第37話『クリスマスは寒いのでくっついても許される』
映画は中盤になり、しろさんも視聴者も画面に釘付けになっている。
が、私はそれどころではない。
『あ、あの、文乃さん?しろさん?』
震えるしろさんが、抱きついてきたからだ。
シリアスシーン、モブが次々と死んでいくシーンになってしまいそれでびっくりして抱き着いてきたという事情なので、無理はない。
モブとはいえ、次々と銃や巨大なアームによって殺されていくというのはちょっとショッキングではあるんだよね。
しろさんゴア系あんまり好きじゃないみたいだし。
だから、彼女がそばにあった私に抱き着き、抱えるような事態になったとしても仕方ない。
が、頭ではわかっていても心は追いつかない。
いきなり抱きしめられて、予想外の事態におかれてどぎまぎしてしまう。
声帯を失っているはずなのだが、何故か声が上ずっている。
しろさんが、私の方を向いて声をかけてきた。
「ふーん、緊張しちゃってるのかな?くっつかれて緊張しちゃってるのかな?かわいいねえ」
『いや、あの、急に来られると対応に困るといいますか』
「ほうほう、まあ私もこう見えて緊張してるんだよ。君が緊張してるから、いくらかほぐれてる部分はある」
実際に、彼女の顔は朱に染まっている。
声もわずかではあるが緊張している。
普段からトイレや風呂などを除いた生活のほぼすべてを共にしている状態でもあるが、だがそれでもなお男性であることには変わりがない。
かといって、別に無理をしているという感じでもない。
『ちょっと顔が赤いですよね』
「そうだね、なんかちょっと顔が熱いかも。パタパタしようかな」
そういって、彼女は手を動かしてパタパタと仰ぐ。
流石にそれが視聴者にまで伝わることはないだろうが、言葉からそうやって動いていることは理解できるはずだ。
それと恥ずかしがっているという事実も。
【うっ(心停止)】
【心停止ニキ強く生きて】
【かわいいのはしろちゃんなんだよなあ】
【こんなんもう彼女じゃん】
「まあ、こうして一緒に映画を観てるんだから彼女と言っても過言ではないかもしれないね」
そんなことを、耳元でささやかれる。
失ったはずの心臓がバクバクと言っている気がする。
幻肢痛という、なくしたはずの腕や足が痛むように感じているという現象に近いのだろうか。
そもそも、見えたり聞こえたりする原理もよくわかってないからなあ。
そのあたりはあまり深く考えなくてもいいのかもしれないね。
【なんかしろちゃんってこう、いいんだよな。なんというか一対一で語りかけられている感じがすごい】
【わかる】
【彼女感がすごい。ガチ恋しちゃう】
【映画デート?いや、お家デート?】
コメント欄の反応もいい。
映画自体が何度も放送されている所謂不朽の名作だからか、視聴者も映画自体よりも彼女の方を向いている気がする。
映画は、中盤に差し掛かり山場の一つを迎えようとしていた。
一度多種多様な兵器が作られている工場から、命からがら逃走したはずの主人公。
だがしかし、自分を逃がすために残った仲間を救い出すために。
彼女は、再び自分の意志で工場へと戻る。
囚われの仲間を救うため、そして理不尽に抗うため。
彼女は、己の決意を固めて装備を整える。
そんなシーンだ。
「すごい、いいよね。なんというかテンプレではあるんだけど、仲間を助けるために強くなって決意を固めて助けに戻るって展開凄く熱くない?」
『そうですねえ。まあ、いいものは何度見てもいいですからね』
【わかる】
【俺何回もこの作品観てるけど、未だに飽きない。アクションがすごいからってのもあるけど】
「あ、何回も観てる人もいるんだね。私は初見だけど、機会があったら二回三回見てみようかな」
【それがいいと思う】
【実際、何回も観返すことによって新しく発見があったりするからね】
【この決意のシーンは何回観ても飽きないんだよね】
【毎年毎年再放送されてるから、来年見てみたらいいんじゃない?】
「そうだね、来年かあ。うん、また来年も一緒に見れたらいいねえ」
『…………』
来年観たい、と彼女は言った。
その言葉は、Vtuber 界隈において非常に大きな意味を持っている。
一年先も活動を続けるという宣言に他ならないのだから。
【そうだね】
【来年も、その先もずっと推し続けるよ】
コメント欄も、そんな彼女の決意表明に賛同している。
来年、私はどうなっているのだろうか。
一年後、彼女がVtuber活動をしているという保証はない。
実際、メンタルや身体の都合、あるいは仕事などでどうしても活動を続けていられなくなって引退するVtuberさんは多い。
デビューしたVtuberの数は一万を超えており、すでに飽和状態にあると言える。
そして、デビューしたものの数が増えれば増えるほどに引退したものもまた増える。
いずれは、永眠しろも引退する日を迎える日が来る。
それこそ、大学進学や就職といった、彼女には生活環境が大きく変わりうるきっかけが多く存在している。
そうなったとき、私はどうなるのだろうか。
そもそも、今の私の状態はあとどれくらい持つのだろうか。
ダミーヘッドマイクの寿命が何年かなど私にはわからない。
ダミーヘッドマイクが、機械の体が壊れた時そこに宿っている、この私の意識はどうなっているのか。
壊れたマイクを、私を、その時の彼女はどう思い、どう扱うだろうか。
終わらないものなどこの世にはない。
私の人間としての生が終わったように、この映画が終盤に差し掛かりもう終わりが見えてきているように、何にでもいずれは終わりは来る。
いつか、永眠しろというVtuberの物語にだってその終わりは来るのだ。
ただ、終わるときに彼女が幸せであればいいなと、私は思った。
いつしか、映画のエンドロールが流れ始める。
「今日は、来てくれて本当にありがとう、楽しかったよ。じゃあ、また明日ね」
【また明日!本当にありがとう!】
【お疲れ様、メリークリスマス!】
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