第49話『■■■、解禁します』

しろさんは、コメントを拾いながら新衣装の展望について語っていった。



「わかるよ、メイド服もいいものだよね。誰かに尽くすために設計されたものでありながら、礼服的な厳かな感じもあって下品さがないよね。私的には、ミニスカメイドよりもクラシカルなメイドの方が好みかな。奥ゆかしさというか、オーラがあるんだよね。実物を見たことがあるんだけど、動きも含めて華があるんだ。もちろん、メイド喫茶で見るようなメイド服も大好きだよ?」



「水着かあ……ファンアートとかを観てると多数の需要が見込めるのは間違いないんだけど、いかんせんU-TUBEさんが見逃してくれるかどうかだよねえ。競泳水着とかなら肌色成分も少ないし通りそうだけど、それは逆にニッチすぎると思うんだよね。ほうほう、それはそれで需要が?これはちょっと勉強が足りなかったかもしれないねえ」



「ケモミミかあ。正直、ありだよね。ケモミミ以外も全部動物ベースの服装にしてそれを新衣装にするのはめちゃくちゃいい気がする。みんなは私にケモミミつけてもらうとしたらどれがいいかな?犬耳?猫耳?それとも兎耳?狐耳とか虎耳って選択肢もあるよね。私?私は一番好きなのは狐耳かな。ちょっと和風っぽさが出るというか落ち着いた雰囲気が出るでしょ?それがいいんだよね、あとはASMRを想定するとそういう落ち着いた雰囲気を大事にしたいってのはあるのさ」



「バニーガールはどうやってもBANされちゃうよお。いや本当に。太腿完全に露出している時点でアウトだからね、たぶん。逆バニー?それどんなやつ?ちょっと検索してみるね……。え、検索しない方がいいってどういう……。はい、次行きまーす。逆バニーってコメントした方はほどほどに反省してくださいね」



 彼女の人気の理由の一つが、この熱量の強いオタクトークである。

 文乃さんがアニメや漫画などのオタク文化にはまってわずか一年ほど。

 一年、その間にどんどんと様々な作品やコンテンツをスポンジが水を吸収するがごとく取り込んでいった。

 加えて、オタクになって日が浅いからか、熱意がすさまじい。

 一日の大半が、そういったコンテンツの摂取に費やされているほどだ。

 最近まで触れる機会も自由もなかったからこそ、心からしろさんはサブカルチャーを楽しみ、視聴者さんたちもまたそうやって楽しんでいるしろさんを見るのが楽しみなのだ。




「新衣装で思い出したんだけど、もう一個、みんなに見せたいものがあるんだよね」




 彼女は、ふと私の顔の向きを百八十度変えた。

 これによって、私はパソコンを見ることができなくなる。

 代わりに、私の視界には文乃さんの可愛らしくも真剣な顔が映る。

 そういえば、こっちを見ることはあんまりなかったかな。

 配信中は、永眠しろさんの顔ばかり見ていた。

 声は、配信上に載ったものではなく肉声だし、文乃さんの様子も画面の反射で見えてはいたんだけど。



 いやしかし、キャミソールがすごい……。

 あれ、いましろさんパソコンを操作しながらちらって私の方を見たような……。

 バレてる?もしかしてチラチラ見ているのバレてる?

 これ配信終わった後、お説教かな……。



 それからしばらくして、彼女が再び私の顔の向きを戻す。



『あれ?』




 すると、画面に明らかに、一つの変化があった。

 今の彼女の配信画面は、机に向かっている状態。

 つまり、本当に現実とさほど変わらない。

 鎌があるかどうかぐらいのもの。



 あとは、もう一つ。

 あるはずのものが、ダミーヘッドマイクがないくらいだった。

 そう、だった。

 しろさんの、白い髪とオッドアイによって構成されている綺麗な顔のすぐそばにそれはあった。




「これねえ、ファンアートを部分的にトリミングしたものなんだよね。もちろん、描いてくださった方の許可はとってるよ」




【我々しろの永民がついに画面上に……】

【確かにダミヘも外せないよな】



「君を、どうしてもここに置いておきたくてね、こういう形になったんだ。まあ、これも含めて半年記念ってことで」

『…………』



 私は、彼女に与えてもらってばかりだ。

 娯楽も、居場所も、大切な存在も。

 


「しろの永民の皆さん、今日は、本当に来てくれてありがとうね。おかげで、楽しい半年記念になったよ」



【こちらこそ!】

【耳元でお礼言ってくれるの助かる】



 彼女は、ダミーヘッドマイクを介してリスナーの耳元で囁く。

 それは、おためごかしや欺瞞ではない。

 彼女の本心だ。

 彼らが、彼らの応援がなければ、彼女の心は折れていた。

 私は彼らに伝える言葉を持たないけれど、もし可能ならありがとうと言いたい。

 永眠しろさんが、文乃さんが、壊れずにいられたのは貴方たち一人一人のおかげだから。

 そんなことを考えながら、私は今日はもう終わりかな、と思っていたのだが。



「だから、感謝を今日は行動で示そうと思います」



 ころん、という音がした。

 それが何の音か一瞬わからなかった。

 生まれ変わってから、今間の今まで一度として聞いたことのない音。

 だがしかし、それを私は聞いたことがあった。

 生前、作業BGM代わりに使っていたとあるASMRのジャンル。



 何かが、耳道を這いずり回る音と、水の音。

 



「今日は、最後に感謝を込めて耳舐めを解禁しようと思います」



【ふぁっ】

【待って待って理解が追いつかない】

【うっ(心停止)】

【これは死んだわ】



 ……なんですって? 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る