第7話『楽しくじゃれて、遊んで』
ナルキさんが、別の質問を拾い上げる。
【お二人の共通点としては、ASMRをメインコンテンツにしていらっしゃりますが、お互いがASMRについて気を付けていらっしゃることを教えてください】
うん、いい質問だね。
二人の共通点に触れている。
つまり、ここから共通の話題を展開できる。
二人とも、ASMRを幾度となく行い、研究してきた歴戦の猛者だ。
しろさんはまだ準備期間を含めて一年程度だが、逆に言えばもう一年は修業を積んでいる。
そしてナルキさんに至っては、すでにデビュー一周年を先日迎えたらしい。
準備期間を含めれば、二年以上かけていても不思議ではない。
しろさんと違い何の後ろ盾もなければそれなりに時間がかかるはずだ。
さて、私としても二人がどういう回答をするのかは非常に気になるところだが。
「さっきも話題に上がっていましたね。何か、気をつけていることはありますか?」
「おっとめちゃくちゃ食いつくねえ。これはねえ、まずなんだけど言っていいかな?」
「何ですか?」
「しろさんのASMR何個か聞いたんだけど、めちゃくちゃ良かった!本当にママァ……ってなる」
「え、あ、ありがとうございます」
しろさん、正面から褒められるのがよほどうれしかったのか顔を赤くして照れている。
Live2Dには、彼女の反応などは映ってはいない。
だが、視聴者にも声音と、そこに乗った感情は伝わっている。
今まで褒められることが本当になかったからなのか、彼女はこうしてまっすぐに褒められることに弱い。
正直、これに関してはあまりにもちょろすぎるのでどこかで矯正したほうがいいのではと思っている。
「あ、あの私も聞かせていただきました。耳舐めとかすごくよかったです」
「えー、聞いてくれたんだ!それは嬉しいな。待って、メンバー入ってたりする?」
「あ、はい」
「ひえっ。あ、ありがとう」
結局、あの後しろさんはメンバー入ったんだよね。
それが、ASMR配信者としての探求心からだったのか、
お互いの配信について、褒め合う。
いつの間にか、随分と空気が和やかになっている。
こういうのを、てぇてぇというのだったか。
……しろさんがちょろすぎるだけのような気もするが。
「さて、気を付けてることかあ。しろさんは何かあったりする?」
「ええと、幅を持たせることを意識してます。人によって、どの音が好きかって言うのは違うと思いますので、色々なASMRを試して、その上で視聴者がおのおの一番好きな音を探して、見つけてくれたらいいなって」
「あー、確かに睡眠導入用の清楚なやつから、耳舐めも入ったえっちなASMR、はては金属音ASMRみたいなちょっとマイナーな奴まで幅広いもんね。私は逆にセンシティブなもんしかやらないから」
「でも、同じコンテンツというか、一つの路線を提供し続けるというのもいいことだと思いますよ?」
一つの路線で勝負する者。
様々なコンテンツを提供する者。
結局、どちらが優れているとかそういうことはないのだ。
どちらも正しく、どちらにもデメリットはあるというだけの話だから。
「あとは、なるべく雑音を入れないようにするとか、それくらいですかね。あとは、自分で言うことではないですけど心は込めているつもりです」
「お、いいこと言うね。私も常に、誠心誠意視聴者のために頑張っているよ!」
【おいおい、嘘つくなって】
【普段は金になるからさ、とか言ってるやんけww】
【後輩の前でかっこつけてて草】
と、思ったらコメントでボロクソに言われてるんだけど。
吹き出しそうになるのをこらえるのが大変だから勘弁してほしい。
「……金野さん?」
「いやー、あの、ほら、あんまり印象が良くなかったのかなーと思ってさあ」
「ああ、なるほど。別に悪いとは思いませんよ。お仕事には違いありませんし」
「お、本当?それならよかった」
多分だけど、さっき裏での発言でしろさんを怒らせちゃったから、もう刺激したくなかったんだろうな。
人によって判断は分かれるだろうが配信上で、そうやって言葉を選ぼうとする姿勢は好感が持てる。
ただの勘だが、しろさんも同じように思考している気がした。
「まあでも、アタシだって心を込めてるのは事実だよ。それに、貰ったお金はちゃんと機材やらなんやらで還元してるつもりだし」
【それはそう】
【この間も新しくマイク買ったって言ってなかった?】
「結構、マイクとかって新しくしてるんだよね。
「防音室とかも入れないといけないから」
