第34話『ゲーム配信をやり遂げろ』
開始ボタンが押せず、英語力の無さをファンに知らしめてしまったしろさんだが、配信を監視しているメイドさんからのアドバイスもあって、無事にゲームをスタートすることができた。
「Gekimuzu Ojisan Inochigake」というゲーム。
壺に下半身が入った男が、一本の棒を使って山まで登っていくというだけのゲーム。
それだけ聞くと、シンプルなゲームに思えるし、実際シンプルだ。
ただし、シンプルであることは簡単であることとイコールではない。
まるで将棋だな。
「ああ、なるほどね。こうやって、動かせばいいのか、完璧に理か、あれ?」
【あっ】
【草】
【完璧なフリで笑う】
【かわいい】
【画面と耳元のギャップで頭バグりそう】
このゲームを難しくしている点は、三つある。
一つは、イージーモードと言えるものが存在しないこと。
普通、ゲームには難易度を調節できるオプションがある。
初心者から上級者まで、楽しく遊べる仕組みである。
もっといえば、初心者、あるいはライト層を振り落とさないための商業的な工夫である。
だが、このゲームには存在しない。
そもそも、このゲームの開発者は永久にクリアできないプレイヤーもいるという前提でこのゲームを作っている。
ゆえに救済措置などはなく、全てのプレイヤーに平等に苦行を強いる。
「ちょっと待って。これどうやって登るの?」
【慣れよ(諦め)】
【いけたらいける】
【感じろ、としか言えん。因みに今、私は感じている()】
二つ目は、操作性の特殊さ。
動かし方はシンプル。
というか、プレイヤーは棒を振り回すことしかできないので無理はない。
少しでもミスれば、あっさりと落ちていく。
「あっ……」
【草】
【発狂しないからこそ悲壮感があるな】
【なんかえっちじゃない?】
そして、三つめは。
セーブポイントがないこと。
通常、ゲームというのはセーブポイントが存在し、死亡してもそれより前に戻ることはない。
「もう、ここはやらなくていい」「これ以上、悪くなることはない」というのはゲームを進めていくうえで非常にありがたい。
精神的負担がかなり減るのだ。
逆に言えば、セーブポイントがないと……精神的にとんでもない苦痛を与えられることになる。
そう、この「Gekimuzu Ojisan Inochigake」にはセーブポイントが存在しない。
操作を誤れば、山を滑落することになるのだが……対処を誤れば一番最初まで落ちることだってあり得る。
難易度調整だとか、操作性だとか、そこに難しさがあってもなおそれは「そういう難しいゲーム」であっただろう。
だが、このセーブポイントがないというのは難しいかどうかではなくて、むしろ。
心が折れる。
申し訳ないが、このゲームを作った人は本当に
考えれば考えるほど、このゲームを作った奴は修行僧なのかと思えてくる。
そういえば、キャラクターの頭も禿げているし、そういうことなのかもしれない。
いやそんなわけないか。
あるいは、ブラック企業にお勤めだったのかな。
よくわからない理由で、わけのわからない作業をやらされることもよくあることだからね。
指示した本人もその作業の意味わかってないんだもん。
どうしようもない。
閑話休題。
とにもかくにも、こんな人に苦行を強いるためだけに産み出されたようなゲーム。
ここに、ゲーム初心者である女子高生を投入すると、どうなるか。
「ああ、またここからやり直しかあ」
【草】
【毎秒落ちてる】
【がんばれがんばれ】
まあ、うん。
落ちるよね。
もう何回落ちたか、数えきれない。
最初は数えてたんだけどね。
三十を超えたあたりから、面倒になっちゃった。
あと、連鎖的に落ちるのをどうカウントすればいいのかわからないというのもある。
「ふー、ふー、ふーっ」
『大、丈夫ですか?しろさん』
呼吸が荒い。
ゲームを始めてから、ずっとこうである。
声を殺しているせいか、なんだかちょっとセンシティブに聞こえてしまう。
本人は、絶対そんな意図はないんだろうけど。
