第39話『それはもっとも言われたくない言葉で』
「怖いんだよお」
『いやだからって、私をトイレに連れて行こうとしないでください。使用人の方と行ってください』
何処かしらに同性と行くべきか、あるいは異性と行くべきか、というのは時と場合と相手によるのだと思う。
映画館や水族館など、異性と行くか同性と行くかで雰囲気や意味合いが変わってくる場所は確かに存在するが、別にどちらかとしか行ってはいけないだなんてことはない。
だが、連れションは同性で行くべきだと思う。
異性のトイレについていくのは色々どうかと思うんだ。
まあでも、私の扱いはペットに近いのでそこまで彼女の中では不自然ではない可能性もある。
だとしたらそれはそれで問題ではあるのだが。
彼女は、トイレの前に私を置いて、そのままトイレに入っていった。
「君、まだいる?」
『いますよ』
自分で動けないし。
なぜ、そもそもこんな事態になっているのか。
それは、以前やったゲームASMR配信がきっかけである。
「Gekimuzu Ojisan Inochigake」のみならず、他のゲームでもやって欲しいという意見があったのだ。
あまり文乃さんはゲームをやったことがなかったので、マシュマロのリクエストに従うことにした。
視聴者からのリクエストでホラーゲームをすることになった。
結果がこのざまである。
「そもそも、グロ系はトラウマなんだよお。ただでさえホラーは得意じゃないのに」
『……?だったらやらなきゃ良かったじゃないですか』
「いや、でも普通にリクエストが多かったし、好評だったからさ。まあ良かったよ」
そういいつつも、文乃さんは相当ダメージを負っているようで。
とんでもないことを言いだした。
「今日、一緒に寝てくれる?」
『ああ、まあそれならいいですよ』
普段から、原因不明の悪夢を見てうなされているしね。
私の助力で少しでも改善されるなら安いものだ。
……内心を取り繕うのに、苦労した。
結局その日も、彼女はうなされていた。
彼女の苦しそうな顔を近くで見ながら、原因を訊くべきか、あるいはカウンセリングを打診すべきかな、などと考えていた。
彼女がどんな夢を見ているのかには、気づくことなく。
◇
『おはようございます。よく眠れましたか?』
結構、ぐっすり眠っていたように思える。
一度、起きたことを除けば、快眠と言える。
いやでも、快眠じゃないのか?
一説によると睡眠において重要なのは連続で何時間寝たからしい。
だから、とぎれとぎれで眠るのはあまりよくはないんだとか。
まあ、かつての私はそもそも合計睡眠時間が狂ってたんですけどね。
FPSをやっててあんまり寝てないというVtuberの切り抜きを見た時、「あれ、四時間も寝てるなら大丈夫じゃない?」と思ってしまった。
そう思った自分に、驚いたんだよね。
どうなってるんだろう本当に。
閑話休題。
彼女は、どこかぼんやりとしている。
「うん、まあ、ね」
『あの、大丈夫ですか?』
顔が真っ青になっている。
『……何かあったんですか?』
もしかすると怖い夢でも見たのかもしれない。
ホラーを見たその日だからね、そういうこともあるだろう。
「思い出した」
『……え?』
まさか、という予感があった。
いやでも、違うかもしれない。
まだごまかせるかもしれない。
だから落ち着け、パニックになるには早い。
『待て待て待て、待ってくださいよ、文乃さん、何を思い出したのか知りませんけどいったん落ち着きましょう。ね?』
「ーーそれだよ」
『……?』
「君はパニックに陥ったとき、待て待て待てって、そういうんだ。いつも」
『…………』
「ホラーを見た時も、私が着替えようとした時も、そして」
『待……、いや、文乃さん、君が何を言おうとしているのかさっぱりわからないし、理解できません。一度考え直して、頭を冷やしたほうがいいと思います』
嘘だ。わかっている。
彼女を半年間ずっと見てきたから、理解している。
彼女の頭は冷えている。
だって、朝起きてからもうすでに一時間が経過している。
なぜ、このタイミングで話し始めたのか、単純だ。
考えをまとめる時間が欲しかったから。
そして彼女の中でそれはもう終わっている。
結論は、答えはすでに彼女の中にある。
「そして、
『…………っ!』
それを、言わせてはいけなかったのに。
私にはもう、彼女を止める腕がないから。
言われたらすぐに、否定しなくてはいけなかったのに。
私は、嘘が下手だから。
「聞き覚えがあるような、気がしていたんだ」
「はじめて君の声を聞いた時、過去に君と会ったことがあるんじゃないかと思った。ただ、どうにも思い出せなかったんだ。もしかしたら大嫌いだったクズ共の誰かかもしれないしね」
『文乃さん』
「君が、私の腕を引いてくれた彼なんだろう?」
『文乃さん、私は』
言わせてはいけない。
決定的な一言を。
それを言われたら、私が正体を隠してきた意味が、失われてしまう。
そんな風に考えて欲しくないから、隠したのに。
「君が死んだのは、私が原因なんだろう?」
『――』
それは、絶対に言われたくなかった、言わせてはいけなかった言葉だった。
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