第44話『罪悪感と絶望』
『Vtuberをやめるって……本気ですか?』
「冗談で、そんなことを言うと思うのかい?そもそも……冗談に見えるかい?」
『いえ……』
私の勘が、告げている。
彼女は本当にやめるつもりだ。
どういう思考回路のもとに、そんな決断をしたのかはわからないが、決意自体は本物だ。
「君が死んだのは、私のせいだ」
『それは、違いますよ。文乃さんが悪いわけじゃない』
彼女に私が死んだことに関する責任はない。
文乃さんが暴れたり、私をつき飛ばしたりしたわけではない。
完全に、過労で限界を迎えていた私の体が倒れて、ホームに落ちただけ。
だから、文乃さんが責任を感じる必要などどこにもない。
「いいや、私のせいだよ。私が飛び込もうとしなければ、君は死なずに済んだのに」
『…………』
なんといっていいか、わからない。
それは、理屈として成立していない、だとか。
あの時点で赤の他人だったわけだし、気に病まなくていいんじゃない、とか。
そもそも、私は生きていたいと思っていなかった、だとか。
いろいろ言いたいことはあったが、それも意味がないのだろう。
罪悪感は、理屈じゃない。
感情論に、理屈は通じない。
感情に対抗できるのは、感情と力だけだ。
前者はぶつけたくないし、後者を私は有してない。
「変わりたいって、思ったんだ」
ぼそりと、文乃さんがつぶやく。
「Vtuberは全く違う、新しい自分になれる。そんな世界でなら、私の望みをかなえられるんじゃないかって」
Vtuberは、自分とは別のキャラクターになりえる存在だ。
資産家の娘である「早音文乃」ではなく、いじめられっ子の「そうおん」でもない。
他者の耳と心を癒せるVtuberである、永眠しろとして活動すれば人を傷つけることも、つけられることもなく生きていく存在に。
人を癒し、人を救う存在になりたいと。
そう思ったから。
彼女はVtuberになろうとした。
「償いたかった。私のせいで死んだ君に対して、君が好んでいた存在になることで、人を救うことで、償いができると思っていた」
「でも、そうじゃなかった。私は、結局加害者のままで……。それ以外の何物にもなれなかった」
「頭から、離れないんだよ!あの時の君の必死な表情も、あわてて上ずった声も、君が轢かれるときの音も、血しぶきも……」
「毎晩毎晩、夢に出てくるんだ!」
『…………』
自分を、恥じた。
毎晩、疑問には思っていた。
何が原因で、うなされているのだろうと考えていた。
カウンセリングを受ければいいんじゃないかと遠回しに進めたこともあった。
私自身が原因ではないのかと知りもせず、考えもしないで。
「でも、そこが問題なんじゃない。」
「君は、私を憎んでいるだろう?」
『何を?』
完全に、戸惑ってしまっていた。
ミステリの犯人同様、図星をつかれたから、ではない。
かといって、冤罪にかけられた哀れな小市民よろしく、思ってもいなかったことを言われてパニックになったわけでもない。
彼女の言葉が、正しく、
「君の座右の銘は、弱肉強食だ。私たちは、富めるものはすべて違う生き物だと、異なる存在だと、そう感じているんだろう?」
『それ、は……』
彼女の言葉は、いつになく鋭い。
私は、彼女にとんでもないことを言ってしまっていたのだということを自覚させられる。
他人から搾取する資産家こと強者にではなく、他者から苛めを受ける弱者でもない、誰かを救う第三の存在になるというのが彼女の願い。
彼女の前で、資産家が強者であるということを話すということは。
夢を見ている者に対して、現実を突きつけて夢を否定するのと同じことだ。
言葉に嘘がなくても、考えが仮に正しいことだったとしても、絶対に言ってはいけないことだった。
口に出してしまった言葉を悔んでいると、彼女はそのまま言葉を続ける。
「そんな君に、私は夢を語っていた。人を救いたいだとか、癒したいだとか、君を死に追いやっておいてそんな私が君の前で夢を語っている」
「
それもまた、部分的には事実だ。
私は彼女に対してさしたる影響力を持っていない。
一方、彼女は私に対して何でもできる。
いつ処分されてもおかしくはない関係性。
私が、彼女を強者として、ダミーヘッドマイクである私を弱者として考えていたこともまた、事実だ。
それは、文乃さんを嫌っていたというわけではなく、私の癖だ。
私は、自分と他者の関係性を強者と弱者という視点以外で、見ることができない。
それ以外の関係性を、幼少期から持っていなかったから。
だから座右の銘を訊かれたときにも、弱肉強食だと答えた。
そして、彼女が出した結論はこうだ。
彼女にとって、はじめてできた仲間で、友人で、理解者は。
自分が殺した存在であり、彼女を強者と捉え怯え、生き延びるために心にもないおべっかを使っていたということになる。
……それは、絶望もするだろう。
あるいは、そうやって失望していることさえも、彼女は彼女自身を許せないのかもしれない。
罪悪感と失望が、彼女の行動を縛っているものだった。
「私は、何者にもなれない。何もできなかった」
彼女が出した結論は、ある意味正しい。
文乃さんの心の傷、しろさんの理想、私の考え方などを合算すればそういう風に考えてしまうのは当然だ。
そんな彼女に対して、私は何を言うべきだろうか。
多分、何も言わないのが正しいのだろう。
何を言っても、私の言葉は今の彼女に届かない。
話せば話すほど、裏目に出る。
そういう状態だ。
彼女は、私の言葉を信じていない。
自分が加害者だから。
私が、強者と弱者という概念を語ってきたから。
これまで積み重ねてきた日々がすべて無意味だったように、偽りだったように感じてしまっている。
私の言葉が、全て噓であるかのように感じている。
だから、何を言っても無意味かもしれない。
けれど。
『…………それは、違うと思います』
私の口から出てきたのは、反論だった。
私の心の中にあったのは、
言うべきではなかったとしても、ただの逆効果でしかなかったとしても。
どうしても、言いたいことがあったから、私は言葉を発した。
黒色の頭部を駆け巡る、感情のままに。
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