【これドスケベですよ!】
【声出せないシリーズじゃん】
【えっちすぎないか?】
まあ、しろさんの意図もわかる。
通常のゲーム配信ならば、操作しているキャラクターが死ねば叫んだり慌てたり、とにかく相応のリアクションをするのが普通だ。
ただ、今はASMR配信中だ。
当然、大声を出しては視聴者の鼓膜を破壊してしまう。
ゆえに、彼女は声を抑えるしかないし、台パンなどのリアクションも取れない。
とはいえ、しろさんは割と負けず嫌いというか感情が表に出やすいところがある。
なので、結果として息が荒くなり、それをマイクが拾っているのだけれど、どうやらファンの皆さんは大興奮しておられる様子。
まあ、私もなんですけどね。
ないはずの血管がどくどくと脈打っている気がする。
なんというか、息が上がっているゆえに、こう、すごいセンシティブに感じてしまう。
いやまあ、私達の心が穢れているだけなのだけれど。
とはいえ、今の状態は配信的には撮れ高なのだろうが、同時に非常に危うい状況であるということも確か。
初めてのゲームということもあって、しろさんはかなり熱中している。
彼女の精神状態は、非常に不安定でもある。
ライブ配信は、動画とは違う。
ハプニングや放送事故がいつ起こってもおかしくない。
この間みたいなことや、それ以上の問題が噴出すれば、彼女が活動できなくなる恐れがある。
それでは、彼女の目的が果たされない。
『しろさん』
「うん?」
普段は、ルール違反であるとしているが、今回ばかりは例外だ。
『一度、深呼吸しましょう』
「……そうだよね。すーっ、はーっ」
良かった。
落ち着いてくれたみたいだ。
なんとなく、一度口をはさんでおいたほうがいい気がしたんだよね。
一瞬、しろさんは私の方を見て。
「ありがとうね、観てくれて」
『どういたしまして』
言葉の真意は、私以外にはわからない。
けれどそれでいい。
彼女は、再びゲームへと戻る。
「なんのっ、まだまだこれからだとも」
「あれえ、また最初から?」
「そもそもなんだけど、なんで壺なんだろう。山登りがしたいなら、立って歩こうよ。あなたには、その立派な足がついているじゃないか。いや本当についているかどうかは知らないけど」
「スキンヘッドの方がコスト的に楽なのかな。まあそうだよね、今隣に居る君も髪の毛ないし」
そんなこんなで二時間が経過して。
「お疲れさまでした。寝ている人はありがとう。起きている人は、おやすみなさい」
永眠しろさんにとって初めてのゲーム配信が、終わった。
◇
【おつかれさまでした!】
【お家デートみたいで癒された!この後眠ります】
「終わったね」
『ええ、そうですね』
文乃さんは、画面を観て配信を切り忘れていないかの、確認をしている。
配信中であれば配信中と分かるからね。
確認が終わると、彼女はパソコンの電源を落として、ベッドに向かった。
スイートルームもかくや、というレベルのベッドに倒れこんで。
「……と」
『はい?』
いやな予感がした。
私は、人の感情を察することに長けている自覚がある。
この能力にも欠点はある。
それは、私自身の体調やメンタルによって、精度が変化すること。
私は、配信が無事に終わったことに安堵していた。
なので、見落とした。
「二度とやるかあんなクソゲー!あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
足をバタバタさせ、腕を枕にたたきつけながら、文乃さんは叫び続ける。
私は、部屋中に響き渡る彼女の絶叫を聴きながら思った。
どうやら、彼女は思った以上に苛立っていたらしいということを。
そして、これで喉を傷めなければいいけど、と。
翌日、彼女は案の定喉を傷めてしまい、その日は予めとっておいた箏動画第二段でお茶を濁すのだった。
余談だが、彼女の内心とは裏腹に、疑似デートを楽しめるゲーム配信のアーカイブはかなり再生数が伸びたらしい。
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