「防音室、入れてないですね……」
「マジ?」
「割と田舎なので、夜は音自体がそこまでないんですよ。近くに家もありませんし」
山の奥にある一軒家だから、防音室が必要ないと言えば必要ない。
少なくとも、いくら声を出しても近所迷惑になることはないのだ。
「うーん、でもあったほうがいいとは思うけどなあ。まあそれはともかく、マイクは色々試したほうがいいんじゃない?」
「……そうかもしれませんね。でも、私は今のマイクが気に入ってますから」
「なるほどねえ。ま、こだわりは人それぞれだから何とも言えないかもね。そもそも、私の場合は最初安いマイクを買ったから徐々に」
そういって、この話を打ち切った。
なんというか、手馴れている。
会話が続かない、重い空気になりそうと見るや、話題を切り替えた。
いやまあ、個人的に私は気に入っているといってもらえたのは本当にうれしかったんだけどね。
【お二人の好きなアニメなどについて語ってください】
「好きなアニメかあ、何かある?」
「あの、『しまのうら』というアニメが好きです」
「ああ、アタシも観てるよ!」
『しまのうら』というのは、今期の覇権アニメの一つだ。
日本昔話である『浦島太郎』を元ネタにした作品で、海底人と人類との戦いを描いた作品となっている。
主人公は、海底人である亀子とともに、海底人と人類が協調する道を探るが、海底人と人類、両方に命を狙われて……という話である。
ギャグシーンとシリアス、そしてヒロインである亀子との恋愛描写を無理なく詰め込んでいる。
私も、毎週文乃さんと一緒に、動画配信サイトで見ている。
最近は、アニメをリアルタイムで見なくても、わざわざ録画しなくてもこうやって動画配信のサブスクなんかで見られるのも便利だよな。
「亀子と太郎の恋愛シーンが好きなんですよ」
「わかるよ!アタシもこういう異類婚姻譚は大好きなんだよね」
「元ネタ通りの、いじめられている亀子を太郎が助けるってところから始まるのも好きなんですよね」
「そうだねえ、乙姫じゃなくてあえて亀をヒロインにしたことで、恋愛ものとして王道にはなるんだよね。乙姫をラスボスというポジションにしたことで、単なる悪女とかじゃない、海底の王という風格が現れて、キャラに深みも出てるんだ」
「ちなみにだけど、漫画は読んでる?」
「いや、アニメしか観れてないんですよね。アニメが終わったら、コミックスを買って読もうと思ってるんですけど」
「それがいいかもしれないね。漫画はなんというかギャグシーンとかが多くてカットされている箇所もあるから一巻から読み進めるというのがおすすめかな」
「わかりました、そうしてみます」
「ちなみにですけど、金野さんが好きな漫画とかってあったりしますか?」
「うーん、私は最近だとグロ系ばっかり読んでるんだよね。「グローリア」っていう漫画なんだけど」
「それは、聞いたことがないですね。どんな漫画なんですか?」
私も聞いたことがないなあ。
というか、しろさんの好きな作品は、私が薦めていたものが大半である。
だから、私が知らない作品は彼女も知らない。
「グローリアは、人が死ぬ作品なんだけど、
「私、グロいのはちょっと……」
「あれ、でもホラゲーやってなかったっけ?」
「どっちかというと苦手を克服したくてやってる感じですね」
「へえー、そうなんだ!」
ああ、そうか。
私は配信外での様子を知っているからわかるけど、配信しか見てないとグロ系にはちゃんと耐性があるように見えるのか。
何時間もゲームして、悲鳴一つ上げなければそういう結論になっても
「まあでも、最近は慣れてきたのでそこまで辛くはないんですけどね」
「私、人が死ぬ作品ばっかり読んでるんだよね」
「えっ、それ大丈夫ですか?病んでませんか?」
「どういうことかなあ!」
「アハハハハハハ!」
「何で笑ってるんだよお!もう!」
ナルキさんの語気が強くなる。
けれども、それは決して怒り故ではない。
どこか、楽しげで。
しろさんも、それは同じで。
子供がじゃれ合うような、友達がからかい合うような。
むずがゆい、照れくさいやり取り。
◇
それは、コラボ配信が終わるまで、続いた。
「じゃあ、おつナルキでもいいですか?」
「あ、はい大丈夫です」
「せーの」
「「おつナルキ!」」
そうして、コラボ配信は無事に終わった。
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