第33話『ゲーム配信やっていこうか』

 ゲーム、といえば専用のゲーム機を使うのが一般的となっている。

 ファミなんちゃらにはじまり、ゲームのソフトを特定のハードに入れる。

 技術革新に伴い、ハードは数年単位で更新される。

 ゲームをやったことがある人ならば、或いはやったことがなくても知っていて当然レベルの知識ではないかと思っている。



 因みに、私はゲームはやったことがない。

 あれねえ、ハードが普通に高いんだよね。

 少なくとも、金欠の学生がどうこうできるレベルではない。

 父は、そういうのに理解があるタイプの人ではなかったしなあ。

 まあ、社会人になれば買えなくはなかっただろうけど、どのみち時間なかっただろうしなあ。



 そんなわけで、ゲームについてよく知らない私だが、だからこそ文乃さんがゲーム機すらしらないという事実に震えていた。私でも知ってるのに……というやつだ。

 だが、よくよく考えてみれば、理解できる。

 ゲームというのは、無駄な娯楽であるとされているし、知能や視力を低下させるなど悪いイメージを持たれがちである。

 だが、ゲームというのは本来コミュニケーションツールなのだ。

 私はゲームを持ってはいなかったが、しかして学校に持ち込んできた同級生に少しだけ貸してもらって遊んだりもした。

 失敗したり、教えてもらったり、怒られたり。

 とにもかくにも、そうやってゲームを介してコミュニケーションをとるというのは子供であればそう珍しいことではない。

 大人にしたって、麻雀などを介してコミュニケーションをとったりする。

 なんなら、ゴルフだって広義の意味ではゲームと言えなくもない。

 いろいろ言ったが、どういうことかというと。

 

 

『友達いないと、ゲームってやろうと思わないですよねえ』

「……今、何か言ったかな?」

『いえ、なにも言っておりません』



 いけないいけない。

 今のは失言だった。



 今日は、一般的なゲーム機を使ったゲーム配信、ではない。

 ゲーム機を彼女は持っておらず、なおかつゲーム機を使う際にはゲーム機とパソコンをつなぐためにいろいろしなくてはいけないらしい。

 その色々、というのはわからないのだが。

 まあつまり、パソコンを使ったゲームの方が、色々と便利らしい。

 私はあまり詳しくないが、ゲーム機の画面をパソコンに出力するのは色々手間らしい。

 そんなわけで、今日やるのはパソコンゲームの一つだ。



 名前は、「Gekimuzu Ojisan Inochigake」という。

 これがどういうゲームかと言えば、いたってシンプル。

 まず、主人公はおじさんである。

 次に、おじさんは下半身がなぜか壺に埋まっている。

 上半身は裸であり、一本の、おじさんの背丈より長い棒を持っている。

 そして、その棒をうまく動かして移動を続け、ゴールにたどり着けばクリア、というゲームである。

 なぜ、文乃さんがこのゲームを配信することに決めたのか。

 それは、視聴者から以前リクエストがあったからだ。

 彼女の望みは、配信で人の心を癒し、救うこと。

 ゆえに、こういうリクエストには彼女はなるべく答えようとする。

 それこそ、たぶんリクエストされた企画は全部やり通そうと彼女は考えているはずだ。



 さて、私は実のところこのゲームをプレイしたことはない。

 だが、知っていることもある。

 配信者の中に、これを好んでプレイするひとがいること。

 そして、このゲームがいわゆる「鬼畜ゲー」と言われるタイプのゲームであるということ。

 第一に、操作が難しい。

 そのため、何度も失敗してコツをつかんでいくことが前提の……死に覚え的な要素を含んでいる。

 死にやすさゆえに、配信者がリアクションを取りやすい。

 ただ……。

 この難易度のゲームが、彼女が人生で初めて行うゲームなのだ。

 「Gekimuzu Ojisan Inochigake」をわざわざやらなくてもいいのではないだろうか。

  そういう風に考えないでもないが、リクエストされた以上、彼女が心を決めた以上は私から言うことはもう何もない。

 


「こんばんながねむー。今日は、君に見守ってもらいながら、ゲームをするという配信をやっていくよ」



【初見です。なんだか変わった音の響きですね】

【こんばんは!】

【きちゃ!変わり種ASMR!】



「はじめて、というか今までで一度たりともゲームというものをしたことがないので、できればコメントはなるべく柔らかいものにしてくれると助かるよ。まあ、ゲーム下手なんだなあと思ってくれれば」



【了解】

【待って、人生初のゲームが壺なの?】

【こんなのゲーム引退しちゃうって】

【とりあえず、指示コメントは抑えて、指示コメントしている奴がいてもスルーしてモデレーターに任せような】



 コメントの反応は、いつもとは少し違うね。

 まあ、仕方がないか。

 多分だけど、今日は観に来てくれる人の層が若干違う。

 普段しろさんを見てくれているひとや、ASMRを楽しみにしている人とは別に、ゲーム配信が見たくて来ている層がいるはず。

 そういう人たちの中には、荒らしや、指示厨と呼ばれる配信者に対してプレイングの指示を飛ばす手合い――つまりマナーの悪い人たちも一定数いる。

 ゲーム配信というのは、ゲームが好きな人たちが遊びに来るゆえに同接や再生回数も伸びやすい一方、そういう治安が悪くなりやすいというデメリットも含む。




 彼女のように、うまくゲームをプレイすることを目的にしていない配信者も多数いるのだが、指示コメントを出している者達にはそんな事情は関係ない。

 ゲームをする以上、自分達の信じるやり方が正しいと信じて疑わないのである。

 まあ、そこはメイドさん三人にお任せしよう。

 たぶん、しろさんもあんまり余裕がないだろうから。

 彼女のゲームセンス次第では、大いに荒れる可能性がある。

 そう思いながら、意識を配信画面に戻すと。



「ええと、これどのボタンを押せばいいんだっけ……」




【草】

【Startって読めないものなのか?】

【ゲームをスタートすらできないVtuberがいるってマジですか?】



 ゲームをプレイする以前のところで止まっていた。

開始ボタンがわからず、起動できていないようだった。

 ……これ、本当に大丈夫か?

 おそるおそるコメントを見ると。



【なんだか、彼女のゲームプレイを見守っている感があるな】

【俺たちの好きなゲームを、やってみたいって言ってやってくれる彼女……。最高かな?】

【いいな、アドバイスは控えろよ……彼女は今俺に頼らず自分の力でやりたいって言ってくれてるんだからな】

【実在してくれたらなあ】

【ガチ恋不可避、チャンネル登録しました】



 ああ、大丈夫そうだね。

 良かった。

 コメント欄の人も気持ちもわかるけどね。

 位置的に、隣でゲームをしているしろさんを見守る格好になっている。

 本当に、お家デートでゲームをやっているような感覚になっているわけだ。

 まあ、したことないので実際にこんな感じなのかはわからないけど

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る