第48話『なんちゃって新衣装』

「そういえば、なんだけどさ」


【うん?】

【なんだろう】



「新衣装は、半年記念には難しいっていう話だったじゃない。実際に担当してくださった絵師さんに話を聞いてみたところ、やっぱり難しいって言われちゃったんだよね。正直いろんなお仕事を抱え込んでるから仕方ないことだからね」




【それはしょうがない】

【神絵師たちは年単位でスケジュール埋まってるって聞くからなあ】

【がるる先生、他の子たちのこともあるだろうしね】



 しろさんの体を作ったイラストレーターであるがるる・るる先生は売れっ子であり、つまり多忙でもある。

 連絡こそ取れたものの、流石に新衣装は間に合わなかったようだ。

 通話ができただけでも、ありがたいと思うんだけど。



「ただ、その辺に関するやり取りをしたときに、ちょっと色々あってね」



【ほう】

【一周年には間に合うのかな?】



「どうだろうねー。ただ、新衣装についてももしかしたらいずれ何かしらあるかもしれない」


 

 私も知らない情報だが、たぶんメールでやり取りをしているのだろうね。

 



「ちょっと待ってね」

『!』





 コメント欄よりもわずかに早く、私は気づいた。

 今、マイクの傍でささやいている文乃さん。

 彼女が、いきなり服を脱ぎだした。

 目はパソコンの画面に向いているのだが、衣擦れの音でそれとわかる。

 別に、やましい意図はないが、まったくやましいことはないが、とりあえず目で反射した姿を見るとどうやらあくまでも脱いだのは上着だけでキャミソールは残っていた。

 まあ、それでもドスケベなのは変わらない。

 そしてその一方で、コメント欄の流れが加速する。

 見えずとも、私同様に何が起こったのかを察知したのだろう。

 



【何が起こっているんだ?】

【えっっっ】

【センシティブ】




 そして、そのまま文乃さんはパソコンを操作して、なぜかLIVE2Dを画面外まで移動させてしまった。

 これだと、私や文乃さんはともかくリスナーさんたちには永眠しろの姿が見えなくなってしまう。

 もしたった今、配信に来た人がいたらわけがわからないだろう。

 実際、記念配信でありながら、困惑のコメントの割合が強くなりつつある。




 だがそれも、彼女の準備が整うまで。

 彼女の姿が、再び画面内部に戻ったとき、喜びのコメントによって押し流された。

 



『なるほど……。そういうことですか』



 

 永眠しろは、死神系女子高生Vtuberであり、その服装もアレンジはありつつも学生服――ブレザーを基調とした衣装となっている。

 さて、制服のブレザーというものは一般的にシャツの上にブレザーを羽織るのが一般的であり、永眠しろも同じである。

 であれば、一つの疑問がわくだろう。



 ブレザーだけ、脱ぐことは可能なのだろうか、と。

 その答えが、今目の前にある。

 答えは、可だった。




「なんかね、夏仕様として入れてくれたんだって。もともと説明書には入ってたんだけど、私が見落としちゃってたみたいなんだ」



 黒のブレザーを脱ぎ捨て、上はシャツとリボンのみとなっている。

 背中にしょった死神であることを示す大鎌もセットになっているらしいのかなくなっており、髪の色を除けば普通の学生のようにしか見えない。




【うおおおおおおおおおお!】

【かわいい】

【普通の女子高生じゃん】

【こんな同級生が欲しかった】

【後輩でも可】

【何でや!先輩パターンもあるやろ!】

【お胸が、お胸様が……】




 そう、たかが服一枚、されど服一枚である。

 永眠しろのアバターは、背が低く、それでいて胸はそれなりにある。

 所謂、ロリ巨乳という奴である。

 ブレザーという壁を一枚取り払ったことによって、豊かな双丘がシャツ越しに強調されている。

 


「いやいや、結構みんな喜んでくれてるみたいで嬉しいよ。新衣装はまだもう少し先になるけど、いずれそのうちに実装していただきたいので、それまで待っていてくれるかな?」




【最高の新衣装(仮)をありがとう!】

【もちろん!】

【ずっと待ってる!】




「ほうほう、ちなみになんだけど、どんな衣装が欲しいとかってある?」



【パジャマかな。添い寝シチュエーションASMRが聴きたい】

【私服とかが一番スタンダードじゃない?部屋着か、余所行きかによってだいぶテイストは変わってくるだろうけど】

【いっそ水着着てくれないかな。スク水で、「えいみん」って書いててほしい】

【さすがに水着はBANされるやろ……】

【いっそ振り切ってコスプレしちゃうとか?猫耳とか尻尾とかつけたり、ナース服とかもいいかもしれない】

【確かに印象をがらりと変えるのはいいかも】

【でも死神もコスプレみたいなもんだからな】

【おいおいおいおい死んだわあいつ】





 コメント欄は、文乃さんの言葉をきっかけに、今日一の盛り上がりを見せている。



 そして一瞬だけ、彼女はマイクをミュートにした。

 席を立つ時などは、こうして万一の放送事故を防ぐ。

 また、くしゃみなどもミュート機能を使うことで視聴者に聞かせないようにすることができる。

 そういう便利な機能だ。




「こんなにいるんだね。私の、私達の未来を楽しみにしてくれている人が」

『ええ。言ったでしょう?』

「やっぱり、やめなくてよかったし、これからも辞めたくないよ」

『それはよかった』



 私は、私自身をあくまでリスナーの一人にすぎないと考えている。

 彼女のような配信者ではなく、動画編集やサムネイル制作など何かしらの技術で彼らを助けているわけでは決してない。

 ただの一般人、いや一般通過マイクである。

 何が言いたいのかと言われれば、私は何もできていないということだ。

 彼女にやめてほしくない、これからも活動を続けて欲しい。

 そう思っている人はいくらでもいて、これからも増え続ける。

 たまたますぐそばに、私がいるだけ。

 それだけだ。




「君のおかげだね」

『――』



 そんなこと、言わないで欲しい。

 私は、踏みつぶされる側の人間に過ぎない。

 他者を踏みつぶす強さも、彼女のように誰かを救わんとする優しさも持ち合わせていない。

 私達だなんて、言わないでいいのに。

 仲間だなんて、友だなんて呼ばれる資格は到底ないはずなのに。



「一番近くで、見守って、諭してくれる」



 どうして、彼女はそう言ってくれるのだろう。そう思ってくれるのだろう。

 どうして、私は。

 それがこんなに嬉しくて、愛おしいのだろう。



「あー、ごめんね。ちょっとくしゃみ出そうになってさ、寂しかったよね、ごめんごめん」



 そうして、彼女もまたリスナーに交じって新衣装を決める話し合いを始める。

 私は、それに対して何も口を出さない。

 出せない。

 私は、彼女のマイクだから。

 けれど、彼女は私を特別だと思ってくれて。

 それが、本当にうれしかった。

 きっと、目が残っていたら涙があふれていただろうね。



 それはともかくとして。

 私は、じっと画面を見つめる。

 シャツを着て、胸を揺らしているしろさん。

 画面に反射している、キャミソール姿の文乃さん。

 


『いい、すごくいい……』



 幸いにも、しろさんには気づかれなかったようだった。

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