第38話『カウントダウン』
【そういえば、半年記念って何か考えてますか?】
「うん?」
女子高生死神系Vtuberこと永眠しろのデビューからもうすでに五か月が経過しようとしていた。
その間、これと言って炎上することもなく、かといって伸び悩むこともなくかなり順風満帆に配信活動を行ってきた。
チャンネル登録者数も一万に達しており、はっきり言ってVtuber、個人勢Vtuberの中では快挙と言っていいはずだ。
半年近く休むことなく、高頻度で活動しているので無理もないだろう。
さて、順調に伸びているVtuberというのは記念が多い。
収益化記念はもちろん、しろさんは千人に達するまでは百人ごとに記念配信を行っていた。
そして、千人を超えてからも千人ごとに2000、3000……と記念配信をとってきた。
ただし。
「うーむ。今まで特に記念配信らしいこともやってないからねえ。記念配信って言いつつ雑談するだけだし」
そう。
彼女は、記念配信というものをしてきたがこれといって特別なことは何もしていない。
雑談配信をとってはいるが、何か特別な企画を考えて実行することは今までなかった。
「逆に何かしてほしいことってあったりする?コメントしてみてよ」
【新衣装】
【耳舐めASMR】
【歌枠】
【振り返り配信】
視聴者たちは、思い思いのコメントを書いていく。
「歌枠かあ……。私配信で歌ったことない……。何なら歌ったこと自体ないかもしれないね……」
【テンション露骨に下がってて草】
【一回聞いてみたい気持ちもある】
【カラオケとか行ったこと……いやなんでもないです】
「あー、そうだねえ。まあでも、耳舐めとか、振り返り配信はやってみたいかも。新衣装は……今発注しても多分半年記念には間に合わない気がするんだよねえ」
彼女のデザインを務めたイラストレーターさん――がるる・るる先生は超売れっ子作家であり、今仕事を頼んでも間に合うとは到底思えない。
加えて、書いてもらう新衣装をモデラ―さんに頼んで動けるようにしてもらうことまで考えると、さらに時間がかかると予想できる。
到底ひと月でどうにかなることではない。
【じゃあ歌枠やりましょう】
【振り返りやって欲しい。初配信観て悶絶するしろちゃんが見たい】
【振り返りをしながら歌枠とか?】
「えー、初配信振り返りはなんだか恥ずかしいなあ。滑舌とか絶対よくないし。なんか虚無配信だったような気がするし」
【それを恥ずかしがるしろちゃんが見たいんやで】
「あ、なるほどね。そっかあ……」
結局、しろさんは半年記念にまさかの「初配信振り返りをしながら歌枠」というよくわからない企画を実行することになった。
歌枠なので、私の出番は全くない。
なので私に出来ることは当然ただうまくいくことを祈るしかない。
ないのだが……少々心配である。
果たして、彼女はこの空前絶後としか言えない謎企画を無事に達成できるのであろうか。
◇
「歌かあ」
配信が終わって、彼女はぽつりと独り言ちる。
そういえば、歌枠――配信者が歌を歌い続ける配信をしろさんがやっているのは観たことがない。
歌が苦手なのかと思っていたが。
『あんまり歌うことなかった感じですか?』
「そうだねー。合唱コンクールくらいかな。それも碌な思い出ないし」
『なるほど。カラオケとかは行かなかったんですか?』
「そういうのって一人で行くものなの?」
『一人で行く人も結構いるらしいですよ?』
私は、会社の付き合いで連れていかれた記憶しかない。
酔っぱらった上司の介抱するの地獄だったんだけど。
「少し遠くまで、カラオケに行こうかな」
『いいんじゃないですか?』
「いやあの、君も行くんだよ?」
『えっ』
「えっ」
あの、どうしていつの間にか決定しているんです?
いや別に嫌ではないですけど。
ちゃんと運べば、ダメージがないということもわかっている。
「嫌、かな?」
アニメで観て学習したのか、小首をかしげて不安そうな顔で訊いてくる。
いや、これわざとじゃないな。
素だな。
無意識にまねしちゃってるやつだ。
『嫌とかではないですよ。それで、いつ行きます?』
「そうだねえ、じゃあ明日にしようか」
そんな軽い調子で、文乃さんはスマートフォンを取り出しながら言った。
多分、メイドさんか内海さんあたりに連絡しているんだろうな。
スマートフォンをポケットにしまって、文乃さんは表情を緩める。
とても、嬉しそうに見える。
「楽しみだなあ」
『そんなにですか?』
正直、カラオケに行くだけでそんなに楽しいのだろうか。
いやまあ、私がカラオケに対してマイナスイメージを持っているからそういう考えになるのかもしれないけど。
「だって、友達と遊びに行くなんて初めてのことだから」
『…………』
難しく考えすぎなんだよな、私は。
いや、考えが足りないというべきか。
人であることを辞め、新しい存在として生まれ変わったはずなのに。
いまだに、過去の自分に囚われている。
カラオケにしても、あるいはそれ以外のことでも人として積み上げてきた経験にーーあるいは黒歴史に縛られている。
それは、しろさんの理想を、そして彼女のとの関係を、壊しこそすれ助けにはならない。
『何度でも、行きましょうよ』
「え?」
『明日だけじゃなくて、何度でも、どこへでも行きましょうよ。文乃さんが嫌じゃなければ』
あと、私と文乃さんの安全が確保できるところなら、ね。
カラオケみたいな個室を確保できるところじゃないと厳しいだろうけど。
「いいねえ!じゃあ水族館とかどうかな!」
『それ、どうやって私を運ぶんです?』
まあ、
もうすぐ半年。
半年たっても、それから先も。
私と文乃さんが、こうやって友人として一緒に居られたらいいな。
◇
そんな風に、思っていたのに。
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