に入るだろう。
「お疲れさまでした」
「お疲れ様でしたー」
「SNSで見た感じだと、すごく盛り上がってますよ」
『良かったですね』
「……?そっかあ、まあコメントもいい感じだね。多分だけど、配信上でも問題ある発言とかはなさそう」
ナルキさんはアーカイブを、しろさんはSNSをチェックしている。
「あ、ちょっと待ってくれないかな?」
「はい?」
「コラボ前に、失礼なことを言ってしまったことを謝りたくて」
ナルキさんは、しろさんにコラボ前に空気を悪くしたことを謝りたいようだ。
「私が、お金のために、お金のためだけにVtuberをしているのは、さっき話したんだけど」
「そうですね」
「それは、なんというか私にはどうしても譲れないルールというか、それを責められた様な気分になって言葉を荒げてしまったんだ。本当に申し訳ない」
言葉から、文乃さんへの申し訳なさが伝わってくる。
これは勘だが、いま彼女は頭を下げている気がする。
見えないから確認しようもないが。
文乃さんも、頭を下げて。
「あの、私もごめんなさい。別に、お金目的で活動することがダメだと思ったわけじゃないんです。ただ、私は本当に採算度外視でやっていたので……戸惑ってしまっただけなんです。正直、私は色々あって金銭的にプラスになることはあり得ないので」
文乃さん、永眠しろさんのデザインだけでも、一千万以上使ってるらしいからね。
加えて、メイドさんの人件費や機材関係の費用もかさんでいる。
正直、こんなのどれだけ稼いだところで、ペイできないレベルなんだよね。
どちらの方針がいい悪い、ではなくて。
ちゃんとどちらもいいんだと思う。
「そうだったんだね……」
「あの……」
「うん?」
「あ、いえ、なんでもありません」
文乃さんが、何か言いかけてやめる。
私から背中を押すべきかと迷って。
その時、ナルキさんが何を思ったか提案してきた。
「良かったらさ、もう少し話さない?」
「え、あの、いいんですか?」
「うん。まだいろいろアニメとか語り足りない部分も多いからね。布教したい作品もたくさんあるし」
「はい!」
画面ごしに、ナルキさんに話しかける文乃さんの顔は楽しそうで。
見守ることに徹しようと、私は決意した。
◇
「アングリーズ戦記、ナルキさんも読まれてるんですね」
「そうだね、私は原作は読んでなくて、漫画版とアニメ版だけなんだけど」
アングリーズ戦記というのは、架空戦記だ。
王太子である主人公が、父や母などの家族や、臣下などを皆殺しにされるところから始まり、その上で成り上がっていく主人公の活躍を描いた作品である。
先ほど、「人が死ぬ作品しか読まない」と言っていたナルキさんだが、まあ人がバンバン死にまくる作品ではあるので、彼女が読んでいても不思議ではない。
アニメの一話でネームドキャラ二十人以上死ぬからね。
因みに、ゴア描写は控えめなので、しろさんも問題なく見ることができる。
逆にトラウマの克服にはつながらなかったようだが、それとは関係なく文乃さんは楽しんでいるらしい。
原作はライトノベルだが、コミカライズ及びアニメ化されており、原作は読んでいない人もいるらしい。
ちなみに、私は原作派だ。
というか、アニメについては今の状態になってからはじめて観た。
アニメ化きまった時点で、もう私就職しちゃってたからね。
最新刊も、文乃さんが読むのを横で読んでいた感じだ。
私の方が読むの早いから、文乃さんの負担にはならなかったりする。
文乃さん、たぶんだけどまだ活字を読むのに慣れてないんだと思う。
国語の授業くらいでしかちゃんと小説を読んでいなかったらしいので、無理もない話ではある。
「原作もめちゃくちゃ面白いですよ!けっこうコミカライズ版だと省かれている描写も多いので……」
「マジで?活字あんまり読まないんだけど、読んでみようかな」
「しろちゃんって、紙派?それとも電子書籍派?」
「ああ、電子書籍ですね。近くに、書店がほとんどないので……」
「……ええ、田舎じゃん」
「そうなんですよ、あとデータとして管理しておかないと、どこに何をしまったかわかりにくくなりそうで」
「あー、それはわかるな。私も整理整頓とか全然できないもん」
本当に、大した話はしていない。
雑談、どころか盛りあがりもないただの会話だ。
けれど、それでいいし、それがいい。
ふたりの会話を聞きながら、文乃さんには、こういう会話ができる人が必要だと感じていた。
もちろん、話し相手としては私は他の視聴者がいるが、それだけでは不十分だ。
今回のようにコラボを通して、いろんな人と関わって、時にこうして何でもないことを話せる間柄になれば、文乃さんの成長につながるのではないかと思う。
文乃さんの、グロとは別のもう一つのトラウマ克服のためにも、ね。
文乃さんはいじめから、人を信用することができていない。
相手が自分に悪意を持っているという前提で考えてしまうし、百パーセントの好意以外はすべて悪意だととらえてしまう。
それが、先日の衝突の原因でもある。
それは仕方のないことではあるが、徐々に人とのかかわりを作ることで克服できればそれに越したことはない。
二人の会話は、二時間以上続いた。
終わるときには、お互い疲れていて、しかしながら満足そうだった。
◇
『文乃さん、お疲れさまでした』
「うん、疲れたよ」
『……楽しくなかったんですか?』
「いいや」
そういって、私の方へ向き直る。
真顔を作ろうとして、失敗する。
口角がどうしても上がってしまうらしい。
「楽しかったよ」
『そうですか。それは、よかったです』
「全然価値観も活動方針も違う人と絡めるのはよかった」
『はい』
「コラボ配信が終わった後になっても、アニメとかの話ができたのも楽しかったよ。はじめて、友達ができたような気がする」
『良かったですね』
「またコラボできたらいいね」
『やりましょうよ』
発破をかける。
きっと、これは文乃さんにとっていいことのはずだから。
『今度は、文乃さんから誘いましょう。ナルキさんだけじゃなくて、他の方も』
「……私にできるかな?」
まあ、コラボ配信というのは大変そうではある。
複数人の音量調節や画面の調整、スケジュールのすり合わせなどをすべて一人でやらなくてはならない。
なので、不安に感じてしまうのも無理はない。
けれど。
『できますよ。しろさんなら、きっとできます』
「そっ……かあ」
嬉しそうに、照れくさそうに、満足そうに。
文乃さんはベッドに倒れこんで、寝息を立て始めた。
私は、最高に癒される音を聞きながら、朝まで過ごしